第34話「オバちゃんのごはん」
「いっただっきまーっす!」
元気のよい声×3。
オバちゃんの食堂で昼飯を食べる。
昼をちょっと外して、食堂が暇になる時間を見計らって、三人で押しかけた。
バカエルフが軽く手を合わせて、食事の前のお祈りをしている。
エナはそれを見習ってか、スプーンを慌てて置いて、同じように手を合わせている。
俺は腕組みをして、二人のお祈りが完了する0.5秒間をやり過ごす。
そして皆で食べはじめた。
「おいしー!」
「おっふ! 肉味がします! おっふ!」
「はいよ。どんどんお食べよ。いくらでも食べていいからねー」
エプロンと三角巾姿のオバちゃんは、体の前にお盆を持って立っている。
エナのやつがCマートに居着くようになってからというもの、俺たちは、1日に一度は食堂で食事を採るようにしていた。
缶詰とパンやご飯では、栄養が偏るだろうと思ったのだ。
バカエルフと俺だけなら、べつに構わないのだが、子供を預かっていると、そうもいかない。
特にエナは育ちざかりのお年頃だ。
ん? 三人で一緒に食べてて、店はどうしているのかって?
んなもん。「食堂にいます。お金はおいといてください。用があったら呼びに来てください」――って、立て札を置いて留守番をさせてある。
この異世界では、それでオーケーなのだ。
誰も盗んでいったりしないし。サービスがなってない! とか怒り出す客もいない。
「はい。おかわりどうぞ。どんどんお食べよ。大きくならないよ」
オバちゃんがエナに、どんどんと、ごはんを勧める。
エナとあまり変わらない体格のオバちゃんが、〝大きくならない〟とか言ってもあまり説得力がないんだけど。オバちゃんの外見は、せいぜい、エナ+1、2歳といったところ。
エナは次々持ってこられる料理に、目を丸くしている。こんなに食べていいの? という顔で、オバちゃんと俺とバカエルフの顔を順に見てゆくので、うなずいて返すのが毎回面倒きわまりない。
ガキは遠慮しないで好きなだけ食え。
しかし、いったん食いはじめると、よく食べる。
細いわりには、たくさん食べる。
「どうだい? それ? あんたの口にあうかい?」
オバちゃんは今度は俺に聞いてきた。
「ああ。まあこんな感じ」
俺の前に出されているのは、焼き魚。
どうもこちらの世界の料理は、どうも馴染みのないものばかりで、あまり箸が進まずにいたら……。オバちゃんが気を利かせて作ってくれた。
「しかし。あんたのとこって、いったいどんな世界なんだい? サカナなんて珍しいもの食うなんて」
オバちゃんは、あまりくびれていないロリ体型の腰に手をあてて、そう言った。
サカナは珍しいのか。
むしろ俺にとっては、そっちのほうが珍しい気がするのだが。
俺が異世界人だということは、街のみんなに知れ渡っていた。知らない人はいないんじゃないかと思う。
かといって、べつにどうということもない。
俺はここでは賓人と呼ばれているが、それは、そのまんまの意味だそうだ。異界から迷いこんだ人という意味だ。
ここの世界の伝承では、幸をもたらすと言われているらしい。
俺はべつに幸なんかもたらしていないが。
俺みたいなのは、けっこうちょいちょい現れるものだそうだ。そんなに珍しいものでもないようで、「あのひと、賓人さんなんだって」「へー」と、そんな程度で終わってしまう。
現代日本でいうなら、「外国人なんだってー。へー」という程度の感覚だろうか。
「オバちゃん。三人で食ってて、悪いんじゃないかな」
俺はそう聞いた。
以前、オバちゃんに、「いつでも腹一杯食わせてあげる」と言われていた。
一生飯を食わせてもらえることになっているようだが、それは俺一人の話。
バカエルフは肉を何人前も意地汚く、頬を顔の形が変わるくらい膨らませて食いやがるし。エナは、ぱくぱくと大人ぐらい食べるし。いや。エナはいいんだ。エナは。
「いいって。いいって」
オバちゃんは、ぱたぱたと手を振った。
「またお塩持ってきてよ。――あ。そうそう。お塩じゃなくて、こんどスプーン持ってきておくれよ」
「スプーン?」
「曇らない銀のスプーンがあるっていうじゃないか」
「ああ。ステンレスね」
「その、すてーんれちゅ、とかいうの、うちにも何十本か卸しておくれよ。そしたらうちの店も、高級な感じになるじゃない?」
「すてーんれちゅ、じゃなくて、ステンレス」
「すていんれーす?」
「ステンレス」
「すってんれす?」
「おしい。ステンレス」
「――あははははっ」
エナの笑い声が聞こえて、俺はびっくりして、そっちを向いた。
スプーンを握ったエナが、口を大きく開けて、笑っていて――。
「ごめんなさい」
俺の視線に気がつくと、エナはそう言った。
下を向いてうなだれた。エルフだったら耳を下げているところだ。
「なんで謝る?」
「いま。笑っちゃったから。そんなつもりじゃないんです」
「いや。俺も。そういうつもりで見たわけじゃなくてな……」
俺はもごもごと言いわけを口にした。
彼女が笑ったところを、はじめて見た。
口元をわずかに緩める程度の笑いなら見たことはあるのだが、はっきり、声に出して笑ったのは、はじめてだったので――。
ちょっと驚いた。
本当にちょっぴりで、そんな、大きく驚いたわけではない。
びっくりして顔を向けるほどではなかった。
そのせいで驚かせてしまった。
しかし、第一リアクションが「謝る」なのかよ?
なんでこの子は、こうなんだ?
ガキならガキらしく、もっとずうずうしく、ふてぶてしくいろよ。
「あはははは」
今度はオバちゃんの笑い声があがった。
「なんだいなんだい。賓人さん。パパは慣れていないのかい?」
「パパぁ!?」
俺はぎょっとなった。
いきなりなんちゅーことを言い出すんだこの合法ロリは。
「どうだい? エナちゃん。賓人さんのところの子になっちゃったら?」
「おいおいおいおいおい」
オバちゃんは、またまた物凄いことをおっしゃられた。
さすがオバちゃん。遠慮がねえ。デリカシーもねえ。
「いやです」
エナはきっぱりとそう言った。
え? えええっ?
俺はちょっと傷ついた。いや。Cマートの子になると言われても、それはそれで困るのだが――。
しかし、こうまでハッキリと拒絶されると、ちょっとショックだ。だいぶショックだ。
いや。白状しよう。じつはかなりショックだ。
やはり住み心地が悪いのだろうか?
食生活のほうは、オバちゃんの食堂で改善されたはずだ。
ああそうか。ベッドも布団もねえんだよな。バカエルフなんか床で寝てるしな。いやあいつは床で充分だが。エナは段ボールハウスだもんな。段ボールハウス気に入ってるみたいだが。
「あのね……」
エナはオバちゃんを手招きすると――。
その耳に、こしょこしょと、なにか内緒話を吹きこんだ。
「ふん? ふんふん? ふむふむ……。あー、なるほどねー……。そりゃー、賓人さんとこの〝子〟には、なれないわねー」
ん? なんだ? なにを話しているんだ?
内緒話の内容が、たいへん、気になる。
エナが、はにかむような、恥じらうような顔をして、うつむいている。
さっきまで、ぱくぱく、すごい勢いで食っていたのに、スプーンを握った手を膝の上に置いている。
オバちゃんは、妙な感じの流し目を、俺にくれた。
「むっふっふー」
むっふっふ、じゃねえよ。
人の目の前で内緒話やってんじゃねえよ。
なに話してたのか気になるだろ。
「おい。なんなんだ? あれ?」
俺は隣のバカエルフを、肘でつついた。
「おっふ! だめですよマスター。たとえマスターでも、肉を横取りしようとしたら――噛みます」
「取らねえよ。食ってろよ。――てゆうか。おまえ。この流れ一切無視かよ? なんにも認識してねえのかよ?」
「え? なんか美味しいものでも、出てきたんですか?」
「食うことだけかよ」
「あ――。オバちゃん。お肉! お肉! お肉おねがいします! 私はお肉を一食抜くと餓死してしまうのです!」
「はいはい」
オバちゃんは厨房に引っこんでいった。
それは事実だ。
朝、フルーツジュースで、昼、野菜サラダ――とかいうダイエット食にしただけで、夕方まで持たずに餓死しかけていた。
脂身たっぷりの肉を食っていなければ、すぐに腹を空かせてしまうのだ。
このバカエルフは。
「もっと食えよ。遠慮しないで食っていいんだぞ」
俺はエナに顔を向けた。
「ガキは。どんどん食って、どんどん大きくなるのが仕事だ。――おまえ。痩せすぎ」
俺がそう言うと、エナは、ぴくりと反応してきた。
「痩せてるの……、だめ?」
「ああそうだな」
俺はうなずいた。
「じゃ……、食べます」
「オバちゃーん! なんかそれ、もう一人前なー! エナにもおかわり頼むー!」
「はいよー!」
厨房の奥から、そんな声が聞こえてきた。