第14話「水着無双」
「ねえマスター。これってなんですか?」
俺が〝売れない物置き場〟と呼んでいる在庫品の山を、がさごそとやっていたバカエルフが、びろ~んと、ヒモに連なった青い布地を引っぱりだしてきた。
「ああ。ビキニだな」
俺は店の売り上げを計算しながら、上の空で答えた。
なにこの十二進法とかゆーの。まったくわけがわからない。8×2が、なんで16じゃなくて、14になるわけ?
「ビキニ?」
「水着だよ」
俺はうるさそうに答えた。
向こうの世界では、ちょうど5月の中旬。そろそろ今年の水着が出回る頃で……。
ホームセンターにさえ水着売場が一時現れるくらいで、売れるかなと思い、適当に買ってきておいたのだが……。
よく考えたら、この街には、近くに川さえありゃしなかった。
よって仕入れてきた水着は、いきなり不良在庫行きとなっていた。
「水着というのは、服の一種ですか? いったいどういうときに着るものなのでしょう?」
「そりゃ水着なんだから。泳ぐときに決まってるだろ」
「泳ぐ?」
エルフの娘は、きゅるんと首を傾げる。
「なぜ泳ぐのですか? ダンジョンの奥で、酸のプールに落ちたときとか?」
「なんでそんな惨い場所で泳ぐ話になってんだ?」
俺はようやく帳面に向かうのを諦めた。
アホなことを言ってるアホエルフに、きちんと向く。
「おまえはアホか。川とか海とかだろ。あとプール……はないのかな。ここ異世界だしな」
「わたしからみればマスターの世界のほうが異世界になりますが」
「そういやおまえ、いまあるって言ってたな。プールだよ。プール」
「酸のプールと油のプールは見たことはあります。酸のプールは骨も残らず、油のプールは落ちると火が回ります」
「もっとこう。お金持ってるやつらが、自宅の庭に、水を張った大きなプールとか持ってないのか?」
「まずそんなに水を溜めるのは大変な手間ですし。お金なんてそんなに貯めこんで、いったいなにに使うんです? 暮らすのに必要な分があったら、残りは寄付とかしませんか? そういえばマスター。店の売り上げ、けっこう貯めこんでますけど、なんに使うんです?」
「これは貯めこんでるんじゃなくて使い道がないんだよ」
俺はため息とともにそう言った。
現地通貨は、いくら貯めても、あまり使い道がないのだ。向こうの世界で日本円に換金できないこともないのだろうが、色々と面倒だった。
店で商品を売ると、この世界の通貨が手に入る。
金貨がいちばん価値が高く、銀貨はその12分の1の価値があり、銅貨がさらに12分の1。さらにその下に錫貨なんてものもあるらしいが、子供がたまに持ってくるぐらいで、あまり見かけない。
現代日本の貨幣価値でいうと、それぞれどのくらいの価値に相当するのか……。いまだによくわかっていない。
これまでは大きな空き缶に全部まとめて放りこんであったのだが、それじゃあんまり大雑把だろうと……。
毎日の増分くらいは計算して、帳面に付けておこうと思ったわけだ。
「とりあえず。これは。服なのですね?」
ビキニのブラとボトムスを体にあてて、エルフの娘は聞いてきた。
「そうだな。服の一種だな」
俺は適当に答えた。また帳面に戻る。銅貨が、ひの、ふの、みの……、と、昨日の分のあがりを数えてゆく。
がさがさ。ごそごそ。
――バカエルフのほうから、なにやら物音がしていたが、努めて無視した。
どうせバカなことか、アホなことをやっているに違いないのだ。
「マスター。どうですか?」
「なにが?」
「だから見てくださいよう」
「面倒くせえな――うお!」
そっちを見て、俺は絶句した。真っ白な肌と青い水着のコントラストが、目に鮮やかに飛びこんできた。
水着のブルーが、金髪に映える。鮮烈に映える。
「おま――! な、なに着てんだ! ば、ばかっ! バカエルフ!」
びっくりした! びっくりした! びっくりした!?
なんでこいつ、いきなり水着に変身してんの! てゆうか! いつ着替えたの!
さっきっ!? ごそごそやってたときっ!? あれ着替えてる音だったのっ!?
「だ、だ、だ――だから! なんで着てるっ!?」
「マスターにこれは服だと聞きましたので……。一着。いただこうかなと」
「なぜそうなる!」
「わたし。服持ってないんですよ。この街に居着くまでは旅の生活でしたので」
「それとこれと、どういう関係がある!」
俺は叫んだ。心臓バクバクが収まらない。
バカエルフの、ばかーっ!
「ところで異界の服は、なぜ、このように布が少ないのでしょう?」
「そ、それは……、み、水着だから……、だろっ!」
「ところでマスターは、なぜさっきから、こちらを向いてくださらないのでしょう?」
「そ、それは……!?」
指摘されたのが悔しくて――。
俺は唇を尖らせて――見た!
べつに驚くようなことじゃない。ただ単に水着になっただけ。
いつものボロマントを剥いで、チュニックと長ズボンという、色気もへったくれもない格好から、ビキニのトップスとボトムスになって、肌の露出が、ほんのすこしだけ増えているだけだ!
こんなん! 向こうの世界で海かプールにでも行けば! こんな格好のおねーちゃんくらい! それこそ何十人っていう単位で目にすることになるわけでッ――!
いや……。しかしこいつ……。
スタイルいいよな? バカエルフのくせにっ……。
じいーっ……。
「ああ。なんだかちょっと、わかった気がします。マスターはあまりそうやって見ないほうがいいです」
「なんだよそれ! 見ろって言ったり! 見るなって言ったり! どっちなんだよ!?」
「こっちを向いてくださいと言ったのであって、見ろ……とかは、べつに……、言ってないんです……けど」
バカエルフは手で体を隠した。上目遣いで責めるような目を向けてくる。
「バスタオルとか……、そこの在庫のところに……、あるだろっ」
俺は言った。顔を背けて、店の隅を指さした。
「いただいて……いいんですか?」
なんだこいつ。
もらうつもりかっ! ちゃっかりもらうつもりなのかっ!
水着も! そしてバスタオルも!
「……い、いいよ」
「ありがとうございます。缶詰め以外で、マスターにはじめて物をいただきました。この〝ぼすたおる〟という異界の布は、肌触りがよいですね。これはもっと仕入れてくれば、売れるのでは?」
「か、考えておくっ! ――あとっ! ボスタオルじゃなくて、バスタオルなっ!」
「ばすたおる。ばすたおる。ばすたおる」
バカエルフは三回繰り返す。
「みーちゃったー! みぃーちゃったー!」
突如、けたたましい声があがった。
「ずーるいなっ! ずーるいなっ!」
耳がつんつんして、むず痒くなるような黄色い高周波で歌ってくるのは――オバちゃん。
店同士が近いので、食堂が暇な時間は、オバちゃんはこうしてよく遊びにくる。
ちなみにオバちゃんは「コーヒー」をブラックで飲めるようになった異世界人の二人目だ。ドワーフのオヤジが最初に馴れて病みつきとなって、オバちゃんが第二の虜となった。
この街の人間関係の中核に居座るオバちゃんが、「大人にしかわからない味」とかなんとか、あっちこっちに吹聴してくれたおかげで、だんだんと、〝コーヒーセット〟は無双を始めつつある。
あれが飲めるのが〝大人〟であるのだと、いま、ミニブームがゆっくりと起きつつある。
それはまあ、いいとして――。
「ずるいわよ! あんたばっかり。色々もらって! ――オバちゃんにもそれないの?」
「それってなに?」
「その――青いオベベ!」
おべべって……。
「かわいーじゃない! オバちゃんにも、きっと似合うと思うんだけどなー!」
「ああ」
俺はうなずいた。
「ローティーン用も一着あったなー」
俺はすっかり諦め顔になって、そう言った。「オバちゃんカネはらえ」という、至極あたりまえの理屈を告げる気力もなくなっていた。
まあいいか。どうせ不良在庫だし。
「じゃーん!」
読者モデルみたいに、オバちゃんがポーズを付けて立つ。
オバちゃんが着たのは、デニム地のタンキニ。お臍は出てるが、トップスとボトムスはおとなしい。女子中学生あたりが好んで着る水着だ。
そのくらいの年齢の女の子は、こちらの世界でも、きっとおしゃれに目覚め始める頃合いだろうと思って、仕入れておいたのだが……。まさかオバちゃんに強奪されるとは。
「どうよ? どう? オバちゃんもまだまだ捨てたもんじゃないでしょーぉ?」
なにいってるのかわかんない。
オバちゃんは外見年齢でいったら、小学校の高学年か、せいぜい中学校に上がりたてといったぐらいで――。
花ならつぼみ。
捨てたもんとかいうより、そもそも、まだ、咲いてさえいない。
「むむむ。オバちゃんのもいいですねー。わたしはサイズ的に着れないですけど」
「あんた。そんなにお腹だしてて、お腹壊しちまうよ」
「今日は天気がいいから。ちょうどいい感じですよー」
「ああそうだね。お日様にあたりにいくかね」
水着姿の美少女二人は連れだって表に出ていった。日光浴をはじめる。
なんか水着の使いかたが間違っている。
「なあオバちゃーん。……さっきもうちのバカエルフに聞いたんだけど」
「なにさねー?」
「川とか海とか近くにねーの?」
「川? 海?」
オバちゃんも首を傾げている。
知らないカンジ。単語自体がわからないといったカンジ。
俺はもうそこについては聞くのを諦めた。まさかこの世界、川も海もないってこともないのだろうが……。
「水がいっぱいあればなー。プールぐらい入れるんだが」
俺はつぶやいた。
いまは仕入れてきていないが、ホームセンターでビニール製のプールを見たことがある。
「井戸あるじゃない」
「汲むの大変だよ」
ちょっと裏に行けば井戸はある。
ロープのついた桶を下まで落として、手で引き上げるのだ。ビニールプールを満たす量の水を汲み上げるのに、いったい、どんだけの重労働になるのか……。想像もつかない。
あれ?
そういえば、この世界……風呂って、どうなってるんだろ?
俺は向こうの世界に立ち寄ったときに、アパートに着替えに立ち寄って、そのとき風呂に入ってきているが――。
バカエルフとか、オバちゃんとかって?
「マスター。……水をどうにかするのですか?」
「うん? いや。水がたくさんあればプールが作れると思ったんだが」
「たくさんっていうのは、それは、どのくらいのたくさんですか?」
「うん? まあビニールプールだったら、だいたい――いや。まてよ?」
俺はふと閃いた。
以前。なにかのラノベで読んだことがあった。
その話の中で、ブルーシートとかいう、大きなビニールシートを使って、学校の部室をプールにしてしまっていた。
そしてブルーシートだったら、このあいだ仕入れにいったときに、防水性の超デッカイやつを買ってきていたはずで――。
俺は店に飛びこんだ。
あった。
探したらすぐに見つかった。
10×10と書かれている、でっかいブルーシートを広げながら、俺は表に飛び出した。
いくつにも折りたたまれたシートを、どんどん広げてゆくと、二人で持つ大きさとなって、四人で持つような大きさとなって、8人で持つような大きさとなって――。
そこらの街の人にも手伝ってもらった。
ブルーシートを広げきると、通りを塞ぐぐらいの大きさとなった。
通りは、向こうとこちらとで、家が並んでいる。間の道は5メートルくらい。ブルーシートはそれよりも大きい。
「こんな大きいの、広げて、どーすんですか? マスター?」
バカエルフに聞かれる。
広げきってから、俺は気がついた。バカエルフに言われるまで気がつかないとは、バカだった。
「ああ――。ええと――。なんだっけ? このシート。水を通さないから……、なんか、うまく固定すれば、水を溜められて、プールみたいにできるんだけど」
「固定するんですか? そことそこの家の柱にくくりつければ、固定できませんか?」
「ええと? どうやれば?」
俺がブルーシートの端っこを握って、おろおろしていると――。
「誰か鍛治師さん呼んできてくれませんか。こーゆーのはあのドワーフさんが得意です」
鍛治師が呼ばれてくる。
親方は話を聞き、周囲を一瞥するなり――。
「ふん。そこの柱とそこの柱。あとここだ。ロープは太さ3エムト以上の太さを使え。あと木箱をいくつか置いて補強せんとな。木箱には砂を詰めろ」
てきぱきと指示を飛ばす。
現場監督よろしく、そこらの街の人に指示を出して使いはじめる。
街の人たちも、なにが始まるのかわからないなりに、顔に笑顔を浮かべて、親方に使われることを楽しんでいるようだ。
ブルーシートが張られおわる。
「しかし水がないぞ? 水はどうするんだ?」
俺は隣に顔を向けて、バカエルフに言った――。
――が!
「青の魔神に申しあげる。万物の源のひとつ、穢れなき水の輝きよ、乙女のささやきに応えてここに集え」
バカエルフが両腕を真上にあげ、なんか、唱えちゃっている。
その彼女の上に、青い輝きが集まっている。
不思議なエネルギーがその空間に満ちている。
なにかが生まれた。
なにもない空間に水が生まれる。
どんどん、どんどん、巨大な水玉は成長していって――。
やがて、数メートルもあるような巨大な水塊が空中に浮かんだ。
「マスター? 水の量は、このくらいでいいですかー?」
「お、おう……」
俺はそう返すのが、精一杯だった。
「では……」
ばっしゃーん!
ブルーシートで囲われた場所に、水が満ちた。
プールが一瞬にして出来上がってしまった!
「え? ええーっ……? いまの……、いまの……、なにっ?」
尻餅をついている俺に、エルフの娘が手を差し伸べてくる。
「マスター。ほら。プールできましたよー? 水着ってどう使うのか、教えてくださーい」
「いまの……って、魔法?」
俺は手を握りながら、そう聞いた。
「やだなぁ。もう。わたしが魔法なんて使えるわけがないじゃないですかー」
エルフの娘は、にっこりと微笑んだ。
◇
Cマート前に突如生まれた即席のプールで、俺たちは、手伝ってくれた街の人たちとともに、水遊びを楽しんだ。
水着の美少女が二名。俺も一着だけあった男性用水着にて。
その他の人たちは、下着穿いてたり、下着脱いでたり。
もうしっちゃかめっちゃかだった。
今日のCマート前には、無数の笑顔があった。
最近暑いですよねー。
プールで水遊びとかしたいしたいしたい! ――と、ふと思ったので、書きました!
すぺしゃる・さんくす。
呪文詠唱文句のご協力。ファンタジー小説家の「はせがわみやび」先生です。