踊り子
トビアス王子は山を幾日も歩き、きこりに出会うまで本当に山で遭難直前だった。きこりに街道までの道案内を頼み、内心きこりが何時、山賊にかわるかびくついていたが優しいきこりはトビアスの嘘話を信じてくれ、無事に街道にたどり着いた。
王子は持っていた穀物を案内料として払い、懐が空っぽになった。
道路の少し広い場所で踊りを披露したら、数人の旅人から小袋を投げてくれた。
それを拾いこれからの旅の無謀さに、少しだけ安堵感を見出した。
道を急ぎ歩いていると、娘の一人旅だと山賊が目をつけて追いかけてきたのである。
最初は二人の男が優しく声を掛けてきたが、急いでいるといって走って逃げたら、人目の無い寂しい小路で7,8人の山賊に囲まれた時はトビアスは生きた心地がしなかった。
幸いにも国を見回る役人が通りかかり、楽団の踊り子に恩を売るつもりで助けてくれ、
このときばかりは姉の服に感謝した。
途中まで役人と行動したが早々に分かれて大きな街道に出た。
色彩の乏しい平服と違い、姉の踊りの衣装は何処でも人の目を惹いて、自然にトビアスの視線も俯き、胸元を隠すように猫背で歩くから、余計に女らしくたおやかに男達の目には映った。
この時代、力のある者は人々を守るために自然の地形を生かして外堀とし、町を築き見晴らしの良い場所に城を築いた。
後に、敵からの進入を拒むように、城の周囲に水路を張り巡らせもした。
水路から離れると城に関連する生業の者が集落を作り、離れた農地から毎日収穫された物が立ち並ぶ市場も賑わい、規模が大きくなる。
どんなに町の外で争いごとがおきようとも、市井の生活は一日たりとも活気の途絶える日は無い。
なぜなら民の生活のために王族は軍を率い、戦う事が勤めの時代でもあった。
しかし争いごとが少なくなると、よこしまな王族は地位を利用して法外な年貢を取り立て、民を苦しめる者も少なくない。
年貢を払えず、生まれ育った土地を離れ、流浪する人も多く、街道は良き者と悪しき者とが入り乱れ活気に満ち溢れている。
笛の音と太鼓の音と唱和する声が響き渡り、呼子の掛け声が街道を歩く旅人の耳を楽しませる。
「さあさー聞いておくれよ〜〜。この先のソニオ町の旅籠のそばに小屋を張るよ。演じ物は悲恋のお姫様ル・パヒューレの恋物語。謳うは我が楽団きっての美貌も持ち主ラ〜〜〜ムー。御代は一人、マス一杯の麦、一抱えの芋、野菜などだ。こぞって来ておくれ。誘い合って来ておくれー。美しい歌声だよ今年聞き逃すと来年まで聞けないよーこの世の一番の美声だよーー。
さぁーソニオ町の旅籠のそばに〜〜〜〜・・」の、声が遠く小さくなって消えていった。
平地に青空テントを張った楽団が去って5日たった。
ソニオの旅籠では土地の者が旅籠にやって来て楽団のスター、ラムーの噂話に花が咲き、
男集が寄ればまたアツく熱のこもったを会話で盛り上がる。
「ねぇちゃん!うまいわ!だけどな、なんかなぁー違うんだよな。まぁええか。ちゃんと踊ってくれたしな。ほらよ」椅子に座って、良い気分で見ていた農夫は小袋を旅籠のたたきに投げた。
「身体の育ちが悪いのー貧弱や!、食うて太れよ、踊りは良かった。ホイッ」
「腰と胸をこう、もっとゆらしてやな・・ほらよっ」くねっくねっと男は腰を降ってみせる。笑いが男達の口に浮かぶ。
「しゃーないなぁー。まだ若そうやな。これから色っぽくなるンや。ほれ取っときな」
「来年はもっとええ踊り見せてなぁー。良かったで」店に居た農夫や旅人が思い思いの感想を言いながら満足げに笑う。
「早く楽団に追いつきなよ。この辺は悪い奴が多いでな」最後の締めは人の良い農夫である。
旅籠の食堂の真ん中で椅子を取り払い、踊り子が一人肩で息を切らして立っている。
足元のたたきの袋を見、慌てて踊り子はスカートの裾をつまみ挨拶をした。
確か踊りを終えたら姉はこうやっていたっけ・・。踊り子の頭の中では人前で踊り終えた充実感がある。
踊り子が袋を拾い始めると、もう客の意識は別な話題に移っている。
旅の情報はどんな事でもありがたい。
いそいそと旅籠を出て路地裏に飛び込んだ踊り子は、後ろから着いて来ている者が無いのを確かめて、踊り用のスカートの中からザックの中に、小袋を押し込みほっと息をついた。
人の出入りが多い旅籠を選んで飛び込み躍らせてもらったから、二度目の収穫は良かった。
「おい!小娘!」その声に踊り子ははひっくり返って驚いた。
「おい、おい、そんなに怖がる事も無いだろう。捕って食うってわけじゃねんぇんだぜ。小娘さんよ、場所代にその中から二つ出してくれや、一つは今日の分、もう一つは又来た時の顔代だぜ」男は二人。狭い路地に無理やり身体を入れて踊り子の逃げ道を塞いでいる。
旅籠の用心棒だ。恐る恐る踊り子は袋を出して投げる。
「小娘。名前は」へらへらと男達は笑っている。
「ローラン」踊り子は袋の中に手を入れたまま青くなっている。
「変わった名前だ。良い旅を」男達は来た時と同様にさっさと消えた。
袋の中から手を出して握り締めていた剣をはずし、無様に驚いてこけてしりもちをついてしまったことをトビアスは恥じた。
城からは追っ手は来ないとは思う。が、もし見つかって問い詰められた時を想像すると足が震える。出来るだけ大きな街道を歩いて、追いはぎや盗賊の類にも出会ないようにしたい。
スカートに付いた泥を落とし、気持ちを引き締めて明るい表の道路へトビアス王子は出た。
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