第12話 「コーヒー無双?」
カセットコンロでお湯を沸かす。水はペットボトルの「おいしい水」よりも、街の井戸で汲んできた水のほうがうまいので、そっちを使う。
そして中挽きにした粉を、スプーンですり切り4杯。
お湯の注ぎかたは――YOUTUBEで見た通りにやってみる。
ちなみにスマホは「辞めた」ときの数秒前に、地面に叩きつけてぶっ壊しているので、いちいち向こうで漫喫に行って見ている。ちなみにAMAZONや楽天の注文も、いちいち漫喫からだ。
細く、ちょろちょろとお湯を注ぐと、いい香りが、ふわっと立ち上ってくる。
「なんですかー。なんですかー」
狙い通り、バカエルフが匂いに引き寄せられて、ひょこひょこと近づいてくる。
そして目を期待に輝かせて、「おいしいものくれる?」というときのワンコの顔と同じ顔をする。
「なんか香ばしい匂いがしますー。しますー。しますー」
バカエルフは体をくっつけて、俺の手元に興味津々。
ええい。うっとおしい。
いまから最も大事な二投目だとゆーのに。その柔らかい身体を離せっつーの。気が散って仕方がないっつーの。
「それは飲み物でしょうかー。でしょうかー。でしょうかー」
なぜ三回言う?
「大事なことなので三回言いましたー」
だからなぜ心の声に返事を返す?
「マスター。マスター。マスター。それはなんですか? 飲み物ですか? 異世界の飲み物ですか?」
「ふっふっふ……。これはだな。俺のいた世界でも、これは人気のある飲み物なんだぞ」
俺はそう言った。
俺はいまコーヒーを淹れていた。
ふとコーヒーが飲みたくなって、今日の仕入れと一緒に買ってきた。
ただ飲むだけなら、缶コーヒーやインスタントコーヒーがいちばん簡単なのだが、どうせだったら、本格的なほうを輸入しようと思った。
コーヒーミル、計量スプーン、ドリッパー、ペーパーフィルター、などなど。道具一式と、もちろん一番大事な「コーヒー豆」を、すべて輸入してきた。
売り物というよりは、自分用。
コーヒーのサービスはしてもいいかも。
しかし……。
本物のコーヒーを淹れた事なんて一度もなかったから、YOUTUBEで下調べが必要だった。
だがもう勉強は万全だ。
しかし、スマホぶち壊したのはやり過ぎだったか? まあいいか。どうせこっちじゃ電波なんて繋がらないんだし。……いや? 本当に繋がらないのかな? そのうち試してみるかな?
俺はくるくるとお湯を注ぎ入れている。くるくる回しながらお湯を注ぐものなのだ。YOUTUBEで観た。
「ねえマスター? これ、茶色というか真っ黒なんですけど……?」
「これはそういうものなのだ。それがコーヒーとゆーものなのだ」
「そうなんですかー。へー。へー。へー」
エルフの娘は興味津々。
俺に体をぴったりくっつけて、手元を覗きこんでいる。
てゆうか。頭のつむじが邪魔。手元が見えやしねえ。
金髪から、髪の匂いがふわっと立ち上ってきて、こいつも女の子だったんだなと、いまさらながらに、そう思う。
「豆はちょっと奮発したんだぞ。いちばん高いやつだ」
俺はドヤ顔になって、そう言った。
エルフの娘の釣られっぷりは、まさに、気持ちがいいほどだ。
まあわかっていたことであるのだが――。
こいつは食い物関係ならなんでも興味津々になる。バカなのだ。バカエルフだ。
「へー、へー、へー。これってなにかの豆を煎って粉にしたやつなんですね? なんて豆なんですか?」
「なんてったっけ……、ハ、ハ、ハ、ハワイのコナだ。……あれ? ハワイコナだったかな? とにかく一番高いやつだ」
俺はそう言った。
なんと税込み200グラム2670円もする高級品だ。
「いちばん高い?」
「つまりいちばん良いということだ」
「それは楽しみですー。楽しみですー。楽しみですー」
そこは大事なところなのか。三回繰り返した。
「あ――!!」
と、エルフの娘は、急になにかに気がついたような声を出して、俺から身を離した。
「マスター。ひょっとして! 〝こーひー〟とかいうそれを淹れるけど、自分一人で飲んじゃって、私にはくれないとか……、いじわる……しませんよね?」
エルフの娘は、すこし距離を取った。
じっとりとした視線を俺に向けてくる。
おまえは一体俺のことをなんだと思っていたのだ?
そんな鬼なはず、ないだろう?
「安心しろ。俺は寛大だからな。もしおまえが三遍回ってワンと鳴くなら考えてやらんことも――」
「――ワン!」
早っ!
一瞬も悩まず三回回ってワンと鳴いたよ!
「ワン! ワン! ワワン!」
しかも三回も鳴いたよ!
そんなに大事かよ!
「わかった。わかった。やるから。――てゆうか。そもそもはじめから二人分淹れてるしな。――カップ二つ持ってこい」
「ワン! ワン! ワワン!」
エルフワンコは、売り物のマグカップを二つ持ってきた。
黒くて熱い情熱の液体を、マグカップに注ぎ分ける。
あれ? カップの柄がお揃いじゃねーか。
バカエルフと一緒かよ。……まあいいか。
エルフの娘は、大事そうに両手でカップを持った。
飲み物に映る自分の顔を覗きこむように、両手のなかにカップを収める。
「コーヒーには、砂糖やミルクを淹れて飲むこともある。だが〝通〟は、そのままで飲むんだ。人――その飲みかたを、〝ブラック〟と呼ぶ」
「へー。へー。へー。マスター。すごい。すごい。すごいです」
「うはははは。もっと褒めろ。崇め讃えろ」
「――で。これもう飲んでいいですか? いいですか? いいですか? いいですか?」
4回も言いやがった。そんなに大事かよ。くそっ。
「よし」
俺はそう言ってやった。
おあずけくらったワンコに「よし」と言ってやる気分だ。
このワンコはだいぶバカだが、バカカワイイと思うことも、ごくたま~に、ないこともなかったりする。
「飲みます。飲みます。飲みます。――うわあちちち!」
「落ちつけ。熱いぞ。ふーふー冷まして飲むんだ」
ほんとバカ。
「ふー。ふー。ふー。ふー」
エルフの娘は、言われたとおり、ふーふーしている。
ほんとバカカワイイ。
そして充分に冷ましてから――ずずっといった。
その顔に、まず一瞬、驚きが広がった。
俺は内心でほくそ笑んでいた。これまで異界の品々で幾度もこの世界の住人を魅了してきた。そしてまた、この美しいエルフの娘は、俺の持って来たコーヒーの美味さに感動して――。
だあぁぁぁーーーー……。
エルフの美しき娘は、コーヒーをだらだらと口から吐き出した。ぼとぼと垂らした。
「う、うわっ! きっ――汚え! リ、リバースしやがった! こいつ!」
「に……、苦いですー……。マスター……、なんなんですか? この飲み物ぉ……」
「え? 苦い?」
俺は自分のコーヒーを、一口、飲んだ。
「ああ、まあ。……苦いな。だがこれがいいんじゃないか?」
「そんなー……、苦いだけですよー……、これなにかの薬かなにかですかー? 私。悪いところなんて、なんにもないですよぅ」
「いやおまえは頭が悪いだろ」
俺はコーヒーを飲みながら、そう言った。
こんなに美味いのに――。
結局、バカエルフはコーヒーを飲めるようにはならなかった。砂糖を入れてやってもだめだった。
砂糖を山ほどぶち込んでやって、さらに、乳と半々で割ってやって……。
コーヒー牛乳?
いや。乳を出した動物が牛かどうか見てないから……。
とにかく、なにかの家畜の乳――と、半々で割って、異世界版コーヒー牛乳にしてやって、そこまでして、ようやく――。
こいつは、「甘いです!」と喜んで、くぴくぴと飲むようになった。
あとでオバちゃんや鍛治師のドワーフのところにも持っていったが、みんな、「苦い」と顔をしかめるばかり。
誰一人として「うまい」と言ってくれる人は現れなかった。
コーヒー無双はならず。
今日のCマートには、「苦っ!」というしかめっ面ばかりで、笑顔がなかった。
コーヒー無双……できなかったー、という話です。
本日のCマートは「笑顔」はなくて、「にがー」の顔だけでしたー。