第13話「チェーンソー無双」
「ねえマスター」
いつものCマート。いつもの店内。
お客さんの来ない午前中、店先の日向で、ぽーっと座って光合成していたエルフの娘が、そう言った。
「なんだー?」
店内の日陰で、品物を場所替えしていた俺は、そう聞きかえした。
「なんでうちの店、Cマートっていうんですか?」
「ん?」
エルフの娘は、店先で、首を折れんばかりに〝上方向〟にねじ向けている。
俺は表に出て行った。上を向く。
エルフの娘と一緒になって、店の看板を見上げる。
そこにはマジックで黒々と「Cマート」と書いてあった。この店の名前だ。
「べつに深い意味はねえなぁ。まあ強いていうなら、俺が、昔観た映画で――」
「〝えいが〟って、なんですかー?」
「話の腰を折るなよ。俺の世界の娯楽だよ。物語だよ。――で、その昔観た映画で、〝キャプテン・スーパーマーケット〟ってのがあってだな――。その主人公が――」
「ああ。そのCなんですね。うちのCマートのCは。ところで〝キャプテン〟のスペルは、C、A、P、T、A、I、N、ですか?」
「知らん。英語は苦手だ。たぶんそうなんじゃねーの? 頭文字がCなのは覚えてる……」
俺はそう言った。
しかし――。
なんでこいつのほうが、俺より俺の世界の言葉に詳しいんだ? 英語上手なんだ?
バカエルフのくせに。バカエルフのくせにっ。バカエルフのくせにーっ。
「あ! いらっしゃい! どうぞどうぞ! 見ていってください!」
お客さんが来たので、俺たちは二人で店内に戻った。
入ってきたのは、四人の男女だった。
男が二人に、女が二人。
街の人たちとは、すこし違う感じがする。
四人とも――〝堅気〟ではない感じ?
まず服装からして違っている。全員が軽装以上の鎧を身につけている。腰に剣を吊っていたり、背中に斧を背負っていたり……。女子のほうは、鞭とかメイスとか。
ああ。これが〝冒険者〟というものなのか。
俺はちょっと感動した。
本物の冒険者をはじめて見た!
ファンタジーの異世界に来てはいたが、冒険者とか、一度も見てなかった!
異世界すごい! スゴイスゴイ!
「この店には、珍しい品が置いてあると聞いて来たのだが――」
リーダーらしき剣士の男が、そう言った。
けっこうイケメン。そしてけっこう偉そう。
「ええ! うちの店には、冒険者の方々にも便利な品が、たくさんありますよ!」
俺はすかさずセールストークをぶちかました。
こんなこともあろうかと――。
俺は、売れ線商品以外にも、現代文明の便利アイテムの数々を、いろいろ持ちこんできているのだった!
普段は並べていない品々を、色々と引っぱりだしにかかる。
「どんなものがあるのだ?」
「これなんかどうでしょう!?」
俺がまず最初に持ち出したのは――。
「これは懐中電灯という品でして――」
「ふむ。どう使う?」
俺はにやりと笑うと、懐中電灯のスイッチをONにした。
ピカーッ! ――と。
まばゆい光がビームのように真っ直ぐに伸びる。
「……それだけか?」
「は?」
冒険者にはまったく感動がなかった。
ちょい、ちょい、と指を動かして、冒険者が仲間に合図した。
仲間はバックパックの中から、手のひらに載るくらいの道具を取りだして――。
きゅっと、金属製の本体をひねった。
まばゆい灯りが、その小さなカプセルから広がった。
懐中電灯の光なんざ目じゃない。
「灯り石が使われている。この大きさで三年は輝き続ける。――その、〝かいちーでんとお〟とやらは、どのくらい持つのだ?」
「ええと……、何十時間ぐらい?」
「〝じかん〟というのは、どんな単位だ?」
「数十セムトぐらいですよ」
そう答えたのは、うちのバカエルフ。
「話にならんな」
冒険者に鼻で笑われる。
「他にはないのか?」
「ええと――! ええと――!」
慌てる俺が、次に持ち出してきたのは――100円ライターだ。
「これなど、どうでしょうか? うちの店でも売れ線商品ですが――」
俺は冒険者の目の前で、ぱちっ、ぱちっと、ライターを何度もつけてみせた。
街のオバちゃん連中は、これでおおいに感心してくれるのだ。
こんなに簡単に火が着けられるなんて、便利だねえ、と感心してくれて――。
「ふう……」
冒険者の男は、ため息をひとつ――。
そして、指先をぱちっと鳴らした。
人差し指の上に火が灯っている。
俺はその小さな火を、まじまじと見ていた。
え? あれっ? これって……?
魔法……とかっ?
「剣士の俺でも、このくらいの初級の火魔法ぐらいは、扱えるのだが?」
「マスター。缶詰め売ったほうがいいと思いますよー。マスター……って、ねえ聞いてますか? バカマスター?」
エルフの娘が、俺の脇をすすっと抜けていった。
商品を持って冒険者の前に立つ。
「こちら当店自慢の保存食となっております。完全に衛生的。かつダンジョンの奥でも新鮮な肉味が楽しめます。乾燥肉よりも、断然、おいしいですよ。よい冒険は、よい食事から。どうでしょう。おひとつ。――ご試食などは?」
立て板に水のセールストーク。バカエルフのくせに口がうまい。
缶詰めを一個あけて、爪楊枝を差しだして、冒険者にさっそく試食をさせている。
牛肉の大和煮を、一欠片口に入れた冒険者は、ほう、と、すこしばかり眉を寄せた。
「この保存食は、どれだけの間、もつのだ?」
「――店長。これ。缶詰めって。何年も持つんですよね?」
「あ、ああ……、うん」
俺は缶詰めを確かめた。賞味期限――2020年05月と書いてある。
「何エルディカでも――」
エルフの娘は、にこやかに微笑んだ。
「ほう。そいつはすごいな」
冒険者はようやく褒め言葉を口にした。
「これはいくつあるのだ?」
「いまあるのは――100缶ほど。あ、いえ――107缶ですね」
エルフの娘はそう言った。
在庫は100缶だけ。
そこに足された〝7缶〟というのは、こいつの本日分のごはんの分で――。
「おい、おまえ、その7個は――」
「マスターは黙っててください」
エルフの娘に、ぴしりと言われる。
俺は黙った。
「その〝きゃんづめ〟というのは、全部もらおう。ちょうど次のダンジョンにすぐ向かう予定だったしな。だがそれよりも――」
と、冒険者の男は、エルフの娘の手を握り――。
「君。うちのパーティに入らないか? 君は高レベルマジックユーザーだろう? なんでこんな店で働いているのかは知らないが、俺たちと来たほうが、絶対に、いい目を見せてやれるはずで――」
「いいえー。お客さんー。勘違いですよー。私そんな。魔法なんて使えませんって」
エルフの娘は、にこにこと商売用の笑顔を浮かべながら、手を握ってくる男の手を、きつくつねって――放させた。
「それに、私はマスターの元で働くのが楽しいんです。マスターがいいんです」
「こんな男――」
と、冒険者は鼻を鳴らす。
俺を見て、ふっ、と薄ら笑いを浮かべた。
「俺たちの名は、『ファントム・バレッタ』。――名前くらい、聞いたことぐらいはあるだろう? アンデッド専門の――」
「……こんな店で悪かったな」
俺は低くつぶやきながら、一歩、前へと出た。
じろりと、冒険者を見上げる。
バカエルフがナンパされてたときには、どうなることかと思ったが――。
このまま、冒険者たちについていってしまうのではないかと――。
一瞬、そんなことを思ってしまったが――。
だって……。
毎日バカバカ言ってるし。犬缶食わせてるし。他にもあれとかこれとか。
だが、バカエルフのやつは、きちんと嫌がっているよーだった。
拒絶もしていたよーだった。
――よしっ。
店員をナンパから守ってやるのは、店長としての役目だろう。
「あのー。店内でナンパは困るんですけどー」
「……おまえこそ黙っていろ。噂を聞いて、せっかく遠路はるばるやってきたのだ。それがどうだ。ろくな品物が置いていないではないか。このまま引き上げたなら、とんだ無駄足だ。だが彼女をうちのパーティに迎えられれば、まったくもって引き合うというものだ」
冒険者はもう俺を見ずに、エルフの娘だけを見る。
「――どうだ? ぜひ入ってくれ。次に行くダンジョンはアンデッドの巣窟で――。君のようなマジックユーザーがいると心強いんだ」
そう言って、またバカエルフの手を握ろうとする。
バカエルフはさっと身をかわす。
――よしっ!
「ああ。金か? ――そうだな。彼女を身請けするには――、このくらいでいいか」
革袋が床に投げられた。
どずん、と、重たい音を立てて、革袋は跳ねもせず床に落ちた。
きっと中味は大量の砂金だろう。
俺は、ぶちぶちぶち――と、いう音を聞いた。
頭のどこかで、そんな音が確かに聞こえた。
「おい! てめえ! いいか! ちょっと待っていろ! 10分――じゃなくて! なんとかセムト!?」
「12分の1セムトですよ。マスター」
「それだけ待ってろ! 絶対待ってろ! おまえらがびっくりする物を持ってくるから!」
俺は唾を飛ばして、そう叫んだ。
剣幕に飲まれている冒険者たちを残して、店の外に飛び出しかけ――。
慌てて立ち止まり、最後にもう一回、振り向いて叫ぶ。
「あと! ――触んなよ! もう二度と絶対に触んなよ! それ俺んだからな!」
キザ男がまた手を握らないように、そう釘を刺すと――。
俺は店を飛び出していった。
◇
走った。走った。全力で走った。
Cマート店主として、やつらを〝笑顔〟にしてやらねばならないと――そう思った。
あいつらの顔から〝半笑い〟を消してやる! 全笑いにさせてやる!
◇
現代日本に転移すると、俺はまっすぐにホームセンターに直行した。
そしてまっすぐに向かったのは、工具売場のコーナー。
電気や空気圧やエンジンで動く、大型の、ごっつい工具が、いくつも並んでいる場所のなかで、俺がさらにまっすぐに目指したのは――。
〝チェーンソー〟のコーナーだった。
「これだ!」
俺は悩まずシンプルに一瞬で、もっとも刃渡りのデカいやつを選び出した。
店員をつかまえて、他に必要な物も聞きだす。
ガソリンやらオイルやら、補給品も一緒に買い求める。
税込み41,040円――。
あっけないほど安かった。何十万円ぐらいは覚悟していたのだが。
そして俺は、俺の店――Cマートへと戻った。
◇
「マスターおかえりなさい。安心してください。指一本触れさせていませんから」
バカエルフが、そんな変なことを言って出迎えてきた。
俺はそんなことよりも、持ってきた商品を、冒険者たちに示すので忙しかった。
「これだ! これなんだ! アンデッドのダンジョンに行くって行ってたろ! ゾンビとかがいるんだろ! だったらこれだ! 俺は知ってる! 俺は観たんだ! これが最強の! 対ゾンビ兵装だっ!」
ばーん!
チェーンソーを出す。
「これは……剣か?」
冒険者の顔色が、すこし変わった。
「まあそんなようなものだ」
「どう使うんだ?」
「ああ。かなり重いからな、片手じゃ無理だ――、両手で――」
――と。
冒険者は、ひょいと、片手で軽々と持ちあげてしまった。
数キロは軽くあるような物体なのだが――。
そうか。
似たような重さのある剣を、片手で振り回しているわけか。
こいつらは。
冒険者という連中は。
すげえすげえ。
「そこの――、ノブを起こしながら――、ヒモを勢いよく引く――」
俺は説明書を読みながら、説明した。
冒険者がその通りにやると――
バボン! ――という、物凄い大音響が爆発した。
爆音とともに、エンジンが始動する。チェーンソーの歯が回りはじめる。
「うお! なんと――これはっ! 力強い――。なんだ魔剣か? 魔剣なのか!? いったいどういう魔剣だ?」
「ふっ……」
俺は、言った。
「この世に断てぬゾンビなし……。それは伝説の〝キャプテン・スーパーマーケット〟が使ったという、剣ですよ。……お客さんは本当に運がいい。本日だけ特別に、こちらの無鉛ガソリン10リットルとオイルまでつけて――! なんとっ!?」
「いくらだ?」
俺は、言った。
「――なんと!? ただです!!」
「え? ……ただ、とは? ええっ? 金を取らんのか?」
「ただし!」
俺は、言った。
間抜け面をさらしている冒険者の顔を、ずびしと指差して、大声で叫んでやった!
「生きて帰って来い! そしてもういちどうちの店に来い! そのアホ面をもういっぺんさらしにこい! 約束しろ! そして! 役に立ったか、立たなかったか! ――そいつを話してもらおう! その約束をするなら! タダで持ってけ! カネなどいらん!」
「お、おう……」
冒険者はそう言った。こくんと、うなずいた。
「はい。これ。取扱説明です。要点はメモしておきましたから」
エルフの娘が、冒険者になにかを手渡す。
床にしゃがみこんで、お尻を向けて、さっきからなにをやっていたのかと思えば――。
ああ。まあ。そうだな。
取説がないと困るわな。そして異界の文字だから、そのままでは、読めんわな。
よく気がついたな。バカエルフ。
特別に3秒間だけ、〝バカ〟をつけないでいてやろう。
1……、2……、3……! はーい! 3秒ーっ! ざんねーん! タイムアウトーっ!
◇
「ありがとーございましたー」
「ましたー」
山ほどの缶詰めと、チェンソーを押しつけて、冒険者を送りだす。
バカエルフと二人で並んで見送って――。
そしたら、隣に並ぶバカエルフから、肘で小突かれた。
「マスター。今日はさんざんな赤字ですね」
「いいんだよ」
俺はぶすっと応じた。
チェーンソーも缶詰めも、ぜんぶ「タダ」で押しつけてやった。
あいつらが床に投げていった砂金の袋も、当然、押し返してやった。
チェーンソーのほうはともかく、缶詰め代くらいは貰ってもよかったかもしれないのだが……。
まあ流れ的に、意地を張ってしまった。
だが、それでいいのだ。
そうでなくてはならないのだ。
俺がこの店を、Cマートを開いているのは、皆の笑顔を見るためだ。
決して儲けるためではない。
だから――。
「いいんだよ」
俺は言った。
バカエルフのやつが、なにも言ってこないで、「わかってますよ」的な取り澄ました顔をしているのが、俺には、どうにも我慢がならなかった。
◇
冒険者たちを送り出して、それから、10日ぐらい、経った頃だったろうか――。
彼らは約束通り、もういちど、店を訪れてきた。
「あんたのおかげだ! あんたの! あんたの――!」
「ええい。わかった。わかったから! 放せっつーの。うっとおしいっつーの」
足にすがりついてくる冒険者の男を、俺は――。
蹴りっく。蹴りっく。蹴りっく。
しかし離れないでやんの。
ええい。放せ。鼻水がつく!
「お、俺たち――! ダンジョンで――っ! ゾ、ゾンビの大軍に囲まれてっ!」
冒険者は俺の足を放そうとしない。
「1000体くらいいてっ! ――あ! あんな数見たことなかったっ! でも――あの剣がっ! あの剣があったからっ! だから俺たち――! い、生きて帰ってこれでええええ!」
鼻水を俺のズボンにすりつける。
「あ! あ! あ! ありがどおお! ありがどおおお! 俺たち! いっぱい宣伝するから! この店! すげぇって言うからあ! ありがどおおおお!」
「ええい! だから放せ! うっとおしい!」
「この〝ちぇーんそおー〟っていうの、もうぼろぼろですねー。使えませんねー」
バカエルフが冒険者の持ち帰ってきたチェンソーを、つんつん、と指先でつついている。
ゾンビ1000体斬りをしたチェーンソーは、もう本当にぼろぼろで――。
たったの10日なのに、何十年も使いこまれたような惨状となっていた。
そうだ。
俺は思いついた。
「おい。どうせ、また、新しいの買うだろ?」
足下の冒険者に聞いた。
こくんこくん。――ぶんぶんぶんぶん!
冒険者は首を縦に何度も何度も振りたくった。
「じゃあ。この古いの。うちの店で引き取るよ。そこの壁に飾る物が、ちょうど、なにか欲しい気がしていたんだ」
「飾ってくれ! そうしてくれ! 光栄だ! 光栄すぎるぅぅぅ!」
彼はぶんぶんと首を振りたくる。
そんな鼻水撒き散らしてまで言うようなことか?
まあ了承は取れた。問題ない。
「おまえら、なんてったっけ?」
「『ファントム・バレッタ』だ!」
「おいバカエルフ。そう書いとけ。『ファント・バレッタの使いし業物。|《ゾンビクラッシャー|》。役目を終えて、ここに眠る――って感じで」
「はーい。わかりましたー。バカマスター」
「バカゆーな!」
「じゃあマスターもやめてくださーい」
◇
彼ら「ファントム・バレッタ」というパーティは、どうも、意外と有名な冒険者の一団だったらしい。
壁に飾った〝剣〟を見物にくる客なんかも、けっこう増えた。
そしてチェーンソーはCマートの主力商品になってしまった。冒険者っぽい連中が買ってゆく。
Cマートは今日も賑やかだった。
サム・ライミ監督の、「キャプテン・スーパーマーケット」あのバカっぽさが好きでした。劇場公開版のスーパーの店員に戻っているほうのエンディングが好きでしたー。