第19話「マッチ、ロウソク、お線香」
いつものCマート。いつもの昼下がり。
俺はちょっと商品の配列を変えていた。
「マスター。その箱はなんですか?」
「これはマッチ」
「そっちの白いなんですか」
「これはロウソク」
「その緑の細長いのは」
「これは線香」
「それ。売れるんですか?」
「いやー。わからん」
俺はあんまり自信なく、そう言った。
「なんかわたしの直感なんですけど。きっと売れないと思いますよー」
「いやー。そうかもしれない」
このあいだホームセンターに仕入れに行ったとき、レジ近くの一等地に、なんでか、マッチ、ロウソク、お線香のセットが置かれていたのだ。
こんなところにあるくらいだから、きっと、人気商品なのではあるまいか?
そう思った俺は、とりあえず、買ってみたわけだ。
自信と確信があって買ったわけではない。とりあえず置いてみただけだ。
この異世界では、売れると思ったものが売れなかったり、変なものが大人気になっていたり、おかしなことがよく起きる。
なにしろ、最初に爆発ヒットを飛ばしたのが「塩」で、つぎが「コンビニ袋」、そのあとは「ぷちぷちシート」「空き缶」とつづいた。
なにが人気商品となるのか、ぶっちゃけ、わかるとか言ったら嘘つきだ。
よって俺は、いろいろと試すことにしている。最初に数セットぐらい買ってきて、お試しで売ってみる。売れるようなら、仕入れを増やす。
べつに設けるためにやっている商売ではないが、不良在庫はカンベンだ。
「そもそも。これって、なんに使うものなんですか?」
バカエルフの言葉に、俺はずっこけそうになった。
「おまえ。それも知らずに売れねーとか言ってたわけ?」
「だってマスターの持ってきたものじゃないですかー。へんなもんばっか持ってきて。このあいだの〝ぱすこん〟とかいうのも、キングにしか売れませんでしたしー」
「ぱすこん、じゃねーよ。コンパスだよ。あとキングって誰だよ?」
「キングはキングですよ。このあいだ1プラチナ払っていったあの人ですよ」
「ああ。あのクソガキか。あはははは。あいつは確かに〝キング〟だったなー」
俺は笑った。
バカエルフが〝キング〟と呼ぶガキは、飴をぺろぺろ舐めながらやってきた小僧のことだ。
頭に王冠をかぶって、背中に紅白のマントなんか来て、いかにも「王様」って感じだった。
王様ゴッコ全開のところを邪魔しちゃ悪いと思って、なにも言わずに、そこは生暖かい目でスルーしてやっていた。
武士の情けというやつだ。
「こっちの世界でも、北がわかると便利だと思ったんがなー。あれは売れなかったなー。なんでだろうなー」
「なんででしょうねー。ところで北ってなんですか?」
「いやー。おまえには難しすぎる概念だと思うぞー」
「そうですかー。それよりマスター。お菓子とか食べ物とか輸入しましょうよー。そういうのなら、大歓迎ですよー」
「いやだよ。おまえがつまみ食いするし。あと重いし」
こちらの世界とあちらの世界の行き来ができるのは俺だけだ。
運搬してこれるのは背中に背負える量だけだ。よって積載量には限度がある。ころころカートやリアカーは試そうと思っているが、まだ試していない。
缶詰めとかは、たしかに、かなりの勢いで売れるのだが――。
回収された空き缶を、ドワーフの鍛治師がハイエナのような目で狙ってくるのだが――。
日用品の類いは、なにしろ、消耗してゆくものであるから、かなりの物量が必要となってしまう。トラックで異世界に乗りつけられるならともかく、バックパックに背負える一定量で――。その一定の重さないしは体積のなかで、より人々を笑顔にできる道を考えてゆくと、品物を色々と試すことになるわけだ。
「で。今回はマッチとローソクとお線香なわけだ」
「だから。なんに使うんですかこの物体」
「なんに……って? おまえ。そりゃあ……」
俺はマッチの箱を手に取った。中から一本出してくる。
マッチを擦ったことはあまりなかったが、やりかたくらいは知っている。YOUTUBEでも見た。
「いいか? 擦るぞ?」
「はい? なにをするんですって?」
俺はマッチの先端を、箱の脇の茶色のところに擦りつけた。
――しゅぼっ!!
火が生まれた。
「うわっ!! ――わわっ!」
前のめりになって覗きこんでいたバカエルフが、びっくりして、尻餅をついた。
俺はバカエルフの超反応に、一瞬、きょとんとしていたが――。
なにが起きたのか、すぐに理解した。
びっくりしてる。びっくりしてる。びっくりしてらー!
わははははは。ばかめ。
俺は立て続けに、マッチを、二本、三本と、取り出した。
しゅぼっ! しゅぼっ! しゅぼっ!
次々と点火してやる。
「わ! わわっ! わっ! ひ! ひいっ!」
「あははははははーーっ!」
俺は笑った。
ひいひいだって。あはははは。
「マスター……、いじめっこですかぁ?」
目の端に涙まで浮かべて、エルフの娘は言う。
「そうだ! 俺はいじめっこだ!」
俺は胸を張って答えた。
「悔しいです」
「そうか。悔しいか。悔しいときには、〝くっ、殺せ〟――と、そう言うものらしいぞ。さあ言え。リピートアフターミー!」
「なにを言ってるんだか、わけわかりませんよ」
まだお尻をついているエルフの娘に、俺は手を差しだした。
「マスターが魔法を使えるなんて思いませんでしたから、びっくりしちゃいましたよー」
「え? 魔法?」
「いま火を着けたじゃないですか」
「いや。魔法じゃないって」
俺は手をふるふると振った。
「じゃあどうやって着けたんですか?」
「だから――、こうやって――」
「ああっ! また〝しゅぼっ〟ってやるんでしょ! しゅぼって!」
エルフの娘は、はやくも腰が引けている。
「次はおどかさねーよ。いいか。ゆっくりやるから、よく見てろ?」
「はいっ」
手をしっかりと握りしめて、エルフの娘は真剣な顔で俺の手元を見つめる。
しゅぼっ。
「うわあ! 着いた! つきました! マスター! マスター! もっかいやって! もっかい!」
「やるぞ」
しゅぼっ。
「わー! わー! わー!」
マッチ箱の中味を半分くらい浪費したあたりで、エルフの娘がようやく正気に戻った。
「へー。へー。へー。この小さな木の軸の先端に、なにか薬品がついてるんですね。これが擦られると火が着いて、しゅぼって、一気に燃え上がるわけですかー」
「いや。原理はよく知らん。まあだいたいそんなもんじゃないのか」
「へー。こっちのローソクというのと同じ透明なのが塗ってあるんですねー。これはよく燃えるようにするための固形燃料なんですか?」
「いや。だからよく知らんけど。ローソクと線香は、まあ、ついでだ。なんでか隣り合って置いてあったから、一緒に仕入れてきただけだ」
「でもこれ? なんに使うんです?」
マッチをしげしげと眺めつつ、エルフの娘は言う。
「火を着けるために使うんだろ」
「だったら、燃えさし一本持ってくればいいんじゃないですか?」
「燃えさし?」
「隣のうちか、そのまた隣のうちか、どこかの家の暖炉か竈に、薪の燃えさしの一本くらいありますよね」
エルフの娘は、卵形の頭を傾けながら、言う。
「――そうでなかったら、鍛冶屋さんとこは、一日中、火を落とさないので、みんなもらいにいきますよ」
「へー」
俺はそう言った。ツンデレ頑固親父大人気じゃん。
「このマッチ。すぐに火が起きますけど。でもすぐ消えちゃいますよ」
「そりゃマッチ一本だからな」
「火打ち石で火を起こすときにもそうですけど。火を大きくするのは、けっこう大変ですよ。まず藁あたりを燃やして、つぎに小枝に火を移して、だんだん太い枝を燃やして、最後に薪を燃やすわけです」
「そうなのか」
「だったら、燃えてる薪の一本もらってきたら、楽じゃないですか」
「そうかもしれないな」
「じゃあだめかな。これは売れんか?」
「火打ち石ぐらいには売れるんじゃないんですか? 年に何回かは使うかもしれないですよ」
「年に何回だけか。……だめだな」
「それより、マスターがいつも使ってる、〝かせーとこんろー〟とかいうやつのほうが、売れるんじゃないんですか? これ。いきなり火が着きますよね。マスター。いつもこれで、コーヒーのお湯とか湧かしてますけど」
バカエルフの言うのは「カセットコンロ」のことだ。俺がいつも使っているやつだ。
「それは考えた」
実際に売ってみたし、売っているし。
だが人気はいまいちなのだった。
たしかに便利ではあるのだが、薪を燃やす竈に比べると火力が足りない。
また燃料はガスボンベで、ぜんぶあちらからの輸入に頼る。つまり俺が背負って持ちこんでこなければならない。
というわけで、あまり普及していない。ほとんど俺専用になっている。俺はどうも、竈とやらの使いかたが、よくわからないでいる。
「このお線香というのは、なんですかー? なんか、これよく燃えないんですけどー?」
早くもマッチの使いかたを学習したエルフの娘が、ローソクに火を着け、さらにお線香にも火を着けていた。
「それは燃やすもんじゃないんだよ。火が着いたまま、ゆっくり燃えてゆくんだ」
「ふんふん。いい香りがします」
「そういや、においもするな。アロマがわりに使う人もいたかな。たしか」
「この〝おせんこー〟というのは、売れると思いますよ」
「なんでだ?」
「これ、何分の一セムトか――何十分かは、燃えているんですよね?」
「そのはずだが」
「だったら火種にいいかもです。このローソクとセットで売るときっと売れると思います。お線香からローソクに火を戻すのも簡単です」
「本当か?」
「ただし、〝長持ちする火種〟で売らないとだめですよー」
「そういうものか」
バカエルフのやつを信じて、「火種」として並べてみると――。
そこそこ売れた。
しかし、さらに売れたのは、普通のお線香よりも、他のお線香だった。
俺がたまたま向こうに行って、たまたまホームセンターで仕入れをしていたときに、たまたま見かけた「蚊取り線香」を買ってきたら――。
これが要素外のヒット商品となってしまった。
謳い文句は、こうだ――。
「なんと1本で4セムトも保つ火種! 明日の朝まで火が消えません!」
1セムトというのは、だいたい、2時間弱のことらしい。蚊取り線香は、あの渦巻きのぐるぐるがきいているのか、1本で7時間も保つのだった。
しかし……。
使い道が違うんだがなー。
まー。いっかー。
異世界に〝蚊〟はいるのかいないのか、それは定かではありませんが……。
〝蚊取り線香〟は大人気のようです。
ただし本来の用途以外で……。