黄砂嵐
館から男や女がいっせいに飛び出してきて先に出ていた者共の顔を見る。
腕組した男共の視線を慌てておって見れば館の裏手である。
よっく目を凝らして見上げると岩肌の間をぼろ布を巻きつけた者が一人中腹あたりに見え隠れしている。
その後ろを館でも一番といわれる健脚の持ち主ベラとレムが若い手下を引き連れて追いかけていた。
「なんとまぁー若造の早いことよ」
「そうだぁー。早いとこ追いついて身包みはがしてしまえ!絶対他にもお宝を持っているに違いねぇー」
「んだぁ。どうせ死ぬだ。お宝はここにおいて行くだぁー」
「うるせぇぞ!飯炊き!ベラとレムはいつも以上に早足で駆け上がっているのが見えねぇかい
あの若造は相当な健脚だぜ」
「だてに地獄谷を渡ったなどと大袈裟なことが言えるだけの事はある。面白れぇやなぁー」
「親方!儲けそこなったんじゃないんですかい?」
「まぁまぁ。そういきり立つな。どっちみち雪道が通れりゃ、あの馬を着飾らせてどこぞの領主にでも売りつければよかろう。
戻ってきたらば・・・それはそのときの話だて・・のう」ドードの視線の先に若造は消え、追いかけている仲間のベラとレムの最後尾に駆け上がっていた少年も見えなくなった。
ドード親方が館の中に消えると各々ぶつくさ言いながら自分たちの仕事に戻っていった。
レツはあっさりとした別れをテオにして、近くに居た男に一晩の宿の礼を言い返事も待たずに山道を駆け上がった。
急な岩から岩へ登り詰めると頑丈な尾根にたどり着く。
尾根は館のあるうっすら緑のある変化に満ちた世界と暗い色調の世界とを隔てる屏風の役割をしている。
尾根から雄大なパノラマが広がるがレツはその景色に一瞥しただけで
何のためらいも無く茶色に染まった岩肌を降りる。その先は黄色の色がたなびきその奥は暗い山々が雲の中に浮かんでいるのが見えた。
黄土は尖った岩を隠し降り積もり、足を踏み入れればズブズブとはまり込み身動きができなくなる。
レツはその土の罠にかからぬよう表面に出た灰色の尖った岩を選んで進んだ。
降りるにしたがって風は強くなりその風は黄色の細かい砂とともに吹き付けてくる。
黄色の壁のゆえんであるこの土は遠方の砂地から少しずつ集められ屏風のような山に吹き付けては巻き上がり四散しまた同じ風の道を辿っては吹き溜まりの屏風山に戻って突き当たり、高台は四六時中吹き荒れる風が高い壁となっている。
ずぶずぶと足を踏み入れる土溜まりがなくなった途端、前後はもちろん上下もわからなくなるくらいの風が土と共にレツに叩きつける。
土ぼこりを吸い込まぬように五重に巻いた布は外側のはもうびっちりと隙間無く黄土がはりついて手で振り落としたそばからすぐに黄色の幕は重なり始め張り付いていく。
土を叩き落とし一歩また一歩進み大地のわずかなくぼみを見つけて身体を横たえ疲労を取りまた止むことの無い風の中に無防備な身体をさらして歩く。
風が風を呼び舞い上がった土が横から後ろからレツに襲い掛かる。
一歩の足を踏み出すにも土溜まりになった一群の風が大地との間に入ると軽くレツを転がして死の淵に追いやってしまう。
背中の荷物を風に取られぬようすり足にする以外この狂った風の中では進む方法は無かった。
夜も昼も無く頭に降り積もる土を払いのけてはただ一点を目指して鈍い歩みを続けた。
叩きつけてくる風の向きがある一定方向に音と共に変わった。
音が岩と岩との間を共に駆け上がってくる。その音で屏風の台座の端にたどり着いたことを確認したが風はやむ気配は無い。
のろのろとレツは背中にくくりつけていた一本の杭を出すと結わえていた綱の結び目を手探りして端を左手に巻きつけじっと風の音に耳を傾けた。
五重に巻かれた布を通してうっすらと日の光が見えた。
その瞬間対岸の崖の全容が見えた気がした。レツは渾身の力を振り絞り杭を風の中に光に向かって投げ放った。
杭に結んだ綱の長さは二間。投げた杭の後を綱に引っ張られてレツは飛んだ。
杭はレツをつなげたまま大きく孤を描いて飛びレツの望んだ場所より奥に突き刺さった。
杭に引っ張られてしたたかに大地に身体を打ちつけたがレツの強靭な身体はレツが息を吐くと同時に動き出した。まず手始めに全身を覆った布の間から黄土を叩き落として一息ついた。
黄色の砂煙が一陣舞い上がり吸い込まれるように屏風山に流れていった。
背中の荷物を下ろして火鼠の皮衣を取り出すとしっかりとこれまた隙間無く着込む。手は二重に巻きほとんど武器は持てない。灰色の皮衣を着込んだレツはさながら生きながらミイラになっている。
夕暮れは近かい。山並みにストンと太陽が隠れるとキンと冷えた空気が辺りを覆った。
ごろごろした岩肌を登り又降りると雪原に出る。暑い夏だと言うのに突き出た岩肌以外はカチカチに凍った氷の原である。
氷の表面を吹く風は軽い雪を砂煙のように巻き上げては流れ去っていく。
身体に両手を巻きつけ小波にも似た氷の表面を歩く。相変わらず頭からすっぽりと被り物をして全ての身体の部分を外気から遮断しているが火鼠の皮衣を通してじわりじわりと寒気が這い上がってくる。
レツが去った屏風山の中腹の館の中では、目利きの出来る男や女たちが集まって金の分配を始めている。
まず初めに親方のドードからひとつ選び次にこのたびの功労者にその栄誉は与えられる。
その場に居るものは目の前のお宝から目を離すことは出来なかったが話の内容は黄色の壁に入っていたレツの話題である。
「あれは見事だの何のためらいも無く若造は降りていったが」とはベラ。
「ほー。それはそれは・・」あまり興味が無い振りをしては居るドード親方。
「上に行くにも追いつかなかったが下りは絶対躊躇するー思うたがなんがなんが。ありゃ鳥のようだった」ベラの後ろで綱を持って番をしていたレム。
「鳥かい?」
「ンだがや。鳥じゃが」とレム。
「待ってみるかのう」気の無い振りを続けるドード親方。
「待ってみる?何がじゃ?何を待つか?」
「へっ?若造を待つというがや?」
「てめぇらこれから毎日峰まで登って見て来い!何か異変が無いか小さいことでもええ見逃すなや」適当な思いつきのように言っては見たがハクミはしらっとした顔でドード親方を見る。
「変わった若者だがや、んだがや・・」とドードは首を傾げる。
「まぁ子供らを鍛えるには良いことじゃで。あいつらを走りまわさせるとしょう」子供の多いレムは監視と訓練と一挙両得で出来る喜んだ
「それがええ。それがええわ」ベラ何も深く考えない。
手元の宝を一つ一つ手にとっては市場での値段を考えて口元がほころぶ。
衣類はあの市場、玉などの宝飾品は直接王宮に持っていくほうが良い値段で取引が出来る。
刀や防具は武器商人に紋を削って引き取ってもらう。腰紐一本金にならぬものは無い。
華美なものは少々あればよいという考え方のドードである。
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