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旅男! 作者:吉岡果音

第九章 白く輝く季節へ

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星空の下を歩く。二人で。

 一同は、今晩泊まる宿屋を探していた。
 夕暮れに染まる石畳の道を歩く。
 冷たい風が、金色の落ち葉を舞い上げた。

 こつん。

 アーデルハイトの肩が、キースの腕に触れる。

「ん?」

 キースが、隣に並んで歩くアーデルハイトを見る。
 アーデルハイトは、頬を染めながら上目遣いにキースを見つめていた。

 手を繋ぎたいな。

 アーデルハイトの瞳は、そう訴えていた。

「なんだ? トイレか?」

 ばしっ!

 見当はずれのことを言うキースの腕を、思わず叩くアーデルハイト。

「なっ!? なんで、叩く!? ああそうか! 大のほうか!」

 ばしーん!

 さらにキツイ張り手が飛んだ。

「違うっ!」

 ぷいっと顔をそむけるアーデルハイト。

「な、なんだ? 違うのか!?」

 ――トイレ大小どちらも違う、でも恥ずかしそうな顔で、アーデルハイトはなにかを俺に訴えている――。

 キースは考え込んだ。

 ――腹が減ったのだろうか。

 でも、たぶんそれも違うだろうなあと思った。それならそうと、アーデルハイトなら恥ずかしがらず普通に話してくるはずだ、とキースは思う。
 キースは、まず冷静に状況を分析することから始めようと思う。状況としては、今は夕方。宿屋探し。前を歩くのはミハイルと宗徳、そして後ろにカイとユリエ。
 今、キースとアーデルハイトの二人が並んで歩いている。冷たい風が吹いて、ちょっと寒くなってきた――。

 ――これは……、賭けだな。俺の予想は間違っているかもしれない。しかし、やってみる価値はある――!

 ぎゅっ。

 キースは思い切ってアーデルハイトの手を握ってみた。

 ――どうだ!? 正解か!?

 アーデルハイトはキースの瞳を見つめ、恥ずかしそうに微笑んだ。

「あ、当たった……! 俺は……、俺は、賭けに勝ったんだ……! やったあああああ!」

 ばしっ。

「そんなに難問ですか」

 二人の様子を見ていたカイが、たまらずキースの頭を叩いてツッコミを入れた。



 無事、今晩泊まる宿が見つかった。
 ペガサスのルークたちを宿屋の厩舎に預け、夕食を食べに行こうということになった。

「キース。アーデルハイトさん。お二人で食事に行ったらいかがです?」

 ミハイルが提案した。

「えっ……!」

 キースとアーデルハイトは頬を赤くし、顔を見合わせた。

「うん! それいい考えだね! やっぱ、二人の時間もないとね!」

 妖精のユリエが、ウインクする。

「俺は、剣の姿に戻りますね。俺のことは気にしないでください。寝てますから」

 そう告げるやいなや、カイは剣の姿になり、キースの腰に納まる。

「じゃあ、二人でゆっくりしてきてくれ。俺たちは、飯を食ったら先に宿屋に戻るから」

 宗徳が微笑む。ミハイル、宗徳、ユリエは手を振って、さっさと通りの反対側のほうへ行ってしまった。

「えーと……」

 残された、キースとアーデルハイト。

「じゃ、じゃあ、俺たちも飯屋を探すかっ!」

 キースが明るく叫ぶ。

「うん……!」

 また、手を繋いだ。今度は、自然にそうした。

「アーデルハイトは、なにが食べたい?」

 そう聞いてから、キースはハッとする。

 ――そういえば、俺はアーデルハイトの好きな食べものもなにも知らない――。

 なにが好きで、なにが嫌いか。好きな季節は、好きな色は? 趣味はなにか、どういう時間の過ごしかたを好むのか――、お互い、知らないことだらけだ、と思った。

「俺……。そういえば、アーデルハイトの好きな食べものも知らない。アーデルハイトのこと、知っているようで知らないことばかりなんだ――」

 キースは、今思ったことを正直に伝えた。

「そう?」

 アーデルハイトは、キースの瞳を見つめ、微笑んだ。

「私のこと、知りたい?」

 アーデルハイトは悪戯っぽく笑った。

「うん。知りたい」

 キースは素直にうなづく。

「じゃあ、私から目を離さないで!」

「ん!?」

「全部は教えてあげないよ! 私のこと、ちゃんと自分で見て感じて――!」 

「んんん!?」

 アーデルハイトは、キースにそっと体を寄せた。

「私も、キースから目を離さないから。キースのこと、もっともっとわかるよう頑張っちゃうんだから……!」

 キースは、照れくさそうに笑った。

「……頑張らなくていいよ」

 キースは呟く。

「俺は、単純だからなあ」

「確かに!」

 アーデルハイトは、くすっと笑う。

「俺は、自分の思いや気持ちはなるべくきちんと伝えようと思う。だから、アーデルハイトも俺に伝えてくれ。努力とか、しなくていいよ。お互い、自然に寄り添っていけたら、と思う」

「うん……! そうだね……!」

 自然に二人は腕を組んでいた。キースはアーデルハイトの歩調に合わせて歩く。ちょっとぎこちない。でも、それでいいと思う。

 ――少しずつ、少しずつ、お互い分かり合うことが出来ればいい――。

 町は、優しい灯りを灯し始めた。



 キースとアーデルハイトは、レンガ造りの雰囲気のあるレストランに入ることにした。
 二人は、革張りのメニューを手にし、注文を考える。

『初心者コース』

『中級者コース』

『上級者コース』

「なんだろう。このコース料理……」

 単品の料理は、ステーキやハンバーグ、パスタなど、ごく普通の料理だった。なぜか、コースメニューだけ奇妙だった。

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 ウェイトレスが微笑みながら尋ねる。

「……この、『初心者コース』ってなんなんですか?」

 キースは、ウェイトレスに尋ねてみた。

「初心者のコースでございます」

 にっこり微笑むウェイトレス。

「なんの?」

「料理人の種別でございます」

「料理人の種別?」

 不思議そうな顔をするキースとアーデルハイトを見て、ウェイトレスが言葉を付け足す。

「料理人が、初級者と中級者、上級者といるのです」

「料理人の腕前の話だったんだ!」

「『新米料理人』が初心者コース、『玄米料理人』が中級者コース、『古代米料理人』が上級者コースを担当しております」

「新米、玄米、古代米!? なんだその『米シリーズ』!」

 新米料理人が新人料理人、玄米料理人が玄人料理人――、ベテラン中のベテランという意味らしい。そして、古代米料理人がこの店一番の腕前の料理人ということだった。価格設定も、初心者コースは格安、中級者コースはまあまあの価格、上級者コースが結構なお値段というもの。

「コース料理、気になるわね」

「なんか、初心者コースが、とっても気になってきた」

 キースとアーデルハイトは、謎すぎるコース料理を頼みたい気分になっていた。

「ちなみにですが、普通の単品料理は、普通の料理人が担当しております」

「『米シリーズ』じゃないんだ!」

 単品料理は、魅惑の「米シリーズ」ではなかった。「普通」の定義も気になるところだが。

「やっぱり気になるな……。『米シリーズ』! 俺は、初心者コースをお願いしようっと!」

「初心者コース!? キース、攻める姿勢ね! ええと。じゃあ、私は無難に中級者コースでお願いします」

「かしこまりました」

 いったいどんな料理なのか、どきどきしながら二人は待つ。

「アーデルハイトの好きな食べものって、なに?」

 料理を待っている間、キースが尋ねる。

「私、パスタが大好き! あと、甘いものも大好き!」

「甘いパスタか」

「違うわよ! パスタと甘いものは別!」

「甘いものは別腹って言うもんなあ」

「違うっつーの」

 なんだか嚙み合わない会話をしているうちに、料理が運ばれてきた。

「前菜でございます。こちらが、初心者コースの『油まみれのぶつ切り肉』、こちらが中級者コースの『カルパッチョ』です」

「油まみれのぶつ切り肉!?」

 出だしから、ぶっちぎりの差があった。

「美味しいわ」

 アーデルハイトが、カルパッチョを一口食べて微笑む。

「んー。斬新だねえ」

 味は、まずくはなかった。やはり新米とはいえ、一応プロである。

「初心者コースのサラダ、『素潜り左衛門のシーザーサラダ』、中級者コースのサラダ『スモークサーモンのシーザーサラダ』でございます」

「素潜り左衛門のシーザーサラダ!?」

 素潜りの左衛門さんのシーザーサラダらしい。スモークサーモンは乗っていなかった。

「初心者コースの『トウモロコシ汁』、中級者コースの『コーンポタージュスープ』でございます」

 出てくる料理すべてにはっきりとした差があった。アーデルハイトは笑顔でナイフとフォークを操り、キースは謎料理と格闘しながら食べた。特に、メインディッシュの肉料理の初心者コースは、固くて噛みちぎれない肉の塊で、野生の本能が目覚めるような奮闘を要求された。

「ああ! 美味しかった! 素敵なお料理だったわ!」

 アーデルハイトは優雅な気分で店を出る。頬は上気し、瞳はうっとりと輝く。

「なかなかの戦いだったな……」

 キースは謎の達成感に包まれていた。ただ食事をしただけなのに、突きつけられた挑戦に勝利したような高揚感。

「綺麗な星空ね……」

 アーデルハイトは夜空を見上げる。少し、吐く息が白い。

「アーデルハイトは、星座とかわかる?」

「うん。魔法学校で習ったわ。星の配置を知るのも重要なことよ」

「そっかあ……。方角を知るくらいしか、俺はわからん」

「旅をしているとき、方角がわかれば充分だわ」

「星座にはそれぞれ物語があるんだろう? ロマンチックだよな」

「ええ。色々な伝説や物語があるわ」

 二人は星を眺めながら歩いた。手はしっかりと繋ぎ合っている。
 いつしか歩調も自然に合っていた。

 ――進む方角は、合っている。

 手のひらに感じる確かなぬくもり。

 ――俺たちには、いったいどんな物語があるんだろう……?

 きらめく星々。

「あっ! あれは、正座よ!」

「ほんとだ。ちゃんと座ってるねえ」

 とてもユニークな物語に違いない。
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