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第30話「おてまみ」

 いつもの夕方。いつものCマートの店内。


「じゃ。行ってくるわ」

「はい。いってらっしゃい」


 バカエルフのやつは、そう言いながら、俺の背中をぽんと叩いた。


 ん?

 そういえば、こいつ――。

 いつも「いってらっしゃい」のときに、背中を叩いてくる癖があるなー


「なんだよ?」

 バカエルフのやつが、なんでか、ニコニコとした顔になって立っているので、俺はそう言った。


「なんでもないですよー。いってらっしゃいです」

「ああ」


 いまいち釈然としない感覚を覚えながら、俺は店を出た。


 今日は美津希みつきちゃんのところに行く用事だ。

 週に1回、経理を見てもらうことになっている。その他にも、いろいろと調べ物などを手伝ってもらっている。

 ファミレスでの打ち合わせは、はじめ、週一だったのだが、最近では週二くらいに増えている。

 今週に限っては、これでもう三回目だ。


    ◇


「はい。金属工学の本」


 ファミレスの席にやってくるなり、女子高生は、紙袋の中から分厚いハードカバーの工学書を出してきた。


 今日の美津希ちゃんはお出かけモード。

 服も髪もばっちりで、薄くナチュラルメイクも決めている。

 ちなみに質屋のほうに行くと、ジャージ姿のお下げを見ることもできる。ギャップが凄まじくて目眩がするほどなのだが、リアル女子高生ってのは、こんなもんかとも思う。


「これでよかったですか? アルミのことが特に詳しく載ってますけど。原材料から精錬法まで」

「いやー。よくわかんないけど。美津希ちゃんが選んでくれたなら、それでいいはずだ」


 俺は中味も確かめずにそう言った。どうせ読んでもわからない。

 これを読むのはバカエルフのやつで、翻訳して聞かせる相手はツンデレ鍛治師だ。


「もうっ。おだてても、なんにも出ませんよー、だ」


 美津希ちゃんは子供っぽい仕草で舌を突きだす。


「こういうのも、〝経費〟とかゆーので、落とせんの?」


 俺はレシートを見ていた。数千円の金額が書かれた紙切れが一枚。

 こちらの世界のお金――〝円〟には、どうにも実感が湧かなくなっている。

 砂金を換金したことで、いきなり何百万円という大金を手にしてしまったこともあるが、こちらの世界に住んでいるというという実感が乏しいせいもあるだろう。

 完全にあちらに移住してしまった感がある。


 経費で落とせるかどうか聞いたのは、美津希ちゃんが喜ぶからだ。

 美津希ちゃんは、けっこうな節税マニアで、我が〝異世界Cマート商事〟が1円でも節約できると、すっごく喜ぶのだ。

 俺的にはべつに税金が多少増えようがどうしようが、気にもならないのだが……。

 だが女子高生の笑顔には、レシートをかき集めてくる苦労に見合うだけの価値が、確実にあった。


 美津希ちゃんってば――。けっこう美人だし。


「お仕事の役に立つものなら、もちろん、落ちますよ」

 美津希ちゃんは、そう請け負った。


「……これも、お仕事関係なんですよね?」

「あー。まあ……。お得意先っていうか? そこから頼まれて調べるのに必要だからなー」


 俺はツンデレ鍛治師の顔を思い浮かべた。金属のこと。特にアルミのことを調べてきてやると約束したのだ。


 毎日やってきて催促をする。いや。ツンデレだから直接は催促してこない。だが「べつに急いでいるわけではないからな」と、非常にわかりやすく催促してくれる。

 これでヤツがもし美少女だったら、我々の業界的には〝ご褒美〟となるのだろうが……。

 オッサンのツンデレに〝それ〟をやられても、いまいち萌えられない。


「科目は〝研究費〟とでもしておきましょうねー」


 女子高生は、ノートに書き書きとメモを取っている。

 ボールペンがかわいい。マスコットがペンの上に乗っかっている。

 うつむいて書いているときに、頬に髪がかかっている。


 手を伸ばしてそれを払ってやりたい衝動を、俺は、ぐっと我慢しつづけている。

 それをやったら恋人だ。


「そころで、レシートとかでいいの? 領収書ってのが、いるんじゃないっけ?」

「領収書ってのは、明細を書かずに内容をゴマかしたいときに使うものです」


 女子高生は、きっぱりと言った。――なんと、言い切った。


「後ろ暗いことのないときは、むしろ、レシートのほうがいいです。なにを買ったのか、はっきり書名まで書いてありますし」


「ほー。へー。はー」


「あとそもそもレシートや領収書ってのは、税務署から、もしも〝監査〟が入ってきたときに、根拠として見せて、説得材料として使うものです。基本的には不要なんです。だからレシートをもらい損ねたときには、そこらの紙にでも、品物と金額とをメモしておけば、それで充分な証拠になりますから」


「ほー。へー。はー」


 俺は感心した。

 口を半開きにして、ひたすら、感心するばかりだ。


「お仕事のほう……、どうですか?」

「え? ああ。まあ。順調だよ」


 俺は曖昧にそう言った。

 美津希ちゃんには本当のことは話していない。

 嘘をついているわけではないのだが……。

 異世界あっち現世界こっちを行き来して貿易しているなんて言っても、信じてもらえないだろうし……。

 ――なので。そのへんのところは、適当に誤魔化していた。


 品物を持っていって、物々交換してくるという商売を、〝どこか〟を相手にやっていることになっている。

 税金の申告もその(セン)でやってもらっている。

 美津希ちゃんが、どんなふうに帳簿を付けているのかは、俺はタッチしていないので、よくわからない。


 いいや……。言い直そう。〝まったく〟わからない。


 自慢じゃないが――。

 美津希ちゃんがいなくてッ――!

 生きていける自信はッ――!

 まったくないなッ!

 あっはっは!!


「え? やですよもー、永久就職しちゃいますよ?」

「え? 俺いまなにか言ってた?」

「え? 言いませんでした? なにかいま?」

「いやいやいやいや。――言ってない。言ってないヨ?」


 俺はぶるぶると首を横に打ち振るった。

 独り言なんて言ってない……はず? そんなベタなことはやってない……はず?

 そういや、バカエルフのやつも、心の声にツッコミを入れてくることがある。うっかり口に出していたのかと、はじめはそう思ったものだったが……。いっぺん、きちんと確認したことがあった。絶対に口に出していないのに、突っこまれたことが、確実に何回かはある。


 女の子ってのは、みんな、こんなに鋭いもんなのか?


 ほんの2日分の経理を終わらせたあとは、たわいないお喋りをした。

 パフェとドリンクバーの代金を支払って、ファミレスを出るところで――。


「じゃあまたー」


 ばしん、と、背中を叩かれる。

 ふと思いだす。


 そういえばバカエルフのやつにも、出がけに同じことをやられたっけ。


 なんで女の子って、ボディタッチしてくるかなー。

 いや。バカエルフのやつは、女の子などとゆーシロモノではないが。絶対にないが。


    ◇


「おーい。帰ったぞー」

「おかえりなさーい」


 俺が店に帰ると、バカエルフのやつが、女子高生と遜色のない笑顔で出迎えに出てきた。

 向こうの世界では暗くなりはじめていたのに、こっちではまだ日が残っている。

 ちょっと不思議に感じるときもあるが……。もう慣れた。


「あー。マスター。マスター。動かないでー」

「なんだ?」

「付箋がついましたよー」

「なんだよ。ったく。ガキのしわざか?」

「さあ……?」


 バカエルフのやつは、くすくすと笑い立てている。

 なんなんだ?

今回の話のタイトルの秘密は、次回、あきらかに……?


(次回じゃなくて、何回かあとになるかもしれませーん)

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