第21話「変Tシャツ無双」
いつもの昼過ぎ。いつものCマートの店内。
「売れんなー」
「売れませんねー」
俺とバカエルフは、店内に吊したTシャツを前に、うんうん、二人で、うなっていた。
「白、っつーのが、だめだったんかなー」
「白、っていうのが、だめだったんですかねー」
答えの出ない問いを、二人でシンクロして繰り返す。
Tシャツは売れると思ったのだ。皆に喜んでもらえると思ったのだ。
向こうの世界の衣類のなかでも、定番中の定番。誰でも着るし、着てるし。
お出かけ着にも下着にもなるというTシャツは、こちらの世界でも飛ぶように売れると思ったのだが……。
一番オーソドックスな白無地を選んできたのだ。
しかし、これが、ま~ったくといっていいほど、売れないのだ。
「黒とかのが良かったんかなー。それとも黄色とか赤とか。そういう派手な色のが良かったんかなー。青とか緑だったら、どんなんかなー」
「マスターの世界って染料が豊富なんですねー。色鮮やかなんですねー」
バカエルフはなんか変なところに感心している。
俺の来ているシャツを見て、なにやら、妙に感心している。俺の服装は、ジーンズにシャツ。べつに珍しいものでもなんでもない。でも色鮮やかといわれれば……? そうなのか? 紺と青と赤と緑ぐらいの色はあるが。
「そんなとこ感心されてもなー。Tシャツは売れんしなー」
「だいたいマスターってば、こんなにたくさん仕入れてきちゃって……。いったい、どーすんですか? これ?」
段ボール箱に詰まったTシャツの山に、バカエルフがため息を投げ下ろす。
俺もため息をついた。
「まー。細かく切れば、ぼろきれとかになるんじゃないかー? 雑巾にもなるしー。タオルにもなるしー。正方形に切って、ハンカチってのどうだー?」
「もったいないですよー。せっかく着られるのにー」
バカエルフのやつは、Tシャツの1枚を体にあててそう言っている。
たしかに新品のTシャツをざくざく切り刻むのは勿体ない気もしないでもない……。
「そうだ。わたしたちが率先して着てみるのはどうでしょう? みんな馴れてないから買っていかないんじゃないですか?」
バカエルフのくせに、まともなことを言う。
そして、なにを思ったのか、バカエルフのやつは、いきなり――。
自分の着ていたチュニックを、くるりんと、頭から脱ぎ去った。
「うええええっ! ば――ばか! おま――!!」
俺は瞬間的に背中を向けた。
痩せてはいるが、それなりに出るとこは出てるエルフの娘の裸身が、目の網膜に焼き付いいていて――。
バ、バカエルフ! こんな――表からも見えるようなところで! いきなり着替えなんてはじめやがって!
ばかっ! ばかばかーっ! ほんとバカ!
「ねえほら。けっこう着心地いいですよ。――マスター? どうしました? マスター?」
俺がパニックになっている間に、バカエルフはもうTシャツを着こんでいた。
たったいまあんなことをしでかしたというのに、普段とまったく変わらない調子で話しかけてくる。
なんというか……。
本当に、まったく、気にしていないらしい。
なんでだ? なんで平気なんだこいつは? バカだからか? やっぱりバカエルフだからなのかっ!?
俺だけ気にしてびっくりしてドキドキしているのは、非常に悔しかった。
よって俺は、平然を装って応じた。
「ま。まあな。に、似合ってると思うぞ」
「そ――そんな! そんなこといっても、なにも出ませんからねーっ!」
バカかこいつ。
「そうだ。いいことを思いついた。どうせならオリジナルTシャツにしちまおう」
俺はマジックを取ると、やつの背中に「馬鹿」と書いてやった。
――でかでかと。
「なんて書いたんですかー?」
バカエルフのやつは店の鏡に映して背中を見ている。
「うましか?」
「ああ。それはな。〝頭がいい〟という意味だ。向こうの言葉だ」
ふふふ。バカめ。漢字まで読めることは予想済み。想定済み。
だがこいつが読める漢字は、商品のラベルや説明書に書かれているものだけ。
この手の言葉は苦手なのだった。
「も、もうっ……、マスターったら……、だから……、褒めても……、なんにも出ないって、言ってるじゃないですかあぁ……」
バカエルフのやつは、なんだか顔を赤く染めて、妙なことを口走っている。
いつ褒めた? 誰が褒めた? あはははは。
ばーかーめー。
「おや? それはなんですか?」
「はい。いらっしゃい!」
お客さんの声が聞こえてきたので、俺はずびっと振り返った。
バカエルフのやつもすかさず俺の横に並んで笑顔を浮かべる。
「それはなんですか?」
「え? どれでしょう?」
「ええと……、それですけど」
お客さんは、しきりにバカエルフの背中側に回ろうとする。
ん? ん? んー?
「あっ――。これはマスターの国の文字だそーです。〝うましか〟と読むそーで。意味は〝賢い〟だそーです」
「いいですね。とても芸術的です」
お客さんは、「馬鹿」という文字を見つめて、うんうんとうなずいている。
「うえっ?」
「どうしました?」
「い、いえっ……、なんでも……」
思わずうめいてしまった俺だが、ここは黙るしかなかった……。
「いいなぁ……。カッコいいなぁ……」
「ほら、ほらほらっ……、マスター」
バカエルフのやつが肘で小突いてくる。
俺はだいたい了解した。
まっさらな無地の白Tシャツの背中に、魔法のインキで――さらさらっと!
「賢」
――と、そう書いた!
「こちらなどいかがでしょうか? これは〝けん〟と読みまして――。意味は〝もっと賢い〟となります」
「おお。いいですねー。いいですねー。この象形文字は、カッコいいですー。お幾らですか?」
「銅貨1枚で」
俺は即答した。
いつもなら買い手の人に値段を決めてもらうのだが、今回は、流れでフィーリングで、そう言った。あいかわらず通貨の価値はよくわかんないのだが、だいたいこんなもんではないかと――。
「買います!」
ありゃ? ちょっと安かった?
まあいいか。お客さんは喜んでいる。俺も喜ぶ。
「着て帰っていいですか」
「どうぞどうぞ。じゃあ奥で着替えを――」
そう言いかけたのだが――。お客さんはその場でシャツを脱ぐと、Tシャツを頭から被ってしまった。
お客さんは、ニコニコ笑顔になって帰って行った。
「マスター。よかったですねー。売れましたよー」
「まあな」
バカエルフと二人並んで、お客さんを見送る。
「なあ……、ひとつ聞きたいんだが」
「なんですかー? なんですかー?」
バカエルフは笑顔で言ってくる。
なんかこいつ? 今日、機嫌がよくね?
ああそうか。「馬鹿」と書いてやったのを、「賢い」と勘違いしているんだっけ。
ああよかった。お客さん騙すことにならなくて……。
「なんか、さっきのお客さんのシャツ。……何年も着てた感じじゃなかったか?」
「そうですねー」
「すんげえ、よれよれだったんだけど?」
「でも着れますよ」
「ちょっと擦り切れていたろ」
「ちょっとくらい擦り切れていたって、だって、着れるじゃないですか」
「ええと……」
俺は説明に困った。なんと説明すればいいのやら。
バカエルフみたいに、素材は美人なのに、着たきりスズメで、いつも同じよれよれの服を着ているせいで、色気もへったくれもないやつはともかく、普通は――。
俺は通りを行き交う人たちを見た。
普通は、あんなふうに――って?
あれれ?
俺は、道行く人の着ている服を、よーく――見た。
みんなけっこう古びた服を着ている。
古着感が溢れるっつーか――。
ナチュラルでビンテージっつーか――。
ダメージ系っつーか――。
あれれ?
「あのさ」
「はい」
「服ってさ」
「はい」
「何年も着るもの?」
「わたし。さっきから変なこと聞かれている気がするんですけど。――マスターの世界では、何年も着ないんですか?」
「えーと……」
俺はまた説明に困った。去年の服を今年着ないのは、まあ、女子なら――ないこともないか?
おしゃれにそんなに興味のない人間だって、そんな、何年も着回したりはしないだろう。
「そうか。服ってのは、だめになるまで着るものなのか」
俺は、ぽんと手のひらを打ち鳴らした。
「ですから。そう言ってますけど」
「だから売れないんだ」
「そうですねー。売れませんねー」
「しかし。プレミアが付くと、売れるわけだ」
「なんですか? 〝ぷれみあ〟って?」
「つまり。――こうだ!」
俺はまたマジックを取りあげた。
ずびびびびびーっ、と! 文字を書く。
「えーと……。二軍のファンタジスタ? なんですか、これ?」
「走り出せない者たちの魂の叫びだ」
「よくわかりませんが。つまり。〝芸術〟ですね?」
「その通りだ」
俺はまた、新しいTシャツを取り出して、さらさらさら――っと、マジックを走らせた。
「えーと……。地底人。――ですか? ドワーフのことですか?」
「うむ。そんなところだ」
俺はまたまた、Tシャツという名のキャンバスに、マジックを走らせる。
「塊。……んーと。かたまりですね」
「こういうのは、いちいち読まなくていいんだよ。なんとなく〝スピリッツ〟を感じればいいんだよ。――だいたい、漢字読めんの、この世界じゃおまえだけだろ?」
「えへへ……、だから褒めてもなんにも出ないですってばー」
「褒めてねえよ。黙れよ。いいから呼びこみしてこいよ。それ着てぐるぐる回って宣伝してこいよ」
「行ってまいります!」
バカエルフは出かけていった。
背中に「馬鹿」の二文字を背負って、手には、いま書いたばかりの3枚を持ってゆく。
俺はそのあいだに、せっせと「作品」を量産しにかかった。
知っている限りの漢字を書き連ねる。なるべく画数が多くて、なるべくカッチョエエ字面を選ぶ。
Tシャツはバカ売れした。
それからしばらくは、道行く人たちの着ている服に、〝変Tシャツ〟が目立った。
漢字の書かれた変Tシャツは、外国の漢字の読めないはずの文化圏で大人気だそーです。
異世界でも人気のよーです。