表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/142

第36話「虫歯で逆無双?」

 いつもの昼過ぎ。いつものCマートの店内。


 俺は不機嫌きわまりない顔で、仏頂面を決めこんでいた。


「ねー。マスター。機嫌わるいですか?」

「まあな」

「わたし。なんかやっちゃいましたか?」

「いや。そういうわけでもないんだが」


 俺は早く会話を打ち切りたかった。

 だがバカエルフのやつは、空気を読めずに、困ったような顔を向けてくるばかり。


「あのええと……。マスター?」

「うるせー。だまってろ」


 俺はついにそう言った。


「はい」

 バカエルフのやつは、しゅんとなって、静かになった。

 隣ではエナのやつが、もっとしゅんとなっていた。空気が読めすぎる彼女の場合には、俺が普段と違うことに、とっくに気がついていて、今日は、ほとんど一声も発していない。息をするのさえ気を遣っている気配が、ひしひしと伝わってくる。


「……しゃべると、痛えんだよ」


 俺はそう言った。二人のために若干の説明が必要だと思った。


「痛い? どこかお加減がよくないのですか?」

「は」

「は?」

「その、は、じゃなくて。歯だよ。歯」

「はあ」


「だから。歯が痛えの! しゃべると響くの! ……あたたたたっ」

「ああ。ああ。なるほど。なるほどー」


 バカエルフは顔を明るくさせた。

 人が痛くて痛くて、困っているっつーのに。明るい顔しやがって。バカ。ほんとバカ。

 やっぱり黙ってて心配させてやりゃよかった。


「では――。治せばいいのでは?」


 バカエルフのやつは、そう言った。

 当然、そう言うだろうと思った。だから言わないでいたのだ。


「苦手なんだよ」

「なにがですか?」

「だから――」


 うっせー。ほんと。うっせー。

 いちいち説明しなきゃわからんのか?


「――だから。ドリルだよ。あのドリル」

「はい? どりるとは?」


「ぐるぐる、ぎゅるぎゅる、回るあれだよ。きゅいいいーーーーーん、がりがりがりがりがりがりがり、って、やるやつだよ」


「はい?」


「あと、ぷすっとくるだろ。麻酔とか針ぶっといんだぞ? あと口の中、感覚なくなって、へんな感じになるし。――とにかく。キライなんだよ。苦手なんだよ。子供の頃にエラいヤブにかかって、すんげー目にあわされて、それ以来、トラウマになってんだよ。ああそうだよ。情けないっていうんだろ。そうだよ。情けねーよ。笑えよ笑え。とにかく俺は、歯医者が怖いんだよ。これでいいだろ? 文句ねーだろ? いいからもうほっといてくれよ」


「あの……。マスター」


 バカエルフは、おずおずと問いかけてくる。

 俺は無視した。


 もうなにもかも認めてカミングアウトしたのだ。責められるいわれはないはずだ。

 張れる限りの予防線はすべて張った。護身完了だ。

 俺はもうどんな言葉を食らってもダメージなど受けない。


「ひとつお伺いしてもいいでしょうか?」


 俺は無視した。ガン無視だ。


「はいしゃ、って、なんでしょう?」

「は?」


 無視しきれなかった。

 思わず、間抜けな声で、聞き返してしまっていた。


「どりる……、っていうのも、よくはわかりませんが。まあそっちは、なんとなくわかったような気もしますが。でも〝はいしゃ〟というのが、よくわからないのですが」


「歯医者だよ。歯、専門の医者だよ」


 俺は言った。なにあたりまえのこときーてくんの? こいつ?


「えーと……」


 バカエルフは困ったような顔を浮かべた。

 エナと目線をかわして、小首を傾げあっている。


「――〝いしゃ〟とは? なんでしょう?」


「そこからかよ!」


 俺は呆れた。


「そこかららしいです。マスターの話は、ときどき、わからないことがありますが。今回は、どーも、根っこのところからわかりませんねー。〝いしゃ〟って、なんなんです?」


「医者は医者だろ。ケガしたり病気になったりしたときに、お世話になるだろ。そういうとき、どーすんだよ?」

「治しますが」

「だろ?」


 俺はうなずいた。いくらファンタジー世界といったって、医者ぐらい、いるはずだ。いないと困る。


「では、〝いしゃ〟というのは、薬師のことですか?」

「そりゃ薬も出すだろうけど。それ以外に手術とかもするだろ」


「えーと……。〝しゅじゅつ〟――とは?」


 エルフの娘は、卵形の頭を、きゅるんと傾げた。

 金色の髪が、さらりと揺れる。


「またそこからなのかよ?」

「そこからのようです」


「手術ってゆーのは、切ったり貼ったり繋いだり。そうやって治すことだ」

「人体を?」

「そう。人体を」

「ひえっ!」


「ななななな……、なんでそんな野蛮なことをするですか!」

「野蛮……って? いや。そうしなきゃ治せない病気とかもあるだろ? 腹を切らないと、盲腸とかだって治せないだろ?」

「なんで?」

「なんで――って、そんなこと、言われたって……?」


「なんで魔法で治さないんですか」

「へ? 魔法?」


「そうですよ。なんで、治療魔法で治さないのかと……。それはなにかの修行ですか? 痛みを抱えこむ苦行の一種とか?」


 バカエルフはそう言った。

 何秒か経ってから、俺は、バカエルフの言っていることがわかってきた。


「あー! あー! あー! ホイミ!」

「はい? ほいみ?」

「じゃあ! ケアル!」

「はい? けある?」


「とにかく! そんなのだ! HP(ヒットポイント)戻るやつ!」

「はい? ひっとぽいんと?」


「とにかく! 魔法だろ! 魔法なんだろ? 魔法でずばっと治るんだろ?」

「ええ。ですから最初からそう言ってるんですけど。ようやく話が伝わったみたいですねー」

「おー。おー。おー」


 俺は燃えた。エキサイトした。

 歯の痛みも忘れて、思わず拳を握りしめた。

 すげー。すげー。異世界すげー。

 治療魔法があるから、医者がいないのか。歯医者も知らんのか。

 バカエルフはバカじゃなかった。ごめんなバカとか言ってな。


「やる。治す。俺。やる」

「はいはい。いい子ですねー。じゃあ行きましょうかー」

「どこへ?」

「治癒術士さんのとこですよ。やっぱ専門の人のが上手ですからねー」

「なるほど。そうか」


「じゃ。エナちゃんお留守番よろしくですよ。はい。マスター。行きましょうねー」

「うん。俺。行く」


「ああ。ほら。お金持ってかないと。手ぶらじゃさすがに」

「いくらいるんだ?」


 俺は店の隅にある壺のところに歩いて行った。売り上げはぜんぶここに入れてある。

 蓋を開けると、銀貨や銅貨がぎっしりだ。

 エナが覗きこんで、「うわー」とか言っている。


「歯だけですよね? 虫歯がこうじて脳が腐っちゃったりしていませんよね?」

「いやよくわからんが。脳は無事だと思うぞ。すくなくともおまえより無事だぞ」

「なら銀貨の2~3枚もあればいいと思いますよ」


「いちおう金貨持ってくか」

 壺に手を入れて、じゃらじゃらと混ぜると、金ピカのコインがすぐに見つかった。

 こちらの貨幣の価値は、あいかわらずよくわからないのだが……。


 俺は適当に、銀貨が千円札、銅貨が100円玉、ぐらいに考えることにしていた。

 そうすると金貨1枚は、ちょうど万札という感じだ。

 本当は10倍ではなくて12倍で、金貨1枚は銀貨12枚だったりするのだが、そのへんは、まあ大雑把に丸めてしまう。だいじょうぶ。20%しか変わりゃしない。


「はーい。じゃあ行きますよー」

「おー」

 なんでか、バカエルフに手を引かれて、俺は街の中心部に向かった。


    ◇


「どうですか? マスター?」

「うーん……、うーん……?」


 俺は口の中を舌でなぞって、

 違和感があるよーな。ないよーな。


 新しくなった歯だから、なんか違和感がある。

 銀の詰め物もはまってなくて、ぜんぶ自前の歯になっているからだろうか?


 〝治療〟は本当に簡単なものだった。

 年老いたベテランな感じの魔術師が、ごにょごにょもごもごと呪文を唱えて、ワンドの先で、俺の顎に、ちょんと触れた。


 ただそれだけ。


 それで俺の口の中は、大変なことになった。

 歯茎がむずむずとしはじめて、ほんの数分かそこらのうちに、〝新しい歯〟が生えてきたのだ。


 虫歯は、下から生えてきた新しい歯に押し出されて、ころんと抜け落ちた。


 乳歯と違って、永久歯っていうものは、二度と生え替わらないものだって聞かされているのだが……。そんな常識も、魔法の前には通用しないらしい。


 治療費として金貨を出したら、きっちりお釣りをもらった。釣りはいらないと言ったのだが、向こうも頑固で、9枚、きっちり銀貨を返された。

 まあ、自分もCマートで店主をやっているときは、釣りはいらん、とかいうやつがいても、たいてい釣りを押しつけているので、その気持ちは、わからなくもない。


「よかったですねー。痛い痛いが治ってー」

「うん――、って! おまえ! いつまで手を握ってんだよ!」


 俺は握ってくるバカエルフの手を、もぎ離した。

 なんで手え繋いで歩かないとならねーんだ?


 虫歯も治ってすっきりとした俺は、バカエルフと並んで歩いて、Cマートへと戻っていった。


作者はいま虫歯がしくしくとうずいていて、でもなかなか歯医者に行けなくて。

異世界だと魔法で簡単に治るんだろうなー、とか思いつつ、書きました。


---------------------

●更新間隔変更のお知らせ

 これから3日ごとの更新となります。

 次回は6/6(土)の20時です。


 よろしくご理解お願いいたします。(詳細は活動報告のほうにて)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ