表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/142

第32話「家なき子」

 いつもの昼すぎ。いつものCマートの店内。

 頬杖をついて、ぽかーんと、どこか遠くを見ていたバカエルフのやつが、急に俺のほうに顔を向けてきた。


「ねー、マスター?」

「な、なんだよ?」


 俺はぎくりとしながらも、そう言った。


「ねー。ねー。マスター」

「だから、なんだよ? 早く言えよ?」


 俺はなんとなく居心地の悪さを覚えて、そう言った。

 なんだこいつ? なんで俺の顔、じっと見てくんの?


「マスターって、わたしがいないと、生きていけなかったりします?」

「へ?」


 俺はきょとんとした。

 なんの話してんの? こいつ? バカ?


「あと、わたしって、花の匂いとかします?」


「へ?」


 ほんと。なに言ってんの? こいつ?

 自分がフローラルだとか、言ってて、恥ずかしくなんねーの?


「マスターは、いじめるのと、いじめられるのと、どちらが好きですか?」


「マジわかんね。おまえ。アタマ、へいきか? いきなりSだとかMだとか、なに言ってんの? 言っちゃってんの?」


 俺はバカエルフから、ちょっとだけ距離を取りつつ――そう言った。


「ええ。まあ。あと80年ぐらいしたら、おまえがいないと生きていけん、おしめ替えちくりー、とか言うのはわかってるんですが」

「なにそれ。虐待予告やめろ。なんか怖くなるだろっ!」

「おしめはちゃんと替えてあげますよ。あと……、そうそう。最後にマスターは言うんです。きっと言うんです。絶対言うんです。もうわかっているんです。〝おまえのおかげでいい人生だったよ〟――って、事切れる前に最後に一言」


 頬杖をついたまま、目を細めて――バカエルフのやつはそう言った。


「なんかいい話にしやがった! こいつ!」


 俺が叫ぶと、バカエルフのやつは、すいっと視線を脇に逸らせて――。


「それはそうと、マスター――」

「話題を変えやがった! こいつ!」


「エナちゃん来てますけど。……気がついてました?」

「え?」

 俺は足元を見た。


 俺の足元に女の子がしゃがみこんでいた。

 痩せた手で俺のズボンの裾を掴み、上目遣いで俺のことを見上げている。


「うおっ」

 俺はちょっぴり驚いた。


「ひみつきち……。作って、いいですか?」


 俺のズボンの裾を2回ほど揺する。

 それからもう一方の手で、店の隅に畳んで置いてある段ボール箱を指差す。


 女の子――エナちゃんは、すごく小さな声ではあったが、自分のしたいことを、きちんと言った。

 前回のときには、まず――。

 飴玉が欲しくても、口に出せず、俺が無理やりに押しつけて、ようやく、「いいの?」と言ってきた。

 その次には、しつこくしつこく、問いただしたあげく、「フセンで遊びたい」と、ようやく本音を口にした。


 今回は自分から自発的に「ひみつ基地ゴッコ」をしたいと言ってきた。

 前回の2回を考えると、かなりの進歩である。


 俺は、もちろん――。


「いいぞ。いま組み立ててやるからなー」


 巨大な段ボールを、ガムテープで組み立ててやる。ある程度形にしたところから先は、ガキどもが自分たちの仕事をする段だ。

 カッターナイフを渡して、好きにやれ、とばかりに、顎をしゃくる。


 痩せっぽちのガキんちょは――おっと、〝エナ〟って名前を覚えていたっけ。

 エナちゃんは、カッターナイフで窓を切り出しはじめた。


「手え切るなよー。気をつけろよー」

「うん!」


 返事は威勢がいいのだが……。


 ちゃんと聞こえているのか。いないのか。

 わかっているのか。いないのか。

 とにかく、楽しそうに作業をしている。


 俺はバカエルフのところに戻っていった。

 バカエルフのやつは、にまにまと笑っている。


「なんだよ?」


「いえ。マスター。優しいんですねー」

「なにいってんだバカ。どこ見てやがんだバカ。ガキがどうしてもっつーから、仕方なくやらせてやってるだけでだな。あと手なんか切ったら面倒になんだろ。だから先回りして注意していただけでだな」

「マスター。それはツンデレです。鍛治師さんだけで充分です」


「…………」


 俺は黙った。

 不満はあったし、異論もあったが、これ以上の墓穴を掘らないためにも、黙っておくことにした。


    ◇


 エナちゃんの作った〝ひみつ基地〟は、けっこうな大作だった。

 窓が開いているだけでなく、入口のドアまでついていた。


「ほー。へー。はー」


 俺はバカエルフとふたりで見学にいった。

 外側から覗きこんでいると、開いていた窓が、内側からするするーっと、閉まった。

 おお。ブラインド付きか。プライバシーも完備だな。


「すごいじゃん」

「すごいですねー」


 俺たちが、ちょっと感心していると、彼女は、ひみつ基地から這い出してきて。


「となりにひっこしてきた。エナ。です」

 ぺこりと頭を下げてくる。


「おー。おー。おー」


 こういうときはどうするんだったっけ?

 おままごとが、はじまってしまったらしいのだが……?


 俺はとりあえず、そこらにあったお菓子の袋や箱を、いくつか掴んだ。

 ポテチーとか。ミニアンドーナツとか。バタークッキーとか。

 それらを、ぐいっと押しつける。


「これ。つまらないものですが。どうぞ」

「うわぁ……」


 お菓子を見る彼女の目が輝いていた。

 だからそんなに痩せっぽちなんだぞ。


    ◇


 そんなこんなで夕方になった。

 そろそろ店じまいをはじめる時間になって、俺はバカエルフの耳を引っぱって、こっそりと話した。


(なあ……。あの子。……いつ帰るんだ?)

(ふわん)

(だからおまえ色っぽい声だすなよほんとバカ?)

(耳。触るの禁止ですよぅ)


 バカエルフは、くくっと喉の奥で笑いながら、俺に言ってきた。


(やだなー。マスター。さっき〝越してきた〟って言ってたじゃないですかー)

(だからおまえバカ?)


 だめだった。

 こいつは本当にアホエルフだった。

 おままごとと現実の区別もついていないとは……。とほほだ。


    ◇


 夜になった。

 どうやら、とほほだったのは、俺のほうだったらしい。


 エナちゃんは段ボールハウスのなかに、ずっとこもったまま。

 出てくる気配がない。

 〝引っ越ししてきた〟という話は、ひょっとして――。もしかして――。本当だったのかも? 本気だったのかも?


 ぱりぱりぱり。こりこりこり。

 ――と。

 たまに音が聞こえてくる。

 さっきあげたお菓子を食べているのだとわかる。

 お腹を空かしていないのはよいのだが……。


(なぁ)

(ふわん。……だから耳はダメですってば)


 俺は隣に来ているバカエルフのやつに、そう聞いた。

 店の反対側の角っちょが、こいつの寝るときの定位置だが……。そこはエナちゃんの段ボールハウスに占領されているので、今夜はこいつは、俺の隣に来ている。


(段ボールハウスがいくらお気に入りでも、いいかげん帰さないと。まずいだろ?)

(なぜですか?)


 バカエルフのやつは、きょとんと返す。


(だから、親とかが心配するだろ?)

(だから、なんでです?)


 バカエルフのやつは、やっぱりバカだ。


(家出でもしてんのか? あの子?)

(ああ)


 バカエルフのやつが、ようやく、わかったような返事を返す。


(エナちゃん。親。いませんよ)


(へ?)


(〝孤児オーファン〟なんですよ。エナちゃんは)


(へ?)


 俺は意味がわからず……。バカエルフに、アホのように聞き返すばかりだった。


(ええと……。マスターの世界だと、ちがうんですか? こっちの世界だと、親がいない孤児の子は、街全体で面倒をみるんです)


(へ?)


 俺は目をぱちくりとさせていた。

 バカエルフは話しつづける。


(エナちゃんみたいな孤児オーファンは、あっちこっちの家を泊まり歩いています。そのうちに大きくなると、仕事を持つとか、あるいは家庭を持つとかして、自分の家を持って落ち着きますね)


(エナちゃん。おうちが持ててよかったですねー)


(ちょっと待て! じゃ! さっきの――引っ越してきたってゆーのはッ!?)


 俺は慌ててそう聞いた。

 さっきエナちゃんは、段ボールハウス完成のおりに、「引っ越してきたエナです」と言っていた。

 はにかんだ笑顔で、そんなことを言っていた。


(もちろん? そういう意味だったんじゃないんですか?)


(言えよ! おま! わかってたんならそう言えよ!)


(いやー。マスターがわかってないとは思ってなかったんですよー)


(バカ! バカエルフ! バカバカ! おまえほんとバカ!)


(いやー。今日は26回も言われちゃいましたねー。バカ日和ですねぇー)


(バカバカバカバカバカ!)


(31回だとキリがわるいので、もう1回言ってください)


(しるかバカ!)


 Cマートの店内に孤児が居着いた。家を建ててしまった。

すいません。本日分。遅刻でしたっ!

もうしばらくは日間連載続けます! がんばります!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ