山館
女はじっとレツの動きを油断無く見ていたがレツが一段落ついたのを見て、
「お前。親方様の前に出るんだからお前も身奇麗にしな」と言ってレツが衣の汚れをはたくと胡散臭そうに顎をしゃくる。
「話をしてくる。ゆっくりとしておれ」テオに声をかけるとレツはすばしこい女の後に続いた。
迷路と思われる石壁をすり抜けて、垂れ幕を何度かくぐった先に大広間がある。
室内は平たい岩を幾重にも重ねて柱とし白い土をこねて隙間を埋めているので暖かい。
狭い間口からいきなり八間もある広間につれてこられてレツは少々驚いた。
レツがたたずまいから予想していたのは土間に直接引かれた敷物の部屋。
予想外の城並みの居住空間。
白い土はさまざまな色の土と混ぜ合わされて壁をうねり一種異様な雰囲気を醸し出している。
「これはこれは・・」あまりの部屋の豪華さにレツは目を見張る。
「座れ、座れ」横に居た女が小声でレツに注意する。
ところどころに灯った明かりの向こう側には大岩を背にしてドードが杯を持って待っていた。
レツは女に言われるがままその場に座った。
「もう少し近寄れや」の声で女がレツの尻を叩く。
「ちょっと前さ行け」すっすとレツが移動すれば女が舌打ちし止れの合図を出す。
「あい、わかった」と座り込んだ位置はドードまで7尺の距離。
「旅人よ。ここまでの苦難の道を聞かしてくれたまえ。おい酒を勧めろ!」
「いや、すまぬ酒は飲まぬゆえ気を使わないでいただきたい。ここまでの道のりはクノショ伝を幾度も読み明かしてたどり着いたもの。一つ一つ言い伝え通りに来たのだが、このようにたくさんの人々がこの場所で暮らしていようとは夢にも思わなんだ。今もこうしているのが不思議でたまらぬ」ニコリと笑ったレツの顔に嫌みは無い。
「ほう!クノショ伝のう。では花を探して当てて地獄の裂け目に・・・地獄の裂け目はあの馬では飛び越えられまいて・・」盃を飲み干して改めて継ぎ足す。
「ああー、あれは矢を射て綱を渡して越えたのだ」ドードの疑り深い目がぎょろつく。
綱を渡して渡れるわけがない。だが目の前に若者は居る。
「綱を?はても途方の無いことを言う。では五色の泉で願い事はしたのかな?」花を頼りに来たならば湖を避けて通ってくれば30日はゆうにかかる。10日で花は枯れるだが、まだ花は咲いている。
「いや。五つ目は行かなんだ。ゆえに願い事はしなかった」実際には泉は四つしかない。最後の願いの泉は別な場所にある。それが書いてあるのは初期のクノショ伝である。
この若造それをも知っていやがると思うとドードは面白くない。
自然に顔色にもその思いがが出る。
左右の垂れ幕の後ろからさまざまな顔がのぞいては引っ込みまた覗いてはじっくりとレツの顔を見る。
垂れ幕の後ろではぱたぱたと入れ替わり始終足音が耐えず続く。山館の住人が自分たちと同じ道を通らずにやってきた流浪の兵士を一目見ようと仕事をほっぱりだし狭い隙間から必死で覗いているのである。
ぐびりと盃に注いだお茶をドードは飲んだ。貴重な酒を昼間から飲む男ではない。
酒で酔った頭では目の前の若者の言葉は理解できない。
盃を盆に置き、若者の茶色の目を覗き込んだ。温かみある光をたたえている。
「ではこれより先に行くのかえ?」
一度に様々な思いがドードの中で渦巻いてまとまりがつかない。
「はい。そのことについてお頼みしたいことがある。私の共をしてまいったテオを私が帰るまで預かってはくれまいか。これより先は私の命とて危うい。ここに一寸の玉が二個ある。私が帰ってくるまでこれでテオの面倒を見てはくれまいか」
「馬くらい裾野に放っておけばよいなにもそんな玉なんぞ出して頼んでもあんたが居なくなれば馬をわしらは放り出すやも知れぬで・・・まぁ玉は貰って置こう良い物だのうちょいと見せてみぃ」玉を袋に入れてレツはドードの前に投げやるとすぐさまドードは袋から出して自分の目の確かさを確認する。
玉を間近で見るなり言葉を失った玉は一寸もある。今まで諸国の王侯貴族たちを散々だましてここまで連れて来て山の向こう側へ追いやったが誰一人帰ってきたものはいない。
当然王侯貴族どもの手持ちの財産は衣服の切れ端までドードの持ち物になったが手の中の玉は馬鹿な金持ちのどの玉より大きく美しいものである。しかもそれは双子の真円。
「とてもあのような立派な厩でなくても構わぬ。食べ物はいらぬ風雨を耐えられる軒下でよい。お願いできようか?」畳み掛けるように頼むレツに乱れた呼吸を必死で整えようとするがうまく行かない。
「あいわかった。あんたさんがどれくらいかかってここに戻ってきなさるか知らん。わしらは後三月もすれば山を降りる。馬は置いていくことになるがかまわねぇか」このわしに頼みごと・・・と、驚きのあまり地のままの言葉が出る。
「オオ。それは有り難いあなたのような方に大事な友を頼んでいけるとは心強い。それではここで席を下がり準備をしたいので炊き屋を借りたいがよろしいかな」
ドードのうなずく顔を見てそそくさに隣の女に炊き屋の方向を聞いた。
女は垂れ布の向こう側から顔を出している太った女を呼ぶと耳元で何かささやき案内を任せた。
若者が去っていくと垂れ幕を跳ね除けて10人の荒くれ男と4人の女がドードを囲んだ。その中に先ほどの女ハクミもいる。
「おいおい、あれはいったいなんぞ?痩せた馬と兵士くずれじゃが。どこから来た?」
「地下通路はまだ雪解け水でいっぱいじゃあと二月またなんなぁ無理じゃえー」
「他にも後から二人来る言うっとったわい。見張りを出したぞい」
「ええい!いっぺんにものを言うな!あの若造こちらのことは何も聞かなんだ。馬のことだけ頼んでいきおった。これだけの玉を出されちゃ嫌とは言えんだろう。あの若造がこの山を越えて行くときはのう誰か途中まで見張ってついていかそう。最後を見届けんとな」
「あの若造が本気で行くか見届けるんですね。合点だ!」
「どの国から来たと思いやす?ケルミアから追っ手とかじゃ。たまりませんぜあの若造の後ろから兵士がぞろぞろなんてのは」
「ばか者。地獄の谷までたどり着く前に樹海で兵士は狂ってしまうわい。それはお前らがよう知っとろうがええかわしらもちょっと考えなぁあかんそう思うやろうハクミ」
「そうだね。明日か明後日か、あの若造が旅立つまで見張っておくとしよう。イドに警備を強化するように言っとくれ」ハクミが垂れ幕へあごをしゃくると幕下から覗いていた少年がハクミのそばにかけよる。小声でハクミは少年に言い含めると少年は軽やかに垂れ幕の向こう側に消えていった。
「あの若造は嘘は言ってはおらぬだろう。まぁ用心にこしたことは無い見張りは増やしたほうが良かろう。スアは念のため雪壁を調べて来い。ベラとレムをわしのところへ呼べ若造の守りをさせよう」
「あいよ!」
「ハクミあれはどこの国の者だぁ。顔かたちは中原の者のようだが言葉は嫌に古めかしい田舎言葉を使いやがる」
「イクルばばぁに聞いてみるよ。外で見ていたからね何か知ってるかもしれんて」
「ああ、頼む」
その夜、もう明け方に近かったが厩の片隅でレツはテオにここから先は一人で行くことを告げた。
薄暗がりの中テオは主に是が非でもついて行きたいと首下まで出かかった言葉を飲み込んだ。
レツがおいていくと判断したのならそれに従うしかない。
薬草入りの干草を食べては体力を回復させてここまで来たがテオにも限界はわかっている。
王家に仕えている頃であれば千尋の谷も主を乗せて駆け上がれた。
「そなたに頼みたいことがある・・」おいていかれることのショックでテオが打ちひしがれていると耳元でレツが囁く。
厩の周りには用があるのか無いのかすたすたと屋敷の人間が遠巻きだが姿を見せる。
あるものは厩を走って駆け抜けあるものは一つ一つ厩を覗き込んでは去っていく。
ぼそぼそとレツの言葉を聴くうちにテオは役目を与えられて少々心が落ち着いた。
「わかりました。私も変に思っていましたので探ってみましょう。ですがきっと帰ってきてください。せっかく私が情報を仕入れて生き延びても伝える相手が居ないのでは話になりません」
「当然だ。私の頑丈さは他の誰とも比べものにならぬ。誓って言う。私は国にそなたを連れて帰りたい。私の国では誰も馬を知らぬ皆の喜ぶ顔が目に浮かぶぞ。良いか危ないと思うた時はその後ろ足で思い切り蹴り上げろ。そなたの四肢は人間より強いのだからな」
テオの首をいとおしそうに撫でて足元の干草にごろりと横になるとレツは静かになった。
外はうっすらと明け始めている。
炊き屋では朝の準備のために人が集まり火を起こしては昨日の珍客の話題で手元がおろそかになる。
「石臼とコネ板を使っていたよ。こうさ」女はレツのまねを真剣な顔で演じた。
「その腰に手をやるのはなんだい?」
「これかね、腰にもいくつもの袋があってさ木の実やら草みたいなのを出しては引き。団子にしては袋に入れてたよ。ありゃ薬師だね引いたもののにおいが違うもの」
「クノが言ってたで。あの馬が食ってる干草はイトンとクルクだとありゃ町に持っていって売ればいい金になるんだとよ」
「えらいもの食っているなー」
「見たかい?お宝の玉をドード親方もあんな大きい玉は始めて見たって言ってる。汚い兵士だけどほんまは大泥棒かええところ出なんかねぇ」
「どう考えても薬師だね」
「いつ出かけるって?この間旅立ったマイルラーなんとか様のご一行と途中で鉢合わせにはならないよね」
「この間って一ヶ月も前じゃないかあいつらさっさと黄色の壁にたどり着いてるよ。その後はしらないけどね」
「だねー」
「本当にあの若造は地獄の谷を越えてきたのかい?あたしゃまだ信じられないよ!」
かしましい女たちの中に朝の食材を届けに男が顔を出した。
大きな籠には岩の間に生えていた野草がいっぱい詰まっている。
「おいあの若造が出かけるらしいぞ」背負い籠を下ろすと男はさっと庭に走っていった。
「なんだって!もう出るのかい。エエィー。一服盛って身包みはがそうと思っていたのになってこったい間に合わないじゃないか!」
女はかけていた鍋を火から下ろすと慌てて男の後を追って走った。
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