第32話「家なき子」
いつもの昼すぎ。いつものCマートの店内。
頬杖をついて、ぽかーんと、どこか遠くを見ていたバカエルフのやつが、急に俺のほうに顔を向けてきた。
「ねー、マスター?」
「な、なんだよ?」
俺はぎくりとしながらも、そう言った。
「ねー。ねー。マスター」
「だから、なんだよ? 早く言えよ?」
俺はなんとなく居心地の悪さを覚えて、そう言った。
なんだこいつ? なんで俺の顔、じっと見てくんの?
「マスターって、わたしがいないと、生きていけなかったりします?」
「へ?」
俺はきょとんとした。
なんの話してんの? こいつ? バカ?
「あと、わたしって、花の匂いとかします?」
「へ?」
ほんと。なに言ってんの? こいつ?
自分がフローラルだとか、言ってて、恥ずかしくなんねーの?
「マスターは、いじめるのと、いじめられるのと、どちらが好きですか?」
「マジわかんね。おまえ。アタマ、へいきか? いきなりSだとかMだとか、なに言ってんの? 言っちゃってんの?」
俺はバカエルフから、ちょっとだけ距離を取りつつ――そう言った。
「ええ。まあ。あと80年ぐらいしたら、おまえがいないと生きていけん、おしめ替えちくりー、とか言うのはわかってるんですが」
「なにそれ。虐待予告やめろ。なんか怖くなるだろっ!」
「おしめはちゃんと替えてあげますよ。あと……、そうそう。最後にマスターは言うんです。きっと言うんです。絶対言うんです。もうわかっているんです。〝おまえのおかげでいい人生だったよ〟――って、事切れる前に最後に一言」
頬杖をついたまま、目を細めて――バカエルフのやつはそう言った。
「なんかいい話にしやがった! こいつ!」
俺が叫ぶと、バカエルフのやつは、すいっと視線を脇に逸らせて――。
「それはそうと、マスター――」
「話題を変えやがった! こいつ!」
「エナちゃん来てますけど。……気がついてました?」
「え?」
俺は足元を見た。
俺の足元に女の子がしゃがみこんでいた。
痩せた手で俺のズボンの裾を掴み、上目遣いで俺のことを見上げている。
「うおっ」
俺はちょっぴり驚いた。
「ひみつきち……。作って、いいですか?」
俺のズボンの裾を2回ほど揺する。
それからもう一方の手で、店の隅に畳んで置いてある段ボール箱を指差す。
女の子――エナちゃんは、すごく小さな声ではあったが、自分のしたいことを、きちんと言った。
前回のときには、まず――。
飴玉が欲しくても、口に出せず、俺が無理やりに押しつけて、ようやく、「いいの?」と言ってきた。
その次には、しつこくしつこく、問いただしたあげく、「フセンで遊びたい」と、ようやく本音を口にした。
今回は自分から自発的に「ひみつ基地ゴッコ」をしたいと言ってきた。
前回の2回を考えると、かなりの進歩である。
俺は、もちろん――。
「いいぞ。いま組み立ててやるからなー」
巨大な段ボールを、ガムテープで組み立ててやる。ある程度形にしたところから先は、ガキどもが自分たちの仕事をする段だ。
カッターナイフを渡して、好きにやれ、とばかりに、顎をしゃくる。
痩せっぽちのガキんちょは――おっと、〝エナ〟って名前を覚えていたっけ。
エナちゃんは、カッターナイフで窓を切り出しはじめた。
「手え切るなよー。気をつけろよー」
「うん!」
返事は威勢がいいのだが……。
ちゃんと聞こえているのか。いないのか。
わかっているのか。いないのか。
とにかく、楽しそうに作業をしている。
俺はバカエルフのところに戻っていった。
バカエルフのやつは、にまにまと笑っている。
「なんだよ?」
「いえ。マスター。優しいんですねー」
「なにいってんだバカ。どこ見てやがんだバカ。ガキがどうしてもっつーから、仕方なくやらせてやってるだけでだな。あと手なんか切ったら面倒になんだろ。だから先回りして注意していただけでだな」
「マスター。それはツンデレです。鍛治師さんだけで充分です」
「…………」
俺は黙った。
不満はあったし、異論もあったが、これ以上の墓穴を掘らないためにも、黙っておくことにした。
◇
エナちゃんの作った〝ひみつ基地〟は、けっこうな大作だった。
窓が開いているだけでなく、入口のドアまでついていた。
「ほー。へー。はー」
俺はバカエルフとふたりで見学にいった。
外側から覗きこんでいると、開いていた窓が、内側からするするーっと、閉まった。
おお。ブラインド付きか。プライバシーも完備だな。
「すごいじゃん」
「すごいですねー」
俺たちが、ちょっと感心していると、彼女は、ひみつ基地から這い出してきて。
「となりにひっこしてきた。エナ。です」
ぺこりと頭を下げてくる。
「おー。おー。おー」
こういうときはどうするんだったっけ?
おままごとが、はじまってしまったらしいのだが……?
俺はとりあえず、そこらにあったお菓子の袋や箱を、いくつか掴んだ。
ポテチーとか。ミニアンドーナツとか。バタークッキーとか。
それらを、ぐいっと押しつける。
「これ。つまらないものですが。どうぞ」
「うわぁ……」
お菓子を見る彼女の目が輝いていた。
だからそんなに痩せっぽちなんだぞ。
◇
そんなこんなで夕方になった。
そろそろ店じまいをはじめる時間になって、俺はバカエルフの耳を引っぱって、こっそりと話した。
(なあ……。あの子。……いつ帰るんだ?)
(ふわん)
(だからおまえ色っぽい声だすなよほんとバカ?)
(耳。触るの禁止ですよぅ)
バカエルフは、くくっと喉の奥で笑いながら、俺に言ってきた。
(やだなー。マスター。さっき〝越してきた〟って言ってたじゃないですかー)
(だからおまえバカ?)
だめだった。
こいつは本当にアホエルフだった。
おままごとと現実の区別もついていないとは……。とほほだ。
◇
夜になった。
どうやら、とほほだったのは、俺のほうだったらしい。
エナちゃんは段ボールハウスのなかに、ずっとこもったまま。
出てくる気配がない。
〝引っ越ししてきた〟という話は、ひょっとして――。もしかして――。本当だったのかも? 本気だったのかも?
ぱりぱりぱり。こりこりこり。
――と。
たまに音が聞こえてくる。
さっきあげたお菓子を食べているのだとわかる。
お腹を空かしていないのはよいのだが……。
(なぁ)
(ふわん。……だから耳はダメですってば)
俺は隣に来ているバカエルフのやつに、そう聞いた。
店の反対側の角っちょが、こいつの寝るときの定位置だが……。そこはエナちゃんの段ボールハウスに占領されているので、今夜はこいつは、俺の隣に来ている。
(段ボールハウスがいくらお気に入りでも、いいかげん帰さないと。まずいだろ?)
(なぜですか?)
バカエルフのやつは、きょとんと返す。
(だから、親とかが心配するだろ?)
(だから、なんでです?)
バカエルフのやつは、やっぱりバカだ。
(家出でもしてんのか? あの子?)
(ああ)
バカエルフのやつが、ようやく、わかったような返事を返す。
(エナちゃん。親。いませんよ)
(へ?)
(〝孤児〟なんですよ。エナちゃんは)
(へ?)
俺は意味がわからず……。バカエルフに、アホのように聞き返すばかりだった。
(ええと……。マスターの世界だと、ちがうんですか? こっちの世界だと、親がいない孤児の子は、街全体で面倒をみるんです)
(へ?)
俺は目をぱちくりとさせていた。
バカエルフは話しつづける。
(エナちゃんみたいな孤児は、あっちこっちの家を泊まり歩いています。そのうちに大きくなると、仕事を持つとか、あるいは家庭を持つとかして、自分の家を持って落ち着きますね)
(エナちゃん。お家が持ててよかったですねー)
(ちょっと待て! じゃ! さっきの――引っ越してきたってゆーのはッ!?)
俺は慌ててそう聞いた。
さっきエナちゃんは、段ボールハウス完成のおりに、「引っ越してきたエナです」と言っていた。
はにかんだ笑顔で、そんなことを言っていた。
(もちろん? そういう意味だったんじゃないんですか?)
(言えよ! おま! わかってたんならそう言えよ!)
(いやー。マスターがわかってないとは思ってなかったんですよー)
(バカ! バカエルフ! バカバカ! おまえほんとバカ!)
(いやー。今日は26回も言われちゃいましたねー。バカ日和ですねぇー)
(バカバカバカバカバカ!)
(31回だとキリがわるいので、もう1回言ってください)
(しるかバカ!)
Cマートの店内に孤児が居着いた。家を建ててしまった。
すいません。本日分。遅刻でしたっ!
もうしばらくは日間連載続けます! がんばります!