道連れ
騒ぎのあった宴の広間からローランは慌てて離れた。物陰で懐から小さな玉を取り出して付き添いの女に握らせその女の衣装と交換してもらい、
階下に降りる途中で厨房により又もやそこの女と衣服を取り替えて城から抜け出た。
賑わっている通りから離れ、見栄えのしない旅籠に宿を取り眠れぬまま一夜を明かして、
香油で整えられた髪の毛に汚い砂避けのショールを巻き、物好きな男しか声のかからない最下層の女の旅支度をして門兵が開け放った城壁から逃げるように飛び出したローランである。
二日ほど野宿をしながら歩いているとタミアの町の出来事が気にかかり、沢で水を飲んで一休みをしている僧に声をかけてみた。
「お坊様。お疲れでしょうが旅の慰みに面白い話はございませんか?途中他の方から姫君の話を聞いたのですがどこにその姫が立ち寄ったのか知ってらっしゃいます?」
旅人が幾人も座った石の上で痩せた若い僧侶は皮だけになった頬を緩めローランに向かって笑いかける。
女性にはなるだけ優しく振舞いたいようだ。
「これはこれはご丁寧なお言葉を頂戴しました。旅に出てまだ一年にもならぬ未熟者ゆえあなたを楽しませる話が有ればよいのですが。知っている限り話しましょうや。一番近い町で言えばタミヤですがあの町にはとてもお美しい姫君が逗留しているとか。私も立ち寄って見たいのですが宿に泊まる金もございません。素通りしましたところ活気のあってよい町でしたよ。
先ほど聞きましたところ近々タミヤの領主が代わられるとか。悪口はあまりいえませんがジャバ殿はあまり良い領主ではなかったから騒動があったのかとお聞きしたら騒動もなく円満に以前の領主のお子様に領主の地位が譲られたようです。まぁ騒動や戦はないほうがましですから、噂では死者の兵隊が出陣したとか。美しい月の出た夜に城壁を死者の兵士が取り囲んでいたそうな・・クワバラクワバラ・・
遠くから見てもあの白い墓標は背中に得体の無い怖さが走りますな。今思い出す限り一番新しい話でございます」
「お話の上手なお坊様でございますな。ありがとうございます。よろしければこの街道は一本道、旅のお土産にいろいろなお話をしてくださると楽しいのですが」
姉君は上目使いににこりと微笑むとたいていの男は鼻の下を伸ばして姉君のいう事を聞いていたものだ。
姉の取り巻き同様に同じしぐさで若い僧侶は照れている。
テレながらも気持ちよさそうである。
「参りましょうか」僧侶の言葉でうつむき加減でローランは笑いをかみ殺す。
意気揚々と他愛の無い話を始めた。
かっぽかっぽとテオが歩けば周囲の旅人が驚きと尊敬のまなざしを送る。
口から口に伝わるクノショ伝は正確に聖獣としてのテオの役割も万人にすり込まれている。
庶民には滅多に見ることの出来ない聖獣だが中原で働いき少し目利きの出来る者は聖獣である馬が誰も乗せずに歩いているところは異様なだけで、しかもその聖獣を守っているのは痩せて背の高い汚い兵士である。聖獣の価値を知る者には目の前にお宝が歩いているようにしか見えない。
ドードも聖獣の価値を知る一人である。茶屋の軒先で下っ端を連れて腕組をしてテオとレツが通るのを待っていた。
「おい!そこの若造。どこからその馬を掻っ攫ってきた?」
腕組を外して胸に下げた五つの石を見えるようにしてみせる。
領主から雇われた役人の印だ。
「見れば綱も掛けず鞍も無い。持ち主を言うてみよ。何処の城から連れ出した?」
「これはこれは、お役人様。素晴らしい馬でございましょう。子供の頃から話でしか聞いた事の無い物語の神の一人でございまする。この話が来た時には暫らく眠られなんだよ。わしはこのような任務を与えられて誇りに思います」
田舎の兵士が田舎言葉で誇り高く朗々と語るので役人は少々気後れして聞いていた。
「ならよう。その馬の面倒を俺が見てやろうじゃねぇか。オハナシじゃ最初に綱掛けた者を主と一生思ってくれるんだろう。俺はどうだ!すぐにでも綱を掛けられるぜ。おいそこの縄かしな!」と、堂々と馬の権利を自分にくれと言ってくる。
言うが早いか縄に輪を作り馬の首めがけて投げてきた。
「ヒェェーーー。なんってことするだよ。ここまで連れ来ただよーちゃんと届けて代金貰って田舎にかえるだよ」と、レツはわざとらしく驚いてみせる。
田舎者の言葉は道中覚えた。
馬のテオは投げられた縄を口で受け止めて軽く首を振る。
縄はピンと張り役人を前に倒した。
「あんたようアレド出身と違うか?おれはキレナだけんど。違うか?」と転げた役人の顔をレツが覗き込む。
領主が雇う下っ端役人は生まれた土地を離れた者が多い。安く使えるからだ。
「何、言いやがる、そんなことてめぇの知ったことじゃねぇ。でもなんでそんな事がわかる?」
「ンだども、その顔はそうだべおれはまちがわねぇヨ、アレドのどの村から出てきた?おれ元気だと伝えてやッからよ」
「伝えんでもええ。もう誰もおらんで・・」
膝を立て起き上がった役人は神妙な顔になっていた。
レツはその顔を見て背中の荷袋から悲しげに小袋を取り出し、
「これはおれの人生だ、少々ちいせぇが一つやる。あんたの生まれた在所の石だ」
レツは石を一つ手に取ると役人の手に石をねじりこんだ。
石を見た役人はその石を感涙の目で見ている。
この世に生まれる赤ん坊はその手に運命の石を握って生まれる。たいていはその辺の石を産婆が握らせるのだが。望まれて生まれなかったものは石を持たず、わずかな土地にしがみつく者は自分の土地の中で一番美しい石を子供に持たせ、
石はその秘めた力で持つ者の人生を操ると言われている。
世間では真円に近い玉を権力を持った者が捜し求め子供に持たせる。
いびつな白く濁った石を手に受けてドードは内側から競りあがってくる感情を抑え切れずに嗚咽を漏らした。
大きな馬の身体に隠れてドードの姿は幸いにも他の旅人には見えない。
「お役人様。帰りに寄るだ。そんときあんたの身の上話を聞きてぇ。なぁ」と、肩をポンとレツが叩くと、がっしりしたドードの肩が震えて無骨な顔がぐしゃぐしゃになった。
何処までも続く平らな土地はあちこちにある見張り小屋を覗けばのどかな田畑が一面に広がる。
死者の原とは大違いだ。
街道沿いに植えられた果樹は高い場所で残り少ない実を付けている。
「何の茶番劇ですか」峠の茶店の前での一件である。
「言うな。あそこであの者を叩きのめしてもずっと後を尾行して私等を煩わせるだろう。
あれはそういう男だ。災いの種は蒔かぬ主義でな」
「しかし、後でアレが全部嘘だとばれるほうがよほどたちが悪いと思われますが」
「嘘は言ってはおらぬ。あの男の顔を良く見ればわかることだ。飛び出た額ぐりぐりの目。
何よりあの肌はアレドの出身だ。恐らく幼少の頃までアレドには居ただろう。あの土地には不思議な病気があってその痕があの男の身体や顔にあった」
「不幸な生い立ちのようでございましたな」
「父親に見放されたか先に死なれたか、望まれて生まれてこなかったようだな。ひまつぶしに磨いていた石が役に立った」
「そのようなことでしたか」
「くだらぬ慣習に振り回されて心も荒れるというものだ」
「はぁ?子供の物語を信じている者もおりますから一概に非難は出来ますまい」
テオはレツのことを匂わして言ったがレツはテオの嫌味にまったく気にしていなかった。
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