草原
二つほど丘を越えると、焼け付く日差しに照らされて枯れ草と岩のごろごろした平原に出た。
別名{死人の歩く原}というらしい。
「見えるか。あの陽炎のような白い岩山が。今日の寝所はあそこだ」レツが言う方角には地平線の彼方に地を這うようなうっすらとした白いもやが見えた。
「新鮮な草が食べたいですな」テオはレツの背負った枯れ草と水袋を見た。
見るからに痩せた兵士だが集めた草の束とでかい水袋の重さは計り知れぬ。
汗一つかかずにその荷物を背負いこの平原を歩こうという若者をテオは呆れて見ていた。
日が沈む前に辿り着けるだろうかというテオの心配は徒労に終わった。
見るからに異形な形の白い建物の前でテオは身震いした。
はるか彼方の遠い山並みに今日一番憎たらしい太陽が沈んでいく。
最後の光で明るく照らし出された白い建物の群れの中で今宵一夜だけとはいえ過ごさねばならないのは苦痛以外の何者でもない。
さりとてだだっ広い草原で突如襲い掛かる竜巻を警戒して眠るのも嫌である。
「面白い霊廟だな。いにしえの人々の眠る場所らしい。テオ殿、ここいらで食事をしてくだされ。私はこれらの建物に興味がありまする。しばし勉強してまいる」
枯れ草を風で飛ばされぬように重石を置いて水袋の口を開けてテオに勧めると。
輝かしい目をしてレツは立ち並ぶ白い建物の中に入っていった。
馬鹿な若者よ好奇心だけで生きているとろくなことはないぞと
その後姿に言い放ったがすぐにレツは居なくなり
生きて動く物はテオだけという心細さに神経は苛立った。
耳に入る様々な物音を吟味していると草原の方向から人間の足音が聞えてきた。
テオは長い首を建物の壁に張り付け彫刻のように身を硬くして足音の主を待った。
足音は数人ずつ固まりになって一定の方向に向かっているのがテオにはわかる。
食む草もなく太陽はとっくに山の向こう側に沈んでしまっている。
灰色の空には美しい星がきらきらと輝きを放ち始め、
人間の足音は特定の場所に到着すると足音が小さくなって掻き消える。
どれくらいの時間テオはその場所から動かずにレツの帰りを待っただろう。
しんと静まり返った古人の墓場で墓荒らしに来た盗賊共が去っていくのを待ち続けていたら
足音一つ立てずにレツが戻って来ていた。
「良くない場面に出くわしてしまった」
白い壁に黒いシルエットが言葉とは逆にレツは快活に見える。
「言わぬ事ではない。ここは最後に安らぐ場所。そこを物見遊山で来てはならぬという教えですぞ。なに相手は気がついておりません、さっさとこのようなところは引き上げましょう。
町に戻るなりして。ささ、あの安宿でけっこうです。私はあのヤクザな連中をからかっている方が100倍楽しゅうございますよ」
「テオ殿。ここは霊廟ではござらぬ。ゆえに死人はおらぬ。ただタミアや今まで見た町や城に住む人々とはまったく違う考えを持った者どもが建てたものだ。それとも中原にはこのような建物が多くあるのか?それはこれからの楽しみとして・・知っておるか?タミアの町を牛耳るジャバの存在を」
「当然でしょう。中原から追い出されてここで入り婿に納まり、領主一族を皆殺しにして威張りくさっている。私はあのような者に仕えなかった事だけが唯一の誇りでございましょうな」
「さすがに良くご存知である。彼の者は数日後には暗殺されるやも知れませぬ。
我はその計画を聞いてしまった。何ともはや浅ましい手を考えたものよの」
「レツ殿が何を聞いてきたのか。ワシは驚きません。申されよ」
「領主ジャバの酒の席にヨイハムシャーの姫君を呼ぶそうだ」
「そのような事ができるはずが無い。あの姫君はアケルテナ王に仕える身分の方ですぞ」
「そなたも頭の固いのう。姫君は貢物である。がヨイハムシャーからのこの町までどれくらいの路銀がかかるのか勘定してみろ。見れば側女も少ない織物も多くは持っていそうに無い。
ならば稼ぐにはどうするか?どの田舎領主も考える事は一緒だ。
道中金持ちに媚びる以外に手立てがあるとすれば追いはぎか夜盗をやるしかない。
これは一番正当な方法ではないかな」
「よう理解した。時代は変わるもの。そのような事がまかり通っているとは世も末でしょうな」
「で、悪者どもの企みは如何に」
「ああ、ヨイハムシャーの姫君もろとも暴君ジャバを叩き殺すらしい。
ジャバに今までの罪と姫君惨殺の罪を着せてアケルテナ王やもろもろ王達に正義を主張する。大いに民衆が喜びそうな策だのう」
「あまりな!それはあまりな事!姫は巻き添えで命を亡くされるのですかそれはいけませぬ!
レツ殿何か!何か手立てを考えなされ!」興奮した馬が鼻息荒くレツを見据えた。
「わかっておる。そなたも加担せねばならぬぞ、良いか?」
「なんなりと、鬼ごっこには慣れています」
「頼もしいのぅ」
二人はごそごそと身体を折り曲げてこれからの計画を立て始めた。
自分達の計画がよそ者に露見した事を知らず
白い建物群から三々五々と人々は離れていった。
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