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旅男! 作者:吉岡果音

第十一章 氷の断章

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ギルダウス対キース

 よく通る、低い声だった。普通に言葉を発しただけだった。それなのに、どういうことだろう、キースはビリビリと、皮膚に突き刺さるような感覚を覚えていた。
 目の前に立っている軍服姿の男は、魔族――。

 ――なんだ、こいつ! ただ、立っているだけなのに、この圧迫感は……!

 魔力を持っていないキースでも、感じた。

「……俺の名は、キースだ。あんた、名前は?」

「キース!」

 自らの名を明かすキースに、アーデルハイトは思わず叫んだ。

「ふ……。私の名は、ギルダウスだ。小僧、自ら名乗るとはいい度胸だな」

 軍服姿の魔族――、ギルダウスはキースを見据えながら笑った。

「……ギルダウス。あんたがクラウスの手下か……?」

 ピクリと、ギルダウスの眉がかすかに動いた。

「……このギルダウスがお仕えするかたは、ただお一人!」

 ギルダウスが叫んだ。凍えるような空気が震える。

「……あんたもクラウスの手下じゃないってのか。まあいいや。そんなことより、ギルダウスさんよ、ここで立ち話もなんだ。ちょっと移動しないか?」

「キース!」

 アーデルハイトがキースの腕を掴んだ。早く逃げよう、アーデルハイトは思いを込めキースの腕を引っ張る。

「アーデルハイト。少し離れて。大丈夫だから」

 キースはアーデルハイトに小声で話しかけ、なるべく優しく微笑んだ。

「キース……」

 アーデルハイトは、掴んでいたキースの右手を離した。キースの邪魔になってはいけない、そう判断した。逃げるにせよ戦うにせよ防御するにせよ、自分のせいでキースの動作が遅れるようではいけない、そう判断した。

「……移動……?」

 ギルダウスは漆黒の瞳を動かし、辺りを見やり、そして、フッと笑った。

「そうか。ここは人の住む町中だから、周りへの影響を考えているのか」

「あんただって、存分に暴れ回れたほうがいーだろ」

 キースは顎をしゃくり、余裕たっぷりに笑い返した、つもりだった。しかし、心の内はヒリヒリとした焦りに襲われていた。握りしめた手のひらに汗がにじむ。

 ――頼む! 乗ってくれ! あんたは確かに並みの魔族じゃねえ! あんたみてえなのが攻撃を仕掛けてきたら、たぶん、ただでは済まない……!

「……私に命令する気か」

「命令じゃねーよ! お誘いだよ! お・さ・そ・い!」

 ――頼む……! それから、ミハイル、宗徳! 動かないでくれ!

 キースは、右手を少しだけ上げ、密かにミハイルと宗徳を動かないよう制していた。しかし、キースは気付いていない。ミハイルも宗徳も、アーデルハイトも妖精のユリエも、動かないのではない、そのとき動けないでいたのだった。
 恐怖で。防衛本能で。
 カイは、黙ってキースの指示を待つ。言葉でなくても、動作で示さなくてもわかっている。キースの指示は、自然に通じると互いに信じている。
 カイは、いつでも即座に「滅悪の剣」になる。

「……いいだろう。人間とは、か弱くはかない生き物だ。私は軍人だが、無駄な殺生は好まん。お前の望み通り移動するとしよう」

「そう来なくっちゃ!」

「お前だけ、連れて行く……!」

 ――え!?

 一瞬だった。キースの足元に、漆黒の空間が出現した。

 ――穴!?

「行くぞ! 魔界へ!」

 皆、叫ぶ間もなかった。キースはぽっかり空いた穴に落ちていく――。かろうじて、キースの右手はなにかを掴んでいた。

 ――カイ!

 キースは「滅悪の剣」を握りしめ、地下にある世界、魔界へと落ちていった。
 深く、深く、闇の中へと吸い込まれていく。

 ダンッ!

 キースは落ちていく中で体を回転させ、なんとか足から地面に着地した。

「ここが、魔界……」

 赤紫色の空。うっそうと生い茂る木々や草は、黒い色をしていて奇妙にねじ曲がりながら伸びている。肌にまとわりつくような、じっとりとした空気。

「へーえ。ここは雪がねーのか」

「……キースとやら。まったく動じてないようだな」

 ギルダウスは、珍しい生き物を見るような目でキースを眺めている。

「少しは動じているよ。ああ、それからギルダウスさんよ、ごめんな。あんた、『お前だけ連れて行く』って言ってたけど、俺、カイも連れてきちゃったよ。こいつは俺の相棒だからな、大目に見てくれよ」

 キースは「滅悪の剣」の剣先をギルダウスに向けながら、ウインクした。

「……別に構わん。こちらにも武器がある。むしろその相棒とやらを使ってくれたほうが、こちらとしても気が楽だ」

 ギルダウスは、銃剣を構えた。キースにとって、初めて見るものだった。

 ――なんだあの武器!? 剣と、筒状の……? ああ! そうだ! 大きさや形は違うようだけど、ホルガ―じーさんの持ってた銃ってやつと似てる……!

 キースは、ミハイルの言葉を思い出した。

『狙いを定め引き金を引くだけで、一瞬にして人を殺せる恐ろしい武器です。携帯できるほど小型で、一人で持ち歩ける大砲といった感じです』

 ――つまり、こいつは大砲と剣が一緒になったやつか……!

 ギルダウスは、銃口をキースに向けていた。

「これは、人間の創った武器と似ているから、もしかしたらお前も大体の見当は付くだろう。だが、この武器の弾は、私の魔力だ。移動を提案したのは正解だったな」

「ご親切にご説明どうも。いきなり撃ったらすぐ決着がついただろうに、なんでわざわざ教えてくれんの? あんた、俺を殺したいんじゃないの?」

 ギルダウスは、キースの青い瞳をまっすぐ見ていた。

「……お前に会うまでは、お前と会話を交わすまでは、邪魔者であるお前を無条件にひねり潰すつもりだった。だが……、お前は普通の人間とは違う。どうやら堂々たる戦士のようだ。死を恐れず、窮地の中でも仲間や他人を思いやる大きな心がある。それなりの、礼儀は尽くそうと思ったのだ」

「ふうん。それは、ありがとう。嬉しいね」

 キースは、ニッと笑った。
 ギルダウスも、静かに微笑み返した。

「……じゃあ、始めるぞ」

「うん。よろしく」

 ドンッ!

 ギルダウスの銃口から、衝撃が放たれた。
 キースは身をかわしていたので、その衝撃は後ろの木に命中した。
 木は、粉砕されていた。粉砕――。文字通り、粉々になっていた。

 ――アレに当たっていたら、俺も……!

 キースは「滅悪の剣」を握りしめながら、ギルダウスの左側へ走り込む。
 ギルダウスは、低い体勢で走るキースに銃口を向け続ける。
 二発目は、まだ出ない。

 ――もしかして、あの攻撃は、時間が少しかかるのか!? すぐには出せないのかもしれない! アレを、使われる前に……!

 キースは大地を蹴り高く飛び上がり、ギルダウスに斬りかかった。

 ガンッ!

 振り下ろされた「滅悪の剣」を、ギルダウスは銃身で受け止めた。

 ガンガンガンガンッ!

 剣と銃身がぶつかり合う音。

 ――アレを使われる隙を与えてはいけない!

 激しく剣と銃をぶつけ合う中で、キースはカイのことを案じていた――、刃がかけたりしないだろうか、もしそうだとしたら、カイは? カイは大丈夫だろうか、と――。

 ガンッ!

 キースの心に隙が生まれたことで、ギルダウスのほうが優勢となり、キースはバランスを崩した。

 ――しまった……!

 急いで飛び下がり、ギルダウスと間合いを取る。

「……驚いたな。人間だというのに、このギルダウスと渡り合うとは」

 ギルダウスの言葉を聞き、今度はキースが驚いた。

 ――相手を倒す、こんなわかりやすいチャンスはないのに!? なぜ攻撃の手を止める? まるで俺が体勢を立て直すのを待ってるみたいだ……!

「なんだよ。情けはいらねーよ。……いや、いるかな? 俺も長生きしてーし」

 ギルダウスの動きを注意深く探りながら、キースは笑った。

「……お前、今なにを考えていた……?」

「へ?」

「攻撃の勢いが、変わっていた。なにか、余計なことを考えたか」

「余計なこと? いや大事なことを考えたよ」

「自分の命か。それとも、私に戦って勝ちたいという戦士としての欲か」

「……相棒のことだよ。こんなにガンガンやって、かわいそうかなって」

「…………!」

 ギルダウスは、驚いた顔をした。

「……本当に、お前は変わっているな」

「……あんたこそ」

 ギルダウスは、銃口をキースに向けた。

「私は、情けはかけんぞ。あのおかたの邪魔になる者は潰すつもりだからな」

「うん。どうぞ」

 ドンッ!

 再び銃から衝撃が放たれた。キースはそのほんの少し前に走り出し、代わりにキースの駆け出した辺りは、銃の衝撃により大きな穴が開いた。

 ガンッ!

 ――カイ! ごめん! 集中させてな!

 キースは再びギルダウスの間合いに飛び込み、剣と銃による打ち合いとなった。

 ガンガンガンッ!

 キースは「滅悪の剣」をギルダウスの銃剣にぶつけながら、集中していた。あの、命を深く感じる瞑想の感覚を思い出していた。

 ――魔族。でも、この男も魂を、心を持つ存在――。

 脈打つ心臓を、想像した。体中を激しく駆け巡っているであろう血流を想像していた。

 ――種族は違うけれど、きっと一緒なんだ――。

 次の瞬間、キースは唐突に、宇宙を想像した。

 ――広大な、宇宙の下では、ちっぽけな二つの生命体。なぜ、こうしているのだろう。二つとも、宇宙のもとでは短くはかない命。なぜ、戦う必要が……? なぜ、殺し合う必要が……?

 どうせ、いつかは自然に死んでしまう。どうしても、必ずいつかは死ぬ。それなのに、なぜ殺し合うのだろう、とキースは思う。

 ガンガンガンッ!

 激しい攻防の中、キースはそんなことを考えていた。キースの剣の軌道は、まったくブレなかった。

 ――守りたい。大切な人たちを――! 大切な相棒を――!

 もしかしたら、ギルダウスもそうなのかもしれない。その、ギルダウスの仕えるあのおかた、とやらを守りたいだけなのかもしれない、そうキースは思った。

「はあっ!」

 ザシュウッ!

 鮮血が噴き出した。
 ギルダウス、キース、双方の胸元から。

「くうっ……!」

 地面に膝をついたのは、ほぼ同時だった。ギルダウス、キースの胸元からは、大量の血が流れ続ける。

「ギルダウス様―っ!」

 若い女性の声がした。

「……ミミア……!」

 ギルダウスが呟く。

 ――「ミミア」……? それがギルダウスの主人……?

 薄れゆく意識の中、キースはそう思った。

「……キースよ。勝負は、お預けだな……。また会おう……、そのときこそ、きっと……」

 ――また会う? 俺、ここで死ぬんじゃねーの……?

 魔界の大地に、キースの血が染み込んでいく。

 ――カイ……。ごめん……。こんなとこで一人にしちまって……。アーデルハイト、ごめん……。どうか幸せになってな……。ミハイル、宗徳、ユリエ、ええと、それから、それから、とにかく、みんな、ごめ――。

「キース!」

 魔界の赤紫の空が裂け、キースの名を呼ぶ声が響き渡った。
 ドラゴンのオレグに乗った、ミハイルだった。

「キース!」

 しかし、キースは大地に抱きしめられるように横たわり、青い瞳はもう、閉じられていた――。
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