第17.7話「いざ異世界へ」
てくてく。てくてく。
女子高生と歩く。
てくてく。てくてく。
向かう先を定めずに、気の向くままに歩く。
てくてく。てくてく。
美津希ちゃんと一緒に歩きつづけながら、俺が、なにを考えているのかといえば――。
なんで俺、女子高生と手を繋いで歩いてんの!?
俺のやや斜め後ろをついてくる美津希ちゃんは、俺の手を、しっかりと握っててきている。
身に着けている物なら向こうに持って行ける――と説明したら、「じゃあ」と言って、手をしっかりと握られてしまった。「わたしも身につけてもらわないと」――などと言っちゃって、それ以来、一度も手を離してもらえていない。
女子高生の細い指先が、俺の指にしっかりと巻き付いている。
なんでか、小指と薬指だけを握ってくる。その二本の指だけが、ちょっぴり痛い。
ずっと握りあって歩いているので、ちょっと汗ばんだ肌と肌とが、張り付いちゃってしまっている。
だからなんで俺、指張り付けて歩いてんの!? 女子高生とっ!?
「マレビトさん」
「はいっ」
「重たくないですか?」
「いいやぜんぜん。美津希ちゃんは重たくなんてないよ」
「いえわたしじゃなくて……。その袋。お米」
「え? ああっ、そっちね」
「どっちだと思ったんですか」
美津希ちゃんの買い物の袋を持ってあげたままだった。五キロの米だ。言われてみれば、たしかに、スーパーの袋は、持ち手のところが伸びきって紐みたいになっていて、指に食いこんで、だいぶ痛い。
でもそんなことを感じないくらいに、俺は緊張しまくっていた。
「なかなか、行けませんねー」
「ああ。うん」
「ふいっ、って、角を曲がると、行けちゃんですよね?」
「ああ。うん」
「ふいっ」
手が引かれる。これまでついてくるばかりだった美津希ちゃんが、自分で角を曲がった。俺は引っぱられるようにして、それについてゆく。
「ふいっ。ふいっ」
美津希ちゃんは、また角を曲がる。
「いや。口で言っても。たぶんそれ。だめだから」
俺は手を引かれながらそう言った。
「ううん……。なにかコツはないんでしょうか?」
「そうだなぁ。頭をからっぽにして、空を見上げながら、何気なく曲がるんだよな。曲がろうと思って曲がるんじゃなくて、曲がったことに気がつかないぐらいの感じで、ふいっと――」
「――ふいっと。ですね。ふいっ」
「だから言ってもだめだって」
俺は笑った。
「からっぽ、からっぽ、からっぽ……」
美津希ちゃんはまた口で言っている。あれじゃたぶん、からっぽには、ならないなぁ。
かくいう俺も、女子高生と手を繋いでいるかぎり、頭をからっぽにするのは、無理そうなんだけど……。
◇
ここだ。ふいっ。だめだった。
いまだ。ふいっ。だめだった。
こんどこそ。ふいっ。だめだった。
俺はだんだんと焦りはじめた。
◇
かあー、かあー、かあー、と、カラスが群れを作って頭上を飛び越えて行く。
オレンジ色に染まる西の空に向かって、俺たちは、てくてく、てくてく、てくてく――と、ただひたすらに歩きつづけていた。
すっかりひらけた川沿いの道。まっすぐどこまでも続いている道。
二人で手を繋いで、てくてく歩いて、「何も考えない」を実践していった結果、こうなってしまった。「ああこっちに行ったら曲がり角なんてないな」と考えること自体、考えていることになるわけで、だから考えないようにしなければ――って! だから「考えない」って考えてるじゃんよ! いま!!
――とかいうことをやりながら、歩きつづけた結果……。こんなことになってしまった。
曲がれる角なんて、もう、どこにもありゃしない。
「夕方になっちゃいましたねー」
遠くに視線を向けながら、美津希ちゃんがつぶやく。
夕陽は地平線の下に潜りこもうとしていた。
半分ぐらいになって、平べったく輝いて、ゆらゆらとオレンジ色に揺れている。
「いやー……、そのー……、ごめん」
「どうして謝るんですか?」
しょぼくれた俺の声と比べて、返ってきた美津希ちゃんの声は、意外にも明るく弾んだものだった。
「いや……。だって……。連れて行けなかったし……」
「ああ。いえ。いいんですよー。わたしも突然でしたし」
「俺が嘘ついてたって、思ったんじゃないのか?」
異世界があるということを――。
俺は美津希ちゃんに対して、証明することができなかった。
当然、彼女は思ったはずだ。
なにコイツ? やっぱウソだったじゃん。マジムカツク。チョベリバー。――くらいに思っているはずだ!
いまどきの女子高生であるならばッ!
「ぜんぜん、信じてますからー」
「ああそうだよな。ぜんぜん、信じられやしないよな。……って、えっ?」
俺はまじまじと見つめた。
間近にある女子高生の顔は、夕陽を受けて、オレンジ色に輝いている。
「ええと……?」
「はい」
彼女はうなずいて返す。
俺はどうも自分の耳が信用ならなくて、もういっぺん聞いてみることにした。
こんどは確実を期すために、違う言葉で――。もういちど――。
「いえす、うぃー、きゃん?」
「なんでいきなり英語ですか。あとそれ、意味って、〝我々はできる〟――ってなっちゃいますけど。いまの場合だったら、〝Do you really believe me?〟とかになるんじゃないですか」
「ど、どー、どー、ゆ、ゆー、り、りありー?」
言われた通りに繰り返そうとしてみたが、ちょっと聞き取れなかった。だから英語は苦手なんだって!
「ぱ、ぱ……、ぱ……、ぱーどん?」
これだけは知ってる。わかんなかったときに言う呪文。
「イエス、アイ、ビリーブ」
美津希ちゃんは、にっこりと微笑んで、うなずいてきた。意味はわかんなくても、意味はわかった。
「なんで信じてくれるわけ」
「そりゃ信じているからです」
「答えになってないよ。じゃ、じゃあ――とにかく、謝らせてくれ。連れて行けなくて、ごめん」
「そっちのほうもいいですって。一緒に歩いていただけでも……、その、楽しかったですし」
美津希ちゃんは、うつむき気味になって、そう言った。
きゅっと指先に力がこもる。
細い指がまだしっかりと絡みついてきていることを――俺はそのときになって、激しく意識した。
だからなんで俺! 女子高生と手えつないでるの!
俺は慌てて――失礼にならない程度の最大戦速にて、手を離した。ずいぶん長いこと触れあっていた肌は、まじで張り付いていて、ぴりってゆった! ぴりって! いまっ!
美津希ちゃんは、さっきまで俺と握りあっていた手を口元に移した。
「つぎの時には、連れていってくださいね?」
黒目がちの大きな目で、じっと見てくる。
「ああ。うん。……きっと」
俺はそう答えた。約束した。
恥ずかしながら、俺はこのとき本当に――。美津希ちゃんが信じてくれていたことを確信できたのだった。
何の根拠も証拠もなしに、よく信じられるもんだなー。
女子高生すげえ。