第23話「銅貨1万枚」
いつもの昼過ぎ。いつものCマートの店内。
「おじちゃーん、これいくらー?」
鉛筆12本入りの箱を手に、ぶんぶんと振りながら、ガキが騒ぐ。
「はーい。銅貨1マンマイだよー」
「えっひゃっひゃ!」
ガキは受けている。
「――はーい! どーか、1マンマーイ」
ガキは俺の手に銅貨1枚を渡していった。鉛筆の箱を手に、ダッシュで駆けだして行く。
ボールペンもシャープペンもまったく売れず、鉛筆とクレヨンだけが、なぜかよく売れてゆく。
「ねえマスター。なんなんですか、それ?」
「どれ?」
「それですよ。その万枚っていうやつ」
「ああ。これか。ジョークだよ。ジョーク」
俺は銅貨1枚を売り上げ壺に放りこみながら、そう言った。
「つまんないですよ。センスないですよー」
「わはは。これがわからんとは。おまえのほうがセンスないぞー。ガキにはバカウケじゃんかー」
「わたしは子供じゃないですからー」
「やーい。ガキ以下ー」
「ガキ以下でいいですよ」
「店主。これはどう使うものなのだ?」
バカエルフと話していると、店内に残ったもう一人のガキが、鷹揚に聞いてくる。
「おまえ。さっきから、きーてばっかじゃん。ぜんぜん買わねーじゃん。かえれかえれ」
「マスター。キングに不敬ですよ。不敬」
バカエルフがそう言う。なにが不敬なんだか。
〝キング〟と呼ばれたそのクソガキは、この前も店に来ていたガキだった。
ぐるぐる渦巻きの飴を舐めつつ、頭にはオモチャの王冠。背中には紅白のマント。王様ゴッコをやっているクソガキである。
昨日もやって来ていて、一日、質問ばかりしていったあげく、なにも買わねーで帰りやがった。
そして性懲りもなく、今日もやって来た。
「店主。これはなんだ?」
「それは霧吹きだ」
俺は答えてやった。
「どう使う物なのだ?」
「そのままじゃ使えん。水を入れて、そのレバーを――って。ったく――。かしてみろ」
俺は霧吹きを奪い取ると、ペットボトルの水をすこし注いだ。
そしてキングの顔にノズル向けて、しゅっとやった。
「ぶわっ」
「わはははは」
ガキは驚いて目をつむる。俺は笑った。
「なるほど。ふむ。水を霧状に噴き出す仕掛けか」
ガキは感心している。しきりに仕組みを観察しにかかる。
「――して。これは何に使うものなのだ?」
「さあな」
「何に使うかわからない物をこの店では売っているのか」
「うるさいな。買ったやつが何に使うか考えればいいんだ」
「店主。これは何だ?」
「ん?」
またキングが次の品に興味を持った。俺は仕方なく顔を向けた。
「そいつは――シャーペンだ」
「しゃーぺん?」
「筆記具だ。鉛筆何本分も書ける。――こういう芯だけのやつをだな。ここの後ろを取ってだな」
俺は実演してみせた。芯を数本、後ろから入れて、カチコチカチとノックする。
そこらの紙にさらさらと試し書きをする。
「ほう。便利ではあるな。だが鉛筆でも足りるな」
「学生向けだな。いちいち鉛筆削ってらんねーだろ」
キングはシャーペンを手に取ると、カチコチカチと、物珍しそうにノックしている。
「あ――。おいバカエルフ。おま。ガキどもに、これ、教えたのか?」
「これってどれですかー?」
「シャーペンの使い方」
「教えられるわけないじゃないですかー。わたしも、いま知りましたよー。それ」
「あー。もう。だから売れないのか。あ――じゃあおまえ、もしかして、ボールペンも。ボタン押さないと芯が出てこないって、みんな知らないのかよ」
「これ使えたんですか?」
バカエルフが三色ボールペンを出してくる。
「赤いの押すと赤い芯が出て、黒いの押すと黒くなって、青いの押すと青くなるんだよ、それは」
「ほう。羽根ペンみたいなものだな。三色もあるのか」
「羽根ペンは知らんが、ペンっつーたら、これだな」
「ふむ」
「店主。これはなんだ」
キングはもう他の物に興味を示している。
「あーもう。つぎはなんだよ?」
キングの手にした品物を見て、俺は――。
「それはアヒルの温度計だ」
そう答えた。
「あひる?」
「アヒルもいないのか。この世界は。いや――アヒルは正直どうでもいい。そこは気にするな。それは温度計だ」
「〝おんどけい〟とは?」
「温度を測るもんだ。目盛りがついてるだろ。それで熱いか冷たいか、計るんだ」
「つまり熱さ、寒さを、体感ではなく、客観的に計測することができるというのか?」
こいつ。この〝キング〟とかいうやつ。10歳そこそこのガキのくせに、ずいぶんと大人っぽい物言いをする。
「数字が書いてあるだろ。ええと――おい、バカエルフ。数字のとこだけ、こっちの数字でメモっておけ」
「マスター。数字ぐらい覚えてくださいよー」
「おまえが覚えているから、いーんだ」
「これを貰おう」
「お?」
俺はキングに顔を向けた。
ようやく買うのか。昨日なんか、一日、店に居座って、質問ばかりして、なにも買わずに帰ったのだが……。
「いくらだ?」
「銅貨1マンマイだなっ」
俺はドヤ顔になってそう言った。
だいたい小物はどれも銅貨1枚均一だ。Cマートはほとんど1枚ショップとなりつつあった。
「ふむ。……いまは持ちあわせがないのだが」
「ああ。いいよべつに」
俺は手で追い払う仕草をした。どうやらそれを買ったら帰るつもりのようだ。ずっと店に居座られては商売あがったりだ。この際、サービスでも――。
「あとで必ず届けさせよう」
キングはそんなことを言った。
おや? 意外と律儀なところがある?
温度計を手に、キングが帰ってゆく。
「ありがとうございましたー」
バカエルフが丁重に頭を下げている。
「またお越し――むぐぅ」
余計なことを言うバカエルフの口を、俺は手で塞いだ。
◇
その日、遅く――。
閉店前になって、店先に、物凄い荷物が届けられた。
大きな袋、いくつもに分けて詰め込まれていたのは、すべて銅貨で――。
「おい……、これ、何万枚あるんだ?」
「きっかり1マンマイだと思うのですよー」
「あれ……、ジョークだっつーたよな?」
「キングにジョークは通用しないと思うのですよー」
俺は学んだ。
キングというクソガキが――。
冗談の通じない相手であること。
そして約束を守る男だということ。
キングが前回お買い上げになったのは、コンパス(方位磁石)でした。
今回お買い上げになったのは、温度計でした。
変なもんばかり欲しがる子供です。