第28話「付箋無双」
いつもの昼すぎ。いつものCマートの店内。
「ねーねー! おじちゃーん! これなーにー!」
クソガキどもが、ピーピー、キャーキャーと店の中を駆け回っている。
新しく置いた商品をめざとく見つけだしては、いちいち、俺んとこに持ってきて、こーれーなーにー、と大声で聞く。
「おじちゃん、じゃねーだろ」
俺はぶすっとした声で応じた。
だがクソガキどもは1ミリもひるまない。物怖じとか知らねーんじゃねーのか? このクソガキども。
「ねーねー! おねーちゃーん! 飴ちゃんもらっていーいー!」
クソガキどもがバカエルフに聞いている。
飴ちゃんは透明なプラ容器にどっさり入っている。駄菓子屋によくある「イカ」とかの入ったあの容器だ。
「はいはい。店長にお願いしてみましょうねー」
バカエルフのやつ。俺に振りやがった。
ガキどもが俺の腰から下にまとわりついてくる。
くそったれが。
「はいはい。おじちゃんはここですよー」
俺はすっかり観念して、そう言った。
「おじちゃん! 飴ちゃんちょうだい! ちょうだいちょうだい!」
「はいはい。一人。一握りだけだぞー。ズルは禁止だぞー」
飴は初期からのヒット商品だ。
いちおう売り物ではあるのだが、小遣いの少ないガキから銅貨をぶんどるわけにもいかず、ほとんど無料配布になっている。
ノールールだと、ガキが何周もしてきて無間地獄に陥る。
そこで「1人。1日。1握りまで。手の中に握れるだけ。手が抜けないほど握るのはアウト」というルールを採用していた。いまのところそれで混乱に陥ることは避けられている。
ガキが1匹、2匹、3匹、4匹、と、つぎつぎに飴ちゃんを取ってゆく。
「たくさんとれたー!」とか、1個2個限界を超えた程度の、しょうもないことで、いちいち騒いで、いちいち笑顔になっている。
ったく。クソガキめ。クソかわいいじゃねーか。
「おい。おまえは取らなくていいのか?」
店の隅っこで座りこんでいるガキにも、俺は聞いた。
「いいの?」
ガキが遠慮がちにそう言う。
「いーんだよ」
俺はふんぞり返った。胸を張って、そう言った。
ここは俺の店なのだ。俺がいいと言えばいいのだ。そーに決まった。
特に店の片隅で、遠慮がちに膝を抱えている痩せっぽちの女の子が、「いいの?」と上目遣いでたずねてきたときには――特にそうだ。
「じゃ。……いただきます」
女の子は遠慮がちに手を出してきた。
年齢は、編隊飛行しているガキどもより、ちょっと上?
手足がひょろりと細くって、あちこち発育が悪いので、よく見ないと、他のガキより年下に見えてしまうくらい。
女の子は、1個――。飴を取っていった。
「おい」
俺は言った。
「なに遠慮してんだ。バカ。クソガキ」
俺は自分の手で、飴をごっそりと取って、相手の手に押しつけた。
大人の手で一握りだから、女の子の手では両手でも余るくらい。
「ずるーい!」
「ずるくない」
ガキどもが騒ぐ。俺はガキどもにそう言った。
自分らでとった飴ちゃんは、もう食い尽くしている。このガキどもめ。飴をバリバリ噛み砕く邪道だろ。邪道っ。
「みんなで食べよ」
「わーい!」
痩せてるクソガキは、せっかくもらった飴を、皆に配ってしまった。
あっという間に奪い尽くされている。
あー。もー……。
なにやってんだか……。
その子が、せっかくもらった飴ちゃんを皆に配ってしまって――。しかし、1個は自分の口に入れたのを確認してから――。
俺は背中を向けた。
「――で? なんだって? こいつがどうしたって?」
にやりと笑ってみせる。
黄色い紙のブロックを手で振り振りとやりながら、編隊飛行でぐるぐる店内を駆け回っているクソガキどもに聞く。
最初の話題は、本日の新商品に関してだ。
俺が今回、異世界より――ここでいう〝異世界〟とゆーのは、現代日本のことだが。
その異世界から持ちこんだのは、黄色い付箋メモだった。
「それー! それー! どう使うのー! どう使うのー!」
ガキどもが群がってきた。
ふっふっふ。ばかめ。
ひっかかりやがった。
「これはなー」
俺は付箋ブロックの、いちばん上の一枚をひっぺがすと――。
ぺとり。
ガキの一人のおでこに、貼りつけてやった。
「はられたー!」
「ふはははは! 貼ってやったー!」
「いやー! きゃー!」
ガキどもが悲鳴をあげて駆けずり回る。編隊飛行をする。
付箋を一個ずつ手に持って、店の外へと飛び出してゆく。
街の人たちを、つぎつぎと〝犠牲者〟にしてゆく。
付箋メモの宣伝に役立ってくれる。ガキどもがああして勝手に騒いで遊んで、大人が関心を持って、店に大挙して押しかけてくるというのが、このCマートの無双パターンだ。砂糖無双やぷちぷちシート無双から、連綿と連なる、この異世界Cマートの伝統といえる。
「ん? おまえはいいのか?」
俺は店の片隅に声を掛けた。
「え?」
声を掛けられた子供は――、俺のことをみて、目をぱちぱちとさせている。
「おまえも。遊ばなくていいのか?」
「え? でも……」
その子の目は俺の手元にロックオン。俺の手のなかには付箋メモが一つ残っている。
「わるいかな……って」
はーっ……。
俺は大きく、大きく、ため息をついた。
さっきからこの子は、ずっとこうだ。
「おまえな。ガキが勝手に気を回してんじゃねえぞ。あいつらを見ろ! ずうずうしいのがガキの仕事だ!」
店の外をびしっと指差す。
クソガキどもは、通行人を次々と、額にお札を貼られたキョンシーに変えている。
「えと……」
「ったく! もー! 遊びたいのか! 遊びたくないのか! どっちなんだ!」
俺は叫んだ。
そして彼女の返事を待った。
「……遊びたい」
十数秒もたってから、ようやく、彼女は言った。
「ほら。遊んでこい!」
「はい」
小さいが、はっきりとした言葉を残して、彼女は外に出て行った。
「きちんと言えましたねー。エナちゃん」
戸口に立って眺める俺の横に、バカエルフが並ぶ。
「ふぅん」
俺はさして感慨もなく、そう言った。
エナちゃんっていうのか。ガキどもを俺ははじめて個体識別した。
あの子だけ、覚えた。
◇
俺の思惑通り、付箋メモは大流行した。
――が。しかし。
使い方が違った。
あれはオフィス用品なのだ。
本来の使いかたは、ぱぱっとメモして、ぺたりとそこらに貼って、用事が済んだら剥がして捨てるものなのだ。
しかし、この異世界では――。
「きゃははは――!」
ぺたっ。
「わーい!」
ぺたっ。
「ひえー!」
ぺたっ。
付箋メモは、人の額に貼りつけて遊ぶ〝おもちゃ〟として使われていた。
ま。いいのだが……。