第31話「続おてまみ」
いつもの夕方。いつものCマートの店内。
「じゃ。行ってくるわ」
「はい。いってらっしゃい」
私はマスターを送り出すと同時に、背中に、ぺたんと、付箋を貼りつけた。
しばらく前から〝文通〟が続いている。
そのきょうのぶん。
通りを歩いてゆくマスターが、見えなくなるまで、にこにこと送りながら手を振った。
◇
「じゃあまたー」
私はあの人の背中にそう言いながら、ぺたんと、付箋を貼りつけた。
しばらく前から〝文通〟が続いている。
今日のぶんがやってきたので、そのお返事のぶん。
通りを歩いてゆくあの人が、人混みに紛れて見えなくなるまで見送って――。
私は自分も家路についた。
◇
「んしょ」
私はいつものノートを開いた。
おじいちゃんにごはんを食べさせて、おじいちゃんをお風呂に入らせて、おじいちゃんの服と自分の服を洗濯機にかけて――。乾燥が終わって、ピーって鳴るまでのあいだに、学校の宿題と、あと文通内容の整理をしなきゃ。
文通の内容は、すべてノートに書き残してある。
向こうの付箋はそのまま貼ってある。だから書き残してあるのは、自分で送ったメッセージのぶん。
こちらに届いた付箋は、最初の一枚から、ぜんぶ残してあった。
ノートのページに貼りつけている。その隣に、マンガのフキダシみたいな大きな丸を描いて、自分のメッセージを書きこんでいる。
一回ごとの往復ぶんを、なんと豪勢にも、ノートの一ページを使って残してあるのだ。
最初は、ほんのちょっとしたイタズラ心だった。
あの人が、背中に黄色くて四角い付箋を貼りつけてファミレスにやってきた。
なんで付箋がついたままなのかは、ちょっと、よくわからなかったが……。
ちょっとしたイタズラ心が湧いてしまった。
その付箋に、ボールペンでメッセージを書きこんで、ふたたび、あの人の背中に貼りつけておいた。
そしたら……。
つぎのときには、なんと、返事があった。
そこから俄然、面白くなってきてしまって……。
ついつい、お手紙のやりとりが続いている。
文通している相手は、女性であることぐらいしか、わかっていない。
どこの誰なのかも、はっきりしない。
ひとつだけ、はっきりしていることは……。ともに、あの人を知っているということだけ。
昔、昔、まだ小学生のころ。
店によくやって来ていた猫が、首輪を付けていて――。その首輪に手紙を結んで、どこかの誰かと文通したことがある。
そのときの楽しさと不思議さが戻ってきた感じだ。
私は、ノートの最初のページを開いた。
最初のやりとりから、読みはじめた。
◇
ミツキさん「まれびとさんが、お世話になってます?」
エルフさん「いえいえー。こちらこそー。マスターがおせわになってますー」
ミツキさん「あ。よかった。届いた。届きました! うわー。うわー。すごいすごい」
エルフさん「そっちのおにく。おいしいです! すごい、にくあじです! おっふ!」
ミツキさん「おっふ? お肉ですか?」
エルフさん「マスター。おにくもってくるのですよー。かんづめステキです。おっふ」
ミツキさん「まれびとさんは、そっちでは、どうですかー?」
エルフさん「げんきです。オレさまです。いつもニコニコです」
ミツキさん「ふふっ。こっちのまれびとさんは、ちょっと頼りない感じですよー」
エルフさん「あまりイジメないであげてくださいね?」
ミツキさん「ふふふ。どうしましょうかー」
エルフさん「ふふふ。マスターにイジメられるのが、わたしのにっかだったりしますー」
ミツキさん「ああっ、いいなー」
エルフさん「あまりイジメないでいてくれたら、イジメられないでおいてあげます」
ミツキさん「ふふっ。わけがわかりませんねー」
エルフさん「わたしもです」
ミツキさん「この花の匂いみたいなの。あなたの匂いですか?」
エルフさん「はな? はて? おまえフロはいれ、とは、いわれますがー」
◇
そこまでが、ノートにあるぶん。
前回までのぶん。
そこに私は、今日のぶんを、ぺたんと貼りつけた。
ミツキさん「私はー、きょうー、ミツキちゃんがいないと生きていけない、とか言われちゃいましたー」
ちょっと意地悪だったかな?
でも、どんな切り返しが返ってくるのか……。
楽しみでもあった。
私はノートをぱたりと閉じた。
さて。宿題しないと。