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旅男! 作者:吉岡果音

第二章 水晶の洞窟

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アップルパイ

 遠い昔。北の神殿。

「うわあ! 北の巫女様、これ、ほんと美味しい!」

「ユリエちゃん。いっぱい食べてね。村の皆さんからリンゴをたくさんいただいちゃったから、焼いてもらったのよ」

「これ、なんていう食べ物なんですか?」

「アップルパイよ」

「アップルパイ、美味しいーっ!」

 青い空に白い雲が浮かんでいた。

「北の巫女様……。こんな平和な時間が永遠に続けばいいのに――」

 エースは、空を見上げていた。北の巫女がエースの隣に並ぶ。

「強い光の誕生の裏には、暗い影が生まれるもの――。そして、人の欲望は果てしない――。いつか、均衡を乱すその日は来る――。新たなる災厄は、人によってもたらされる――」

「でも、そのとき、きっと俺の子孫の誰かが立ち上がってくれるんですよね?」

 雲はゆっくりと流れていく。

「ええ。光ある未来を信じましょう――」

「巫女様―! エースー! アップルパイ、全部食べちゃうよー!」



 巨大な水晶が光を放つ洞窟。そこは、不思議なエネルギーで満ちていた。

「カイは、まだ目覚めてなかったんだ――。でも、今はあれからずいぶん経つし、ここにいたら絶対元気になる! だから、絶対大丈夫だわ!」

 妖精のユリエが、まるで自分に言い聞かせるように話す。カイの目覚めを心待ちにしているようだった。

「カイって、いったい誰、何者なんだ?」

 キースがユリエに尋ねた。

 ――ひいじーさんは、俺とカイが出会い、そしてカイは俺のよい相棒になると確信していた。それも手紙に書いてあった「北の巫女」とやらの予言なのだろうか?

「カイは、ずっと、そして今もキースと一緒にいるわよ――。眠っているけど」

 ユリエがにっこりと微笑んだ。

「え!?」

 キースの腰の剣が青く光っていた。

「まさか、カイって――」

 アーデルハイトが呟いた。

「アーデルハイトはわかったのね。そうよ。カイは――、そのキースの剣のことよ」

「えーっ!? カイって、この、ひいじーさんの剣のことなのかーっ!?」

 ――でも、でもひいじーさんの手紙にはカイのこと「男」って――。

「……あの戦いで、カイはすっかり消耗しちゃったの。だから、ずうっと眠り続けているの。でも、長い時が経ち、そしてここの水晶の力を吸収している今、きっとまた前のように人の姿になることができるわ」

「人の姿!? この剣――、カイは、人みたいになれるっていうのか!?」

「うん。人の姿を形作れるの。姿だけじゃない、ちゃんと意思を持ってるわ」

「そうだったの――。どうりで、魔力が入ってるっていうより、剣自体が魔力を持ってる、生きているって、そう感じたわけね……」

「えっ!? アーデルハイトはそんなふうに感じてたんだ――」

 ぱあっ!

 剣が、ひときわ大きく光り輝いた。

 ――え……!?

 キースの腰に下げられていた剣が消えた。

 ――剣が、消えた……!

 次の瞬間、驚くキースの目の前に小柄な青年が現れた。

「カイ……!」

 ユリエが叫んだ。ユリエの全身が、喜びで震えていた。

「……本当にお久しぶりですね。ユリエ。すっかり大きくなりましたね。見違えました」

 カイと呼ばれた青年が、穏やかに微笑む。

「この青年が、カイ! ひいじーさんの、剣……!」

 くすり、とカイは笑った。

「ひいおじいさんの剣、ではありませんよ。俺は、もう、あなたの物です。あなたが俺を見つけてくれたそのときから、ずっと『あなたの剣』です」

 ――あなたの、物!?

「あなたの物―っ!? な、なんか野郎に言われると変な感じだなあ!? まあ美形の兄ちゃんだけど!」

 カイは、背丈は低いが眉目秀麗、黒い髪、黒い瞳のとても美しい青年だった。大ぶりの剣の姿のときとはまったく異なる華奢な印象である。

「…………」

 カイは黙ってしまった。

「違う、違うよ! 俺はそっちの趣味はないって! だって、俺、全力で女好きだもん!」

 キースはつい勢いで、猛烈に「女好き宣言」をしてしまった。女性陣はドン引きである。

「…………」

 カイは頬を赤くし、うつむいてしまった。

「ああっ! 違うんだ! なんだこの冷ややかな空気は! 洞窟だからか! いや違う! これが現実か! 誤解しないでくれ! 俺は女たらしとかそういうんじゃなくて、女性に対して真面目で誠実なんだ! ただ俺は、ほんのりエロいだけなんだ!」

「『ほんのりエロい』ってなんなのよ」

 呆れるアーデルハイト。
 カイが、ちらりとキースを見上げる。頬は真っ赤なままだ。

「……眠っていたとはいえ、意識はちゃんと起きていました。あなたのこと、これまでのことはすべて知っています」

「あ、そうなの?」

「……エースさんのときにもお願いしたのですが」

「ん?」

「……俺を使って雑誌の袋とじを開けるのだけは、ちょっと……」

 カイはまたうつむいてしまった。

「ご、ごめん! もうしないから! もう絶対カイを変なことに使ったりしないから! 俺は今後、袋とじという袋とじはすべて手で開けます!」

 見ない、とは一言も言わない。袋とじがあったら今後も開け続ける気満々だ。

 ――だから手紙に「追伸」って――。

「ひいじーさん……」

 会ったこともないひいじいさんと自分が、時代を超えまったく同じことをしていた、キースはなんとなく感慨深くなって遠い目をしていた。

「わけのわからないところで密かに感動しないように」

 アーデルハイトがキースにチョップをお見舞いした。



「北の巫女とやらの予言っていったいなんなんだ?」

「んーとね。北の巫女は、未来、すっごい強い悪い人が出てくるから、後世の人頑張れって言っていたの」

 ユリエがとてもざっくりとした話をした。

「うん! 頑張る……って、えっ!?」

 ユリエの雑すぎる説明に、思わずキースは聞き返した。

「予言って、そんな感じ!?」

 ――なんか、想像してたのと違うーっ!

「ユリエ……。俺が説明します」

「カイ! 教えてくれ!」

「…………」

「カイ……?」

 説明する、と言っていたカイが、黙ってしまった。

「どうしたの? カイ」

 アーデルハイトがカイの異変に気付いた。

「……眠い……、です」

「ええーっ!? 眠い、ってーっ!?」

 キースとアーデルハイトが同時にツッコむ。

「はい……。すみません。ずいぶん久しぶりなもので……。ちょっと……、もう少し、だけ……、休ませてください……」

 そういうと、カイは倒れ込んだ。思わずキースがカイの体を支える。次の瞬間、カイは剣の姿に戻っていた。キースの手には、なじみの剣の感触――。

「あらららら……。剣に戻っちゃった。大丈夫……、なのかな? カイ」

「うん! カイはもう大丈夫だよ! ちょっと休めばまた元気になるよ!」

 ユリエが元気に答えた。

 ――カイ……。ただの剣じゃなかったんだ。ずっと、俺と一緒にいてくれたんだ――。なんか、話ができて嬉しいな! なるほど、「よい相棒」か……。俺の、相棒!

 キースはカイに微笑みかける。

「カイ。今までありがとう。これからもよろしくな!」

 キースに返事をするように、カイがほんの少し光を放った。

「ユリエちゃん、予言について、私たちにもっと教えて」

 アーデルハイトがユリエに優しく問いかけた。

「予言の悪い人って、どんな人なの?」

「魔法使いなの。すごく強い魔法使いが、ノースカンザーランドの魔法の杖を狙ってやってくるんだって」

「えっ……!」

 アーデルハイトの顔色が変わった。

「アーデルハイト? どうした?」

 キースがアーデルハイトの顔を覗き込む。

「す……すごく強い魔法使いって……。ノースカンザーランドの魔法の杖って……」

 アーデルハイトの体がかすかに震えていた。

「どうしたんだ? なにか心当たりでも……?」

「ユリエちゃん……。詳しく教えて……」

 アーデルハイトの声が、少しかすれていた。

「うん! わかった! 詳しく話すね! あのね、北の巫女はね、アーデルハイトみたいに美人なんだ!」

「ん?」

 キースの思考が一瞬止まる。

「北の巫女は果物が大好きなんだよ! 特にリンゴが大好きなんだ。北の神殿でもらったアップルパイ、美味しかったなあー! 懐かしいなあー」

 固まるキースとアーデルハイトをよそに、ユリエは楽しそうに話す。

「アップルパイをみんなで食べたんだ。あんまり美味しくて、エースはおかわりしてたよ!」

「ユリエ……。アップルパイの話はいいから、予言についてもっと詳しく教えてくれ」

「え? アップルパイの話はいいの?」

 ユリエが意外、というような声を上げる。

「うん。アップルパイの話はいいよ」

「アップルパイ、すごい美味しいんだよ」

「ユリエはアップルパイが大好きなんだね」

「うん! 私はアップルパイが大好きよ!」

「そうか。アップルパイの話はおいおい聴くよ。だから予言について詳しく……」

「アップルパイ……。キースは食べたことあるの?」

「ないよ。アップルパイは」

「そう……」

 ユリエが少し悲しそうな顔をした。

「アップルパイ……」

「予言について……」

「…………」

「…………」

 キースは、なにかをあきらめたようにそっとため息をついた。

「……アップルパイの話、教えて」

「キース!」

 アーデルハイトが思わず声を上げた。でも、アーデルハイトもユリエの顔を見ていたら、なんだか笑顔になってしまった。

「アップルパイについて、詳しく教えるね!」

 ユリエの顔が明るく輝いた。
 アップルパイの話は、それから一時間ほど続いた。



「なんか俺たち……。アップルパイについて異様に詳しくなってしまったな……」

「ええ……。アップルパイについてだけは、よーくわかったわ……」

 キースとアーデルハイトは、アップルパイレベルが百レベル上がった気がした――。なんだろう、「アップルパイレベル」って――。



 カイは眠りの中で、今は亡き、かつての自分の主人に語りかけていた。

「エースさん。彼は、あなたが思い描いていた以上の素晴らしい勇者ですよ。彼にお仕えできること、誇りに思います。あなたの望んでいた未来を、きっと彼は創り出してくれるはずです――」

 それから、カイは遠いあの日のことを思い出していた――。戦いの後、帰国の途に就く前、すっかり消耗して自分は眠っていたけれど、覚えている――。神殿中に満ちるアップルパイの焼けるよい香り、あたたかい日差し、皆の笑い声――。
 あの穏やかに流れる豊かなひとときを――。
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