第22話「段ボール箱無双」
「マスター。箱がいっぱいになりましたねー」
「うむ」
いつもの昼過ぎ。いつものCマートの店内。
俺とバカエルフの二人は、潰してまとめた段ボールの山を前にして立っていた。
仕入れの品はまとめて買ってくることが多い。段ボールで〝箱買い〟なんてことも、けっこうやってくる。そうすると段ボール箱がどうしても溜まってくる。
「これどうしましょう」
「食っていいぞ」
俺は言った。
「ええっ? これ食べられるんですかー?」
はて? なにかで段ボールをなにかの食べ物の〝具〟にしていたとかいないとか……? いや? あれはそもそもがデマだったんだっけ?
「食べられないみたいですー……」
端っこをちぎって口に入れていたバカエルフが、だーっと涙を流しながら、そう言った。
うん。やっぱ。デマだったか。
食おうとするから、一瞬、本当に食えるのかと思ったが……。ほーら、やっぱり食えないじゃないか。
てゆうか。口に入れるの早っ。一瞬くらいは悩め。
おい冗談だぞ、と、止める暇もねーじゃん。
「そういえば、スーパーで、『ご自由にお持ち帰りください』とかなってるの見たことがあるな。うちもそうしよう?」
「ご自由に……、ですか?」
「そそ。書け。「ご自由にお持ち帰りください」って、ほれ、書け」
俺はマジックをバカエルフに押しつけた。
最初の日にごっそりと買ったマジックは大活躍だ。店の看板を書いたり、変Tシャツの漢字を書いたり、そして今日はお客様へのサービスメッセージを書くのに使われている。
「マスターもこっちの言葉、覚えてくださいよー」
マジックで書き書きとやりながら、バカエルフが言ってくる。
「いや。無理無理。俺。英語も苦手。異世界の言葉なんて――」
「でも永住されるんでしょ?」
「え?」
俺は言葉を失った。考えてなかった。
……が。
「まあ……。そうなる……のかな?」
「マスターがおじいちゃんになったら、おしめ取り替えてあげますからねー」
介護の話とかしてるし。
翌週くらいの話をする気軽さで、何十年後の話をするエルフが、ああやっぱ違う生き物なんだなー、と、俺は思った。
「ご自由にお持ちください」と札を書いて、段ボールをごっそり重ねて、店先に出しておく。
俺たちは店内に戻って商売をつづけた。
◇
昼下がりになって、どのくらい減ってるかと、見に行ってみれば――。
「あれ?」
段ボール箱の山がどこにもない。
「どうしました? マスター?」
「おいバカエルフ。おまえ。勝手に片付けんなよ」
ひょいと顔を出したバカエルフに、俺はそう言った。
「片付けてないですよ。ずっと出しっぱなしで――」
バカエルフのやつも、とことこと表に出てくる。
「おや? ないですねー」
「おまえが片付けたんじゃないのだとすると……、これって、ぜんぶ持っていってもらえたってことか?」
「そうなるんじゃないですか? ――おや? これなんでしょう?」
バカエルフのやつがかがみこむ。地面に敷いたシートの上に落ちていたのは――。お金だ。
「お金いっぱいですよ?」
バカエルフは小銭を拾い集める。
あっちにも、こっちにも、銅貨が落ちていた。
「おまえ? 段ボール1つ、銅貨1枚とか書いたのか?」
「いえ書いてないですよ。『ご自由にお持ちください』――って、そう書いただけですよ」
「ええっ? じゃあこれ、書いてもいないのに、お金置いてくれてったってことか?」
「みんな、段ボールには銅貨1枚の価値があるって思ったんじゃないですか? これ便利そうですよねー」
「便利そう?」
言われて俺は、段ボールを見直した。――てゆうか。ひとつも残っていなかったから、店の中に行って、まだすこし中味の残っていた段ボールを、わざわざ空にして、手に持ってしげしげと眺めた。
「ほら。マスター。それって軽いし。丈夫ですし。それでいて、畳むと小さくなってくれますし。欲しい人には、いくつでも欲しい感じなんじゃないですか?」
「そうかー」
俺は段ボールを持ちあげた。
たしかに、ひょいと片手で持ち運びできる。それでいて何十キロも中味を入れることもできる。
なるほど。
ひょっとして……、これ……。
すごかったんだなー……。
現代人の意識に染まった俺には、単なるゴミにしか見えなかった。
どうやって捨てよう、ぐらいしか考えていなかった。
「銅貨1枚の価値は絶対ありますってー」
「そうか」
バカエルフにそう言われて、俺は、にやりと笑った。
次の主力商品が決まった。
◇
さて、いったいどこで段ボール箱を手に入れるべきか――。
美津希ちゃんに相談すべきか。
困ったときの相談相手に、女子高生頼る俺って、どうなの? ――とか思いつつ。まあ、自分でできる範囲のことはやっておこうと――。
俺はまず、ホームセンターに立ち寄った。
大抵なんでも置いてありそうな店だから、ひょっとしたら、段ボール箱とかも売っていたりして――。
「あったよ」
俺は呆然と立ち尽くしていた。
あったよ。売ってたよ。段ボール箱。
宅配便ぐらいのサイズから。ミカン箱ぐらいのサイズから。引っ越しに使うぐらいのサイズまで。
安いほうは80円ぐらいから。高いほうは500円くらいまで。
1枚単位でも10枚単位でも、好きな数だけ、売っていた。買えるみたいだ。
「うおー」
俺はエキサイトしてカートを持ってきた。いっぱい積んだ。あまりにエキサイトして、一度で持ち帰るのが難しくなるほど買ってしまった。
いっぺん向こうに持っていって、バカエルフのところに押しつけて、また現代世界に引き返してくる。
「美津希ちゃん! 美津希ちゃん! 美津希さま!」
俺が次に訪れたのは、質屋だった。
今日は平日だが、もう夕方だ。女子高生は帰ってきていて、店の手伝いをやっていて――。
「なんですか?」
「段ボール。段ボール。小さいやつと中くらいのやつと大きなやつは、ホームセンターにいっぱい売ってたんだけど、もっと大きなやつが欲しくって」
「はい? 段ボール……ですか?」
女子高生は小首を傾げる。さらっと黒い前髪がそっち方向に流れる。
「そうそう。どこで売ってるかわかるかな? 子供が入れるぐらいのサイズだといいんだけど」
「子供……ですか? ええと、一つ二つなら、そういう大きいのも、近所の商店街のお店でもらえるかなと――」
「――もっと! もっとたくさん。何十枚も」
「ええっ? 何十枚も!」
さすがの美津希ちゃんも驚いた顔をする。
「美津希ちゃんなら知ってると思ってさ!」
俺は女子高生を拝み倒した。
「そんなぁ……。褒めたって、なにも出ませんよ?」
「いや。段ボールが出る。きっと出る」
「AMAZONで……売ってるみたいですね? 特大サイズ。1メートル四方くらいのものまでありますね」
「やった! あった! 買って買って買って! とりあえず50枚くらい」
「いいですけど……。マレビトさん。……スマホ持ってないんですか?」
「持ってたけど。叩き壊した」
「はい?」
女子高生はきょとんとしている。
「いいから。それでいくら? 1個3980円? じゃあ50個で……、ええと、いくらだろ」
「199000円ですけど」
「じゃあ。はい。20万」
日本における現地通貨。最高紙幣を20枚渡す。
「これ。お駄賃で」
思いついて、もう1枚、渡そうとしたが――。
「いりません」
突っ返されてしまった。
美津希ちゃんは、ちょっと怒ったような顔をしている。
美津希ちゃんに注文してもらった。
すぐには到着しないから、いったん異世界に引き上げる。
「マスター。ぜんぶ売れちゃいましたよー」
手のひらのなかに銅貨をじゃらじゃらと溜めて、バカエルフが笑っている。
「そうかー」
俺も笑った。
その日は、もう何往復かした。
いつものホームセンターの段ボールがなくなってしまったので、隣町の巨大なホームセンターまで行った。
そして、質屋に巨大段ボールの到着する日――。
「はい。届いてますよ」
店先に段ボールが山と積まれていた。
いつもよりちょっとおしゃれなカッコで断っている女子高生を、俺は――。
「ありがとう! 美津希ちゃん! 愛してる!」
感激のあまり、思わず抱きしめてしまっていた。
「だ――だめですだめですだめです! それアウトですーっ!」
わたわたと暴れる女子高生を、俺は、ぽいっと放りだして――。
「じゃ――! 俺! 急ぐから!」
なんか美津希ちゃんからは、睨まれていたようだが――。
俺はCマートに急いだ。
◇
「ガキどもーっ! 銅貨1枚もってきたかー!」
整列したガキどもに声を投げる。
銅貨を握りしめている子もいれば、いない子もいる。
俺は分け隔てなく、ガキどもに、一人一枚ずつ、巨大な段ボールを手渡していった。
だいたい、このあたりのガキの人数は把握している。いつも飴ちゃんを配っているのでわかっている。
段ボールの数は、集まってきたガキどもの数と、ぴったり合った。
「遊びかたを説明するっ!」
俺は段ボールを組み立てた。そして中に入った。
巨大段ボールとはいえ、大人が入ると、ちょっと窮屈だったが、ガキどもに「手本」を見せるために、頑張った。
ナイフで、ぎこぎことやって、窓を作る。
中から外が見えるようにする。
「巨大段ボールの遊び方はッ! こうして〝秘密基地〟とするものなりッ! ――以上ッ!」
俺の号令で、ガキどもは歓声をあげながら――。
自分専用の〝秘密基地〟を作りにかかった。
楽しんでいるガキどもを見て、俺が笑顔になっていると――。
横に、そうっとバカエルフのやつが並んできた。
「マスター。いいんですか? 銅貨1枚で? その大きいやつ、他のよりも高かったんじゃないんですか? 赤字じゃないんですか?」
「いいんだよ」
「あとお金持ってきてない子もいますけど、それも、いいんですか?」
「いいんだよ。うっせえな。黙ってろよ。てめーは」
俺はじろりと、バカエルフのやつをにらんだ。
「――俺のやることに、つべこべ口を出すんじゃねえ」
「はい。出しません。でも最後にひとつだけ言わせてください」
「なんだよ?」
「優しいんですね。マスター」
バカエルフのやつは、笑っていた。俺は苦い顔になっていた。
秘密基地! 作りましたかー?
僕は作りました!