第27話「図鑑無双」
いつもの昼下がり。いつものCマートの店内。
俺は商品の陳列を直すふりをしながら、横目で、クソガキ――もとい、お客様を見つめていた。
床の上にぺたんと座りこんだお子様が、店の品物を開いて、じっくりと読みこんでいる。
店の商品というのは、本だ。
図鑑というやつだ。
向こうの世界の文字は、こちらの世界の人は読むことができない。(除くバカエルフ)
そのことは俺も知っていたから、文字の少ない本――たとえば図鑑や絵本みたいなものであれば、絵や写真だけで楽しめると思って、何冊か、適当に見繕って持ってきていたのだ。
こっちの世界には本はあるのか。まったく見向きもされていなかった品物だったが、クソガキ――もとい、男の子と女の子の二人連れのお客様が、大変なご関心をお持ちあそばされた。
床にべったりと座りこんで、どっぷりと読書中。
しかもバカエルフのやつが、横につきっきりで、読んでやっているものだから――。
俺も注意がしにくい。
まあ、もともと儲けるつもりでやっている店ではないのだし――。
クソガキどもに、ぺたぺたと手垢がつけられまくって、商品が台無しになったところで、べつに困るわけでもないのだが――。
そんなことを考えていると、バカエルフがこちらを見て、くすりと笑ってきた。
「なんだよ?」
「いえ。マスター……。優しいですよね」
「どこがだよ!」
俺は檄オコになった。
言うに事欠いて、優しい? 俺が優しい? どこが?
やっぱこいつ。バカエルフ。もお一生バカエルフ決定。
「これは大変に興味深い学説ですよ」
クソガキの片割れが図鑑を見ながらそう言った。
見た目10歳ぐらい。異世界の子たちは、どうも成長がよろしくないようで、これでじつは13歳ぐらいなのかもしれないが、それでもとにかくお子様には違いない。
耳も尖っていなくて人間耳だから、見た目通りの年齢で間違いないはず。
なのに、ずいぶんと大人びた口をきく。
ちなみに読んでいる図鑑は、「地球・宇宙」。
「独創的な発想ですよ。地球というのが、我々の住む大地であり、それが〝太陽〟というものを中心点として回っているなんて。僕は常々〝地動説〟なるものを提唱しているのですけど。誰もまともに聞いてくれなかったんですよね。そうか。地動説の蓋然性を増すためには、〝中心点〟の設定が必要だったんだ。この視点はなかったなー。勉強になるなー」
ガキのくせに小難しい話をぺらぺらとくっちゃべる。
「おま。キングの同類かっつーの」
俺は思わずそう言った。
「キング? ええ。はい。お世話になってます。研究所を持たせていただいて――。ああ。こちらのお店は、キングに聞いたんですよ。滅多に褒めることのないキングが言っていたので、どんなお店かと興味を持ちまして」
俺は顔をしかめた。
ほーら! やーっぱ! 同類だった!
キングの口コミで来たわけだ。
そういや、そのキングも、へっぽこ冒険者の口コミでやって来たんだった。
まーったく。誰が宣伝してくれって頼んだよ。余計なことしやがって。
「マスター。ツンデレになってますよ」
「だからおまえは! 人の心の声にツッコミいれてんじゃねえぞ!」
俺は怒鳴った。
器用なことしやがって。
てゆうか。俺。顔に出てた? それともまさか口に出して喋っては……、ねえよな。
「――そっちの子も? キングのダチか?」
「いえ? 僕もここで一緒になっただけでして」
「そうなのか」
年齢が似た感じだったから、てっきり友達かなにかなのだと思った。
俺はもう一人の女の子を、じっくりと見つめた。
こっちの子も、おなじように、ぺたんと座りこんでは、図鑑を開いている。
ちなみに読んでいる図鑑は「海の生き物」。
「あたし?」
女の子は、だいぶ遅れて、俺の視線と話題の流れに追いついてきた。
だいぶマイペースな女の子らしい。
「あたしはぁ~、小説を~、書いてます」
「小説?」
「そうです。ファンタジー小説なのれす~」
間延びした喋りで、女の子は言ってくる。
「なのれす?」
「なのれす」
女の子は、ほにゃらん、と、返事をした。
なんか。この子。へんだ。
「マスター。けっこう有名な本なんですよー。ああそうだ。マスター。うちの店にも置かせてもらいましょうよー」
指先を合わせて、バカエルフが、なにかいいことのようにそう言った。
「ふざけんな」
「うふふふふ~、サイン本は~、買い取りなのれす~。……いいれすか?」
「だめだっつーてんだろ」
だいたいファンタジー小説ってなんなんだ?
ここがファンタジー世界じゃないのか?
ファンタジー世界におけるファンタジー小説って、なんになるんだ?
「いま書いている作品に~、出てくるモンスターの~、イメージの参考に~、たいへん~、なります~」
自称ファンタジー小説家はゆっくりとそう言った。
「海の生き物が?」
「こんな~、ありえない生き物は~、すごいです」
「どこが?」
海の生き物はモンスター図鑑ではない。
単なる普通の図鑑だ。魚とかエビとかカニとか貝とかウミウシとかイソギンチャクとかヒトデとか。そんなものの図鑑だ。
「この〝かに〟という~、ハサミのついた~、生き物は~、どのくらいの大きさですか~? 何モーグありますか~?」
「いや。モーグは知らんけど。せいぜい大きくたって……、30センチとか、そんなんだろ? ――こんなんだよ」
センチで言っても伝わらないか。俺は手で大きさを示した。
「じゃあ、家一軒分くらいにします~」
盛った!
「ハサミで、冒険者を、ちょっきんと~、やります~」
凶悪な怪物になった!
「こっちのイソギンチャクも~、素敵です~、インスピレーションが~、もりもりと~わきます~。この怪物は、女冒険者の服だけ溶かすのです~、そして~、そのあとは~、うふふふふふ~」
18禁になった!
「やっぱうちじゃ置けんわ。その小説。うちは全年齢ショップだからな」
「そうれすか~、残念れす~」
結局、学者のタマゴと、小説家のタマゴとは――。
図鑑をお買い上げになっていった。
それぞれ銀貨1枚ずつ。2冊で銀貨2枚の売り上げとなった。
まいどあり~。ちゃり~ん。
地面にぺたんと座りこんで図鑑を広げて……。
僕も子供のころにやってました。商店街の本屋の店頭で。
迷惑だったろうな~。本屋さん優しかったんだな~。なにしろ子供だったので、気づいてませんでした~。
1冊分のおこづかいしかなくて、どれを買うべきか、必死になって検討してたんですが。