第25話「夜空」
いつもの夜更け。いつものCマートの店内。
寝袋のなかで寝返りを打ちながら、俺は、どうにも寝付けずにいた。
バカエルフではないが、いつもなら十数分で寝付くことができるのだが。
今日はどうにも眠れない。
夜明けとともに目を覚まして、日が暮れて飯を食ったらすぐに寝るという、この世界におけるシンプルライフは、俺に大変規則正しい習慣をもたらしてくれていた。
ストレスまみれの生活を送っていたときには、不眠に悩まされたものだった。そして寝付いたら寝付いたで、こんどは悪夢ばかり見たりして……。
いまは夜が来れば眠くなるし。朝がくれば目が覚めるし。昼になれば腹が減るし。
どんどんバカになっていっている気がする。バカエルフに近づいていっている気がする。
そのバカエルフは、店のちょうど対角線の床の上で、すう、すうと、規則正しい寝息をたてている。
その寝息が、なんでか、気になってしまうのだ。
それで寝付けずにいるわけだ。
べつにそこに深い意味など、まったくなくて。
ただ単に、床についたら三秒フラットで寝息を立てるバカなエルフが、あまりにもバカ過ぎるせいで、余計なことを考えさせられてしまうというか。
余計なことといっても、変な意味など、まったくなくて。
うわあ気楽に寝てんじゃねえよ。ちったは警戒しろよてめ。なに安らかに安心しきって寝息たててんだ。――とか。
だいたいそういう関係の憤りないしは腹立ちであって。
それもこれも、すべてあいつが、バカなおかげであって。
「マスター?」
規則正しく続いていた寝息から――。
突然、そんな声があがって、俺は死ぬほどびっくりした。
叫んだりしなかったのと、その場で飛び跳ねなかったのは、奇跡に近い。
ちなみに寝袋にすっぽり入っているから、飛び跳ねたとしても、イモムシのジャンプとなったわけだが。
「……な、なんだよ?」
俺は努めて冷静に、いま起こされて眠いんだよ、という声を出した。
「マスター? 眠れないんですか?」
バカエルフの声はまったく平静なもの。
からかう様子もなければ、ひやかす調子もない。
バカエルフのくせに。バカエルフのくせに。
てゆうか。気づかれてた。すっかり。バレてた。
「マスター。眠れないなら、一緒に寝ます?」
「うえええっ!?」
俺はこんどこそ、大声を上げてしまった。
おまえ!? そういうキャラだった!?
「あ。いえ。そういう意味ではなくて」
エルフの娘は、ぼろマントを引きずりながら、店の入口のほうに移動していって――。
「ほら。ここです。ここで寝ると、星がよく見えますよ」
ちなみにCマートの建物に、ドアはない。
すっぽんと開いた戸口があるだけだ。
俺も寝袋を引きずりながら、その場所に移動していった。
戸口から、半分、体を出すように寝そべって、頭を外に出す。
たしかに星がよく見えた。
「ね? どうですか?」
エルフの娘が、隣に滑りこんでくる。
「お、おい――」
「なんですか? もしかして、マスター――発情期とかですか?」
「んなわけあるか」
俺が強く言うと、エルフの娘は――。
「じゃあいいじゃないですか」
いたずらっぽく笑って、俺の隣に貼りついてきた。
「ちょっと寒いですよね」
俺たちは、ごろんと二人並んで横になって、星を見上げる。
「凄い星の量だなー」
俺はそう言った。
「マスターの世界じゃ、星はないんですか?」
「あるけど……。こんなにないなぁ。いや。あるんだろうけど。空があんまり綺麗じゃなくてな。よく見えないんだ。あと街の灯りが夜でもついてるから――」
街並みを見る。
夜の街は完全に寝静まっている。灯りのついている窓はひとつもない。そもそも灯りといっても、こちらには電気はないから、ランプの灯りだ。
冒険者は永久発光する「灯り石」なんてものを使っていたりするが、あれは1プラチナ――金貨144枚とかするような代物だそうだ。
「ん? なんか、星座が、ちがくないか?」
俺はそう言った。
どうも空に見覚えのある星の配置が見当たらないのだ。
あんまり詳しくはないが、太鼓みたいな形のオリオン座とか、ひしゃくみたいな形の北斗七星ぐらいは、見れば、わかると思うのだが……。
「なんですか? 〝せいざ〟って?」
「星座、ないのか?」
「さあー。博識のわたしでも知りませんねー」
「おまえが博識なわけ、ねーだろ」
「あー。バカにしたー」
「そうだよ。バカにしたよ」
「もー。バカにするのー、めー、ですよー」
「あれがバカエルフ座だ」
俺は星を指さした。
よく光っている星を幾つか繋げる。
「あれとあれとあれで人型だ。あそこのもやっとしたのが、ちょうど左右の耳だ」
エルフ耳は左右にピンと伸びている。
「勝手につけちゃだめでしょう」
「いいんだよ。確か星座っつーのは、昔の人が、勝手に付けたんだ。だから俺だって名付けていいんだ」
「またマスター理論がでたー」
「じゃあ。あの星とあの星とあの星で、あとあっちとあっちで、マスター座です」
「なんだそりゃ」
「マスターが荷物を背負っているところです」
「俺はいつでも荷物を背負っているのか」
「そんな感じです」
まあたしかに一日一回は向こうに仕入れに行っているが。
「みんなのために荷物を運んでくるマスター。好きですよ。わたし」
「ばっ――バカてめ!? なにいってんだバカエルフ!」
「あ。いえ。そういう意味ではなくて」
エルフの娘は、しれっとした顔でそう言った。
星明かりだけでも、これだけ近いと、顔くらいうっすらと見える。
「マスター。ひょっとして発情期ですか?」
「おまえまたそれゆったー」
俺はエルフの娘の顔を見ないで、星を見た。
星ばかり見た。
今日は主人公は受けです。受け専。
あと星空は、異世界なので、当然、こちらの世界と星の配置が違っております。