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旅男! 作者:吉岡果音

第九章 白く輝く季節へ

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靴屋と妖精

「防寒ブーツも買っておいたほうがいいな」 

 通りを挟んだ向こう側に靴屋の看板があった。木の看板が、靴の形になっていたので、遠目でもすぐ靴屋だとわかる。一同は、その店に立ち寄ることにした。

『本日臨時休業』

「えっ。臨時休業なんだ!」

 店のガラスドアに張り紙があった。一同はぼんやりドアの前に立つ。

「仕方ないなあ。他を探すか……」

 ガチャ。

「ん?」

 店の中の女性が、ドアを開けた。その女性の瞳は、キースの肩の上にちょこんと座っている妖精のユリエを見つめていた。

「今日は休業なんですか?」

 アーデルハイトが女性に尋ねた。

「はい……。困ったことに、営業出来ない状態になりまして……。あのう……。そ、その肩に乗っているのは、もしかして――」

 女性は、怪訝そうな顔でユリエを見つめる。

「えっ。妖精ですけど、それがなにか……? 営業出来ない状態……? あっ……!」

 キースが、店の中の様子を見て、驚きの声を上げた。
 店内の商品が、おかしな陳列になっていた。靴が整然と並べられている。並べられてはいるのだが、すべて綺麗に――、すべて綺麗に、違う靴同士が揃えて並べられていた。

「な、なんで全部違う靴同士がセットで陳列されてるんだ!?」

 奇妙な光景だった。右足のブーツの隣にあるのは、左足のサンダル。右足のハイヒールの隣に、左足の長靴……。めちゃくちゃな組み合わせのくせに、きちんと揃えられている。

「……朝、店に来たらこうなっていたのです……。たぶん、妖精のイタズラなんじゃないかと……」

「それで臨時休業……、んっ!? 妖精!? ユリエは犯人じゃないぞ!」

 さきほどから、女性がユリエを見ていたのはユリエを疑っていたためか、と一同は気付いた。

「あっ……! 大変失礼しました! 大変申し訳ありません! そ、そんな、疑う気持ちでは……!」

 思いっきり疑惑の目で見ていたが、女性は大げさに手を振って否定してから、頭を下げ謝ってくれた。

「いや、こんな状況の中、すぐに妖精が店の前に現れたら、そう思うのはしょうがないよ。それより――、これは大変だね。直すの手伝うよ。すべて元通りに並べたら、店を開けてくれるか? 俺たち、北に旅している途中で、防寒靴を探してるんだ」

「どうも大変失礼しました」

 店の奥から、店長とおぼしき人物と、若い男性店員が現れた。靴を戻す作業をしていたようだ。

「本当に、困ったことになりまして――、お客様、私どものお手伝いをしてくださるというのですか……?」

 おそるおそる尋ねる店長に、一同、笑顔でうなづいた。

「この店の靴は素敵な品ばかりね。これもなにかの縁だと思うから、どうか私たちに手伝わせて」

 アーデルハイトが優しく微笑む。

「イタズラ妖精、ひどいなあ! 同じ妖精として許せんーっ!」

 ユリエが腰に手を当て憤慨する。

「そういえば、犯人が妖精っていう確証はあるのか?」

 キースが店長に尋ねた。

「わ、私どもの推測なのですが……、妖精さんは、こういう意味不明なイタズラが好きなんじゃないかなあと思って……。いえ、みんながみんなそうとは思いませんけれども!」

 店長は、申し訳なさそうに、ちらちらユリエを見ながら答えた。

「うーん。そうだねえ。確かに、こーゆーこと好きなやつ、いるんだよねえ」

 ユリエがため息をつき、そう呟く。

「とりあえず、直しましょう」

 ミハイルが、靴に手を伸ばした。

「あっ! 待って!」

 ユリエが声を上げた。

「いい魔法があるの!」

「えっ……! ユリエちゃん、大丈夫!?」

 ユリエの魔法の、「未熟者オプション」の被害にあったアーデルハイトは、思わず声を上げた。

「大丈夫、大丈夫! そのイタズラ妖精も魔法でやったんだろうから、私の魔法で直せるよ!」

 大丈夫だろうか――。

 不安が拭えないアーデルハイトは、ちょっと考え、自分の魔法の知識を振り返る。すぐにこの状況を直せる魔法は、思いつかなかった。
 ユリエが深呼吸をし、呪文を唱えた。

「クツサンクツサン、ウンメイノアイテドウシニクッツキナサイナーッ! クツナダケニクッツクーッ!」

 靴さん靴さん、運命の相手同士にくっつきなさいなーっ! 靴なだけに、くっつくーっ……?

 ゴゴゴゴゴ……。

 靴が、動き出した。

「す、すごい! 靴が動いたわ! 元通りの組み合わせになるのね!」

 店員の女性が、顔を輝かせ感嘆の声を上げる。

 ピタッ。

「あれ……?」

 靴は、ちょっと動いただけだった。しかし、まったく変化はなかった。

「変わんないな……」

「なんでだろう……。呪文は間違ってないはずなのに、元通りの組み合わせに戻らないなんて……。あっ……!」

 ユリエは大切なことに気付いた。

「そうか! イタズラ妖精は、同じような魔法を使ったんだ!」

「同じような魔法……?」

「うん! イタズラ妖精は、靴を恋する相手同士にくっつけたんだ!」

「ええーっ!?」

 思わず、皆叫んだ。

「も、もしかして、それって、この靴同士が好き同士、ハイヒールと長靴が恋してるってこと!?」

「うん……」

「ええーっ!?」

 靴同士が、自由恋愛で勝手に組み合わせを作ってしまったのだ。

「あっ! あの靴たち、見て!」

 二足並んだ先に、一足の靴。きっと、三角関係、「ちょっと待ったーっ!」という構図なのだろう。一足の靴に、二足が告白している状態のようだ。

「ってことは……、あっ。あぶれている靴もあるなあ……」

 二足どころか、四足に言い寄られているモテモテの靴もあった。あぶれている靴同士がくっつくかと思えば、そうでもない。人間と同じように、フリーなら誰でもいいというわけではなさそうだ。

「うーん。サイズもバラバラだし、よく見れば、右足同士の恋愛もある。恋の形も様々だなあ……」

 見れば見るほど、大変な状況だった。直すのは相当根気がいりそうだ。それに、なんだか好きなもの同士を離すのもかわいそうな気もしてきた。

「どうしよう……。靴が自分で相手を見つけちゃったんだ……」

 形の違う靴が、寄り添うようにぴったりと並ぶ姿。見れば見るほどいじらしく思えてくる。

「これでは、商売が……」

 店長の落胆の声に、一同現実に戻る。

 靴の恋愛に、感情移入してる場合じゃない……!

「靴に、感情を持たせてしまったからいけないのよ! まずは靴を本来の靴に戻さないと……!」

 アーデルハイトが、叫んだ。そして、元に戻すための魔法を急いで考えた。

 まずは、魂抜きか……!

 靴が持ってしまった感情、魂を抜くことが先決と思った。

「でも、これって人の意識じゃないのよね……。魔法によって形作られた靴の魂、私に導くことが出来るかしら……」

 話が通じた数寄子のケースとは違う。アーデルハイトは、自分の魔力で出来るかどうか、自信がなかった。

「魂抜きなら、僕が出来ます」

 ミハイルが名乗り出た。ミハイルは、手を合わせ、精神を集中する。

「靴に宿ってしまった魂よ……! 天へと帰り給え! すべてが完成された世界へと戻るのです……! そして、汝らの想いは成就し、永遠の平安へと導かれん……!」

 ぶわっ!

 靴の一足一足から、金色の光が放たれた。そして光はまっすぐ上へと昇る。上へ、上へ、天井を突き抜け――、天へと昇って行った。

「うわあ……。すごいな……!」

 きらきらと、辺りは金粉のような光に包まれていた。それも次第に消えていき、気が付くと、普通の空気に戻る。静かな店内の雰囲気に戻った。

「それじゃあ、まず魔法で同じ種類の靴を集めましょうか」

 一つずつ段階を踏むなら、自分の魔法でも出来る、とアーデルハイトは思った。アーデルハイトは呪文を唱え、見事靴を種類別にまとめた。

「じゃあ、その中で、サイズ別にして、それから左右に分けて――」

 魔法の力で、あっという間にサイズ別にし、左右に分けた。それからは、人海戦術で靴を揃え、陳列していく。皆てきぱき動いたが、それでも結構な時間がかかり、あっという間に夕方になってしまった。

「いやあ。本当にお世話になりました。大変助かりました」

 店長と女性店員と若い男性店員は、深々とお辞儀をした。

「あのう……」

 物陰から、小さななにかが、おずおずと現れた。

「あっ……!」

 幼い妖精の女の子だった。小さな羽を震わせ、今にも泣きだしそうな顔をしている。

「ごめんなさい……。私……」

 妖精の女の子は、小さな声で謝った。声も震えている。この妖精の女の子が、犯人だったのだ。

「この……!」

 血気盛んな若い男性店員が、妖精の女の子に向かって拳を固めた。

「まあ、いいじゃないか!」

 殴りかかろうとする男性店員の腕を素早く掴み、キースが止めた。

「でも! こいつのせいで……!」

「もう、普通の店の状態になったし、この子も反省してるみたいだし、いいじゃないか! どうか、俺たちに免じて許してやってくれ」

「ごめんなさい……」

 妖精の女の子の瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれる。

「……どうしてこんなイタズラをしたんだ?」

 キースは優しく妖精の女の子に尋ねる。

「綺麗に靴が並んでて……、でも、もし靴に気持ちがあったら、どんなふうに並ぶんだろうって思って……」

 妖精の女の子が泣きじゃくる。

「こんな、大変なことになるとは思わなくて……」

 キースがため息をついてから、妖精の女の子に穏やかな声で話しかけた。

「みんな一生懸命働いているんだよ。この靴は、この店の大切な商品なんだよ。この靴を無事お客様に届けたいというお店の人たちの想いと、自分に合った靴を買いたいと思う俺たちの想いを台無しにしてはいけないよ。もう、こんなイタズラしちゃだめだよ。それに――、靴だって、かわいそうじゃないか。勝手に感情を持たせたりして。靴は靴として作られているんだ。それを責任も取れないのに、運命を、靴の持つ使命を、気まぐれに変えてしまってはだめだよ」

 靴だって、かわいそうじゃないか。靴は靴として作られているんだ。

 カイは、キースの言葉を複雑な思いで聞いていた。

 感情を持った剣――。俺は――。

 人間でもなく、剣でもない自分。カイはふと思う。

 異質な存在である俺は、果たしてこの世界に存在していいのだろうか――。

 キースが突然、くるっとカイのほうを振り返った。そして叫ぶ。

「カイは、俺が責任を持って幸せにするからいいんだよ!」

 えっ……。

 事情を知らない店の人々と女の子の妖精は、一瞬で引いた。なんだこの男たちは――。まるで、結婚を宣言しているようである。

「キ、キース……」

 カイは戸惑う。俺の気持ちを読まれたのだろうか――?

「だから、カイは変なこと考えるなよ! 靴は靴、剣は剣! そして、カイはカイなんだからな! 魂持ってるからって、天に帰る必要なし!」

「……いつかは帰りますよ。たぶん」

「俺らのいる間は帰るな! 少なくとも、俺がいるうちは、ちゃんとこの世にいなさい! お前は、俺の大切な相棒なんだからな!」

「…………」

 超鈍感なくせに、妙なところが鋭いんだよなあ、とカイは苦笑する。

「カイさん。あの靴たちの魂と、あなたの魂はまったく違いますよ。あの靴たちは、非常にシンプルな構造の作られたものです。カイさんは、僕たちと同じです。取って付けられたような魔法のものとは違います。あなたの魂は、ちゃんと息づいています。あなたは、人間と同じ魂を持っているのですよ。どんな高名な退魔士でも僧侶でも、あなたを魂抜きすることは出来ません。生きている人間に対して魂抜きが出来ないように」

 店員たちには聞こえないような声で、ミハイルがカイに囁く。

「ミハイルさん――」

「キースが言うように、カイさんはカイさんです!」

 そう言って、ミハイルはにっこりと笑った。

「さあ! 防寒靴、買うぞー!」

 キースが、皆の気持ちを切り替えるように明るく叫ぶ。

「ありがとうございます! お礼に、しっかり値引きさせていただきます」

 店長が、笑顔で安売り宣言をした。

「いいよ、いいよ! その代わり、この妖精の女の子を許してやってくれ」

「え……」

「みんなで防寒靴買うからさ。この子は許してやって」

「本当に、ありがとうございます……!」

 店の人々も、妖精の女の子も礼を述べた。いたく感激しながら――。
 それぞれ、もう気に入った靴を見つけていた。靴を並べながら、密かにどの靴がいいか見定めていたのだ。

「いい買い物が出来たな――!」

「この店でお買い物が出来て、本当によかったわね……!」

 通りに出ると、先ほどの妖精の女の子が目の前に来た。

「あのっ……! 本当にごめんなさい……! お母さんが、これを持っていきなさいって……」

 妖精の女の子が、ユリエにブーツを差し出す。

「ええっ!? いいの!? これ!?」

「うん! お母さんが、せめておわびに妖精のおねえさんに持っていきなさいって……」

 赤くかわいいブーツだった。ふわふわとしたファーも付いている。

「わあ! サイズもぴったりだ! ありがとう! 助かっちゃった!」

「靴屋さんには、お父さんとお母さんがお店にお詫びの魔法をかけるんだって」

「お詫びの魔法……?」

「うん! 商売繁盛、千客万来の魔法だって!」

 そう言って、妖精の女の子は顔を輝かせた。とてもチャーミングな笑顔。

「チビちゃんは、泣き顔より笑顔がとっても似合うよ! イタズラは、自分の心も傷つけちゃうんだから、いい子で笑顔でな……!」

 キースは、優しく妖精の女の子の頭を撫でてあげた。

「うん……!」



 靴屋は、妖精の夫婦のおかげで商売繁盛、千客万来の店になった。
 大忙しで、今日も休まず営業している。
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