第29話「アルミニウム無双」
いつもの昼すぎ。いつものCマートの店内。
「おい。店主」
突然の来客に、俺は渋い顔を向けた。
鍛治師をやっているドワーフの親方だ。
悪い人間(ドワーフ?)ではないのだが、性格が〝ド〟のつく〝ツンデレ〟で、面倒くさい。
これで美少女だったりしたら、ツンデレでもウエルカムなのだが。
「なんだよ? 空き缶ならまだ溜まってねえぞ?」
俺はそう応対した。
店の隅に溜めてある空き缶を、この親方は嬉々として回収してゆくのだ。
なんでも、空き缶の素材は、非常に純度の高い上質な鉄だそうで、それを処理して鍛冶の材料に使っているのだとか。
そういえば空き缶は、現代日本でも「資源ゴミ」となっている。燃えるゴミでも、燃えないゴミでもなく、資源ゴミの分類だった。
「そっちじゃない」
ドワーフの親方は、ぶっきらぼうにそう言った。
いまでこそ、あの言いかたは怒っているのではないと理解しているが、はじめは、なんでこのひと、こんなに怒ってんの? 不機嫌なの? と思っていた。
俺は脳内で変換をかけた。
美少女が「そっちじゃないって言ってんでしょ! あんたバカぁ?」と言ってるのだと思えば……。
「じゃあ、なんの用なんだよ?」
「これだ」
親方はじゃらりとテーブルの上になにかを置いた。
ん? なんだこれ? ……金属のリング?
ああ。わかった。
この物体の正体が、なんだかわかった。
缶詰めのフタについているアレだ。
ぱっかん、と缶詰めのフタを開けるときに指を入れる、つまみだ。
そのつまみばかりが、何十個も何百個も集められていて……。
「ええと……? 宝物? す、すごいじゃん?」
宝物をわざわざ俺に見せに来たのか?
このツンデレドワーフ鍛治師……。どんだけだ?
「ちがう」
と、やつは言った。
「これだけ違う金属だ」
「ん?」
俺はリングプルをよく見た。
金属じゃん?
「鉄じゃない」
ドワーフは、もういっぺん、よく見ろ、とばかりに、リングプルの山を俺のほうに押しつけてきた。
ツンデレ美少女がやったら、こんなん、かわいくなるんだろうけど。
ヒゲもじゃの親父がやったところで、かわいくない。ないったらない。
……ないんだぞ?
「これも鉄だろ。金属だろ」
俺は言った。
「いや。金属だが。鉄じゃない」
オヤジは言った。
頑固に言った。
「ん? 金属って鉄のことじゃないのか? 鉄以外の金属ってあるのか?」
「金。銀。銅。鉛。錫。亜鉛。ミスリル。水銀なんかもあるな」
オヤジはいちいち数えあげる。
これも美少女がやったら――以下略。
そういえば金貨も銀貨も銅貨も、ぜんぶ金属だったっけ。
わるいが理科とか化学とかは苦手なんだよ。
「――この金属は、見たことがない。わしの知る金属のどれとも違う。異様に軽い。軽すぎる。そして展性に富む。この金属は、いったいなんだ? おまえの世界の魔法金属かなにかか? ミスリルみたいなものか?」
「えーと……」
むさいオヤジに迫られて、俺は困った。これが美少女ツンデレであったら――とか、思いつつ、考える。
丁寧に缶詰めの蓋から外されたリングプルを――一個、手に取ってみる。
その手触りに、俺は思いだした。
「ああ。こいつは。アルミとかいうやつだ」
「あるみ? とな?」
「ああ。アルミ。アルミニウム」
「それはどんな金属だ?」
教えてもらいたくば、猫耳付けて、にゃーと鳴け、とか言ったら、このドワーフオヤジ、どんな顔をするだろうか?
「ええとだな……」
俺は「にゃーといえ」と言うかわりに、尻のポケットから財布を取り出した。
小銭入れのところに……、ああ、あった。一円玉が数枚ほど。
「こういうやつだ。この1円玉が、たしかアルミだ」
「ふむ」
ドワーフは1円玉をつまみ上げた。
指先よりも小さいそれを、丹念に見る。
1枚を見る。別の1枚も見る。また別の1枚を見る。
「模様が微妙に違うな」
「それは年号だ」
「おまえさんの世界の数字か。美麗な象形文字だな」
「いやあ……」
意外なとこで、意外なタイミングで、不意に褒められて――。
俺はなんとなく、後ろ頭を掻いた。
このツンデレオッサンが、美少女ツンデレであれば――以下略。
「これは硬貨か? おまえさんの世界では、この金属は、そんなにありふれたものなのか?」
「いやあ……。どうなんだろ? 俺は詳しくないんだよなー。美津希ちゃんに聞けばわかるんだろうけど」
「この金属は、ほかにどういう使われかたをしている?」
「えーと……」
俺は考えた。アルミを使ったもの……。アルミを使ったもの……。
「鍋……、とか?」
「なるほど。展性に富むからな。加工が楽そうだな」
ツンデレドワーフは感心している。
「あとは……、ああ、そうだ。お弁当箱とかにも使っているな」
「なるほど。もしこの金属で密閉容器を作れるのであれば、それは食品を入れるのに都合がよいかもしれんな」
ツンデレドワーフは、いちいち顎髭を撫でさする。
「あとは……、ああそうだ。アルミ箔だ」
「箔……、とな? 金箔のように延ばすのか? 伸ばせるのか?」
「いやそこまでは薄くないが。でも紙ぐらいは薄いんだ。そのアルミ箔で、おにぎり――じゃなくて、食品を包んだりするんだ。あと料理に使ったりするな。魚を蒸し焼きにしたり。イモを包んでヤキイモにしたり」
「なるほど。それは便利そうだな。……ふむ。……ふむ。ローラーで圧延すればいけるか? 叩くのでは均一にならんな」
ツンデレドワーフ鍛治師は、ヒゲを撫で撫で――。
深々と思考にはまっていった。
どうやら職人魂が目覚めてしまったようだ。
こんど向こうに行ったときには、ツンデレドワーフに、デレが入っちゃうような〝おみやげ〟を買ってきてやろうと、俺は心に決めた。
アルミニウムの塊と、あと、アルミとか金属に関係する本がいいだろうか。
美津希大明神に聞けば、きっと、なにかいい本をみつくろってくれるはずだ。