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Caminando Caminando
作:いもっこちゃん



地獄越え


夕方になり峡谷の岩岩の間に太陽が隠れてしまい、薄暗くなってからレツが戻ってきた。
背中と両手にはたくさんの木の束がある。レツはテオのそばに駆け寄るとせっせと馬の背中をなで新鮮な草を食べさせる。
テオが食事を終えると又岩の間に消えていった。
離れて見ていたキバとローランはレツの行動をあれこれと推測したがわからない。
あくる朝束ねた枝を前に座り込んでいるレツが居た。
「レツと申された方よ。伺いたい事がありまするよろしいかな」
キバの手は蔦の汁で真っ黒である。レツが顔を上げてふり向けば、
「お尋ねしたい。私たちはあなた様が作った道を辿ってまいりました」
キバはひどく真剣な目をしていた。体の向きを変えてレツが座り込む。
「ぶしつけとは思いますがこの場所は何処にも人の通った足跡はおろか獣も近づいた様子がありませぬ。樹海ではあなたとあなたの馬が作った道から外れて歩いていれば私どもはあの暗い森で命を亡くしたでありましょう。感謝の言葉を山のように申し上げたいくらいです。ここに来ているという事はあなた様もたくさんの書物を紐解かれての事。特に昔語りの・・・書物には・・単刀直入に言わせていただきたい。クノショ伝にはトルーの花が咲く朝日の中を進めとしか書いてありませんでしたが如何に・・・どのように・・ここまでの道のりあなたには判っておいでだったのかが知りたいのですが。私もでたらめにここに足を向けたのでは在りませんクノショ伝を吟味してこの方角に来たのですがかなりの回り道をしたように思ったのですがそれは間違いで真っ直ぐにここに向かっていたようです。そうでありましょう?」
「そなたは・・僧侶よ。トルーの花はどれか知っていよう?」
そう言って樹木の生い茂る森をレツは見た。
黒々とした樹海が風を受けて波のようにうねっている。
「はい。この蔦の花のことでございます。房になった藤色の花これがトルーです」
キバが指差した先には隙間の多い岩の間からほんの少しの土から芽吹いた蔦か岩をぐるぐると巻きつけてのたうっている。
キバをちらりと見てレツはにこやかに笑顔をみせる、
「本物のトルーの花はあの森の中にある。見えておろう。朝日が昇ると同時に黄色の小さい花が変色して黒ずむ。夜鳴き花とも言うがな。トルーの花は今の季節しか咲かない
そして朝日の上る方角とを考えれば誰もがここへ辿り着く。そうであろう?」
レツの言葉を声に出さずにキバは反芻し古い花の名前を口にした。
「ィトルーガカシュマシュ・・・??」
「知っているのか?修行時間は無駄ではないようだな。正しき名前はィトルーガカシュマシュミョンガだ。意味は毒にもなるが薬にもなる。面白い効能だぞその花は・・」にたりと笑ってレツは背を向けてせっせと枝から皮を剥き始める。
兵隊のなりはしているが知識の深さは僧侶の上を行くようだとキバは感嘆した。
何はともあれ三人と一頭の馬は地獄の谷を渡らなければならない兵士はその準備に躍起になっておる。
キバもまったりと会話を楽しんでも居られない。兵士の勤勉さをまねして準備を進めなければならない。
それにしてもなんと深くて恐ろしい谷だろう。キバがもし一人でここに辿り着いていたならば
あまりに自分の小ささに落ち込み引き返す元気も無く途方にくれて谷に身を投げてしまったことだろう。
幸いにも僧侶としての虚勢を張っていられるのも聡明な女性ランにいい格好をしたいだがために取り乱さずに居られる。
無駄な努力とはいえ谷越えはやってみる価値はある。
訳も無く気持ちが高ぶっているキバである。
僧侶キバが花の名前を言い当ててレツの心は幼い日のあたたかい思い出に浸りながらナイフで枝を削っていた。
幼い日シンシと薬草採集していた頃、足の悪いシンシは崖から転げ落ち意識を失った。
幼いが力持ちのトキナはシンシを頭上高く持ち上げて城まで戻ってきた。
自分の部屋で目覚めたシンシは死後の世界と思いフィフィス・リー姫を大声で呼んだ。
後にも先にも薬師シンシの大きい声はトキナは聞いた事が無い。
この日ィトルーガカシュマシュミョンガをシンシに教えてもらった。
レツは手元の矢の尖端を尖らせて最後の一本を束に入れると最初に作っていた弓に細く裂いた皮を寄り合わせた弦を張りかき鳴らした。
キイィィンンを空を切る音を確かめて作ったばかりの矢を番え渓の縁に立った。
レツは渓の四方を見、次から次に矢を放った。矢は谷の真ん中あたりで風に煽られて右に左にくるくると回りながら落ちていく。
「あの方は何をしているのか?」ローランは不審げにレツを見る。
ローランの手元の籠はまだ半分も出来ては居ない。
「さぁ。風の中に何かおりますのかな」ちらりとキバはレツを見たがレツの行動などまったく気にもしない。
編み上げた籠に取り付ける丈夫な綱を編むのに忙しい。
レツは次の日の又次のにも風に向かって矢を射続けた。
「さぁ、ラン様もう二日もあれば籠が完成します。少しずつ覚悟をせねば長く苦しい谷越えですぞ」キバの顔は蔦の汁で真っ黒である。
「上手く行くといいな。祈る以外に後はするべきことは無い」毎日やむこと無い轟音の中でトビアスはすっかり気落ちしている。
森を見れば鬱蒼とし前を見れば底が見えぬくらいに深い谷。
時折ガラガラと風の音以外地響きも加わって心細さで逃げ出したい。
「申しお二方」籠が出来上がり丈夫な綱作りにとリかかっていたキバとランに、手に巨大な弓を持ったレツが声を掛けた。
「今日は良き日である。我等はこれよりあの対岸へと先に旅立つので挨拶を申し上げたい。又先に行くがお二方と知り合いになれて嬉しく思う。日を改めてまた会おうぞ。しからばごめんこうむる」
風がレツの言葉を途切れ途切れにかき消すが大まかな事はキバとランには聞えている。
別れの講釈を述べたのだ。
キバは神妙に両手を前で組み半身を折ってレツの言葉に答え、
ランは口元に笑みを浮かべてレツの消えた岩山を見ていた。
「どう思われる?キバ殿。谷に馬と共に飛び込むつもりのようだが。少し間だけ休んででも構わぬか、飛び越えるのを見たいのだが」
「ほうー」キバは目を閉じて祈りの体勢を崩さずに居たがランの言葉に心を動かされた。
「参りましょう。人の最期を看取るのは僧侶の務めです」真新しく出来た黒い染みがてかてかと光る。姿かたちに僧侶の面影を探すのは難しい。
へっぴり腰で岩から岩へ移動して大岩の向こう側を見ればレツが一間先でレツの身長ほどある大弓を引き絞っている。
尖端が鋭く尖った矢は腕ほどに太く丈夫に作られている。
風が谷の底から振動と共に吹き上げてレツの髪の毛を逆撫でる。一瞬神殿の奥深くにたたずんでいる女神像にレツが見えてキバは右手を左胸に置いた。
轟音が響き渡りレツの手から矢が放たれた。次の矢を番え風の中に矢を放つ数十本もの矢を放った後でレツはテオを呼ぶと頑丈な紐で17貫目のテオを自分の背中にくくりつけた。
レツは縁に仁王立ちになり綱のついた矢を空高く放った。
太くて尖った矢は空に大きく弧を描いて対岸に消えた。と、対岸に繋がった綱がピンと張ると綱の節を握って峡谷へレツとテオは飛び落ちた。
「オオ・・・・」もはやこれまでとキバとランが暗い谷に消えたレツの姿を探して縁に駆けよるが吹き荒れる風に押し戻されて底は見えない。












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