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旅男! 作者:吉岡果音

第八章 実りの季節

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いちゃいちゃ推進デー

 日の出前、アーデルハイトはテントの中で目を覚ます。

 ああっ! しまった――!

 アーデルハイトは、独り残念に思う。

 キースに甘えそびれたーっ!

 ついうっかり、昨日は普通の一日を過ごしてしまった。
 自分のテントに黒ウサギが来てくれて、つい嬉しくて、黒ウサギと遊んでから普通に就寝してしまった。

 夜! 夜は二人きりで過ごせるチャンスなのに! これじゃあ、今までと変わらないじゃないーっ!

 アーデルハイトは、ころんと寝返りを打つ。

 あーあ。もっと、いちゃいちゃしたいなあー。

 キースの自分への接しかたも、今までとあまり変わりがない。

 移動中や、みんなと一緒のときはしょうがない。でも、でも、もうちょっとなんか……。

 もっと、恋人同士らしい時間を過ごしたい。アーデルハイトは隣で眠っている黒ウサギを手元に引き寄せた。

 ぎゅうっ。

 アーデルハイトは黒ウサギを抱きしめる。

 ぐえっ!?

 寝ているところをいきなり抱きしめられ、黒ウサギはジタバタする。

 今日は! 今日こそは、もうちょっと頑張ろう!

 アーデルハイトは密かに誓う。もうちょっと、これから始まる今日という日をきらきらした特別な日にしよう、と。
 黒ウサギはアーデルハイトの腕の中でもがく。そんなことはおかまいなしに、アーデルハイトは夢見る乙女のように瞳を輝かせる。

 今日は、いちゃいちゃ推進デー!

 勝手に決めた。本日は、「いちゃいちゃ推進デー」らしい。



「朝だよー! 起きようー!」

 妖精のユリエが、アーデルハイトの肩を揺らす。

「えっ!?」

 アーデルハイトが目を覚ます。さっき、早く目が覚めすぎて、黒ウサギをしっかり抱きしめながら二度寝してしまっていたのだ。

「あれっ!? 私、寝てたの……!?」

「うん! 寝てた、寝てた。アーデルハイト、全然起きないんだもんー」

 えええーっ!

 黒ウサギを放り出し、アーデルハイトは素早く身支度を整え外に出る。

「おはようございます」

 早起きしていたミハイルが、皆の朝食の準備をしていた。ミハイルがかき回している鍋は、森で採った野草たっぷりのスープだった。

「おはよう、ミハイル! ごめん! 寝坊しちゃった!」

「アーデルハイトさん、大丈夫です。僕が早起きしすぎただけですから」

 ミハイルの爽やかな笑顔が眩しい。スープの美味しそうな香りが辺り一面漂う。

 ミハイル、女子力高すぎだよー!

「ミハイル……、キースたちは……?」

 もしかして、もうとっくに起きたのだろうか。自分が一番遅く起きたのだろうか。

「キースとカイさん、宗徳さんは、それぞれ森の奥に行きました。なにか体を動かしたいみたいですよ」

「ああ……。そう……。みんなとっくに起きてたのね」

 なんとなく、アーデルハイトは決まりが悪い。

「そろそろ、朝ごはんにしますか! 僕、宗徳さんを呼んできます。アーデルハイトさんは、キースとカイさんを呼んできてください」

 宗徳は西のほう、キースとカイは東のほうへ行ったらしい。

「うん。わかった! 私、キースとカイを呼びに行くね!」

「私、鍋を見てるねー!」

 ユリエが火の番をすることになった。ついでにこっそり味見という名の盗み食いをするつもりである。



 木々の間に朝日が差し込む。ひんやりとした空気が心地よい。アーデルハイトは、赤や黄色の落ち葉を踏みしめながら歩く。色とりどりの自然の絨毯である。

「キースーッ! カイーッ! ごはん、出来たんだってーっ!」

 ガサガサッ!

「きゃっ!?」

 目の前に、キースが逆さまになって現れた。木の枝に足だけをひっかけてぶら下がっているのである。

「おはよー、アーデルハイト! いい朝だねー!」

 ガサガサッ!

「きゃっ!?」

 落ち葉の吹き溜まりになったようなところから、カイが現れた。落ち葉の中に隠れていたらしい。

「おはようございます。アーデルハイトさん。気持ちのいい朝です」

 二人とも、あまり気持ちのよい登場方法ではない。

「なっ、なにをやってたの!? 二人とも!?」

 キースが枝で一回転をしてから地面に降りる。

「朝のトレーニングをしてたんだ! カイにも付き合ってもらってた」

  いったい、どんなトレーニングをしてたんだ、とアーデルハイトは思ったが、そこは追究しないでおこうと思った。

「昨日は眠れた?」

 キースが笑顔でアーデルハイトに尋ねる。

「う、うん。眠れたよ。眠れ過ぎて、つい寝坊しちゃった……」

 恥ずかしそうにアーデルハイトは答える。

 いちゃいちゃ推進デーのはずなのに、出だしからなんだか失敗だよ……。

 アーデルハイトは、一人ため息をつく。

「眠れたならよかった! ああ、そうだ! さっき、リスの一家に会ったよ! いっぱいどんぐりを集めてたよ」

 キースは、アーデルハイトのかすかなため息にまったく気付いていない。

「そ、そう……。それはよかった!」

 アーデルハイトは笑ってみせた。それから、ふと思う。 今、森の中にはキースとカイと自分の三人だけ。もしかしたら、今がいちゃいちゃ出来るチャンスなのではないか――、そんな考えが浮かんできた。

「カイー。お前葉っぱだらけだぞー」

 カイの頭や体には、落ち葉がたくさんついていた。キースは笑いながら、カイの頭や体についた葉っぱをはらってあげる。

「ありがとうございま……」

 カイがお礼を言い終わらないうちに、キースはカイの頭をめちゃくちゃに撫で、髪をぐしゃぐしゃにする。

「もー! キースはなにするんですかーっ!」

「ははははは! スキありーっ!」

「もーっ! さっき言ったお礼、取り消します!」

 アーデルハイトは、キースとカイのやり取りをぼんやり見つめる。

 ああ……! いいかも……。 髪を触ったりして……。これもある種の「いちゃいちゃ」だ――!

 自分がされたら絶対怒るだろうが、とりあえず、アーデルハイトには、カイがうらやましく思えた。

 私も、葉っぱでも載せてみる……?

 いやいや、とアーデルハイトは首を振る。まるでそれじゃばかみたいだ、と思う。
 キースとカイは、落ち葉をかけあって遊んでいる。二人とも、葉っぱだらけだ。

「くらえーっ!」

「やりましたねーっ!」

 落ち葉をかき集めては、ぶつけ合う。まるで子どもみたいなふざけ合い。

「……じゃなくてっ! 二人とも、ふざけてる場合じゃないわよっ! みんな待ってると思うから、戻ろうっ! ごはんよっ!」

「……はーい」

 仲良く揃って返事をする。仕掛けたのはキースだが、カイもつい夢中になっていた。キースとカイは、それぞれ自分の体の葉っぱを落としながら、ちょっぴり悪ふざけが過ぎたと反省している様子。

 これじゃ、お母さんみたいだ……。

 アーデルハイトは、朝の誓いからどんどん遠のく現実に落胆する。「きらきらした恋人同士らしい一日」とはとても思えない一日の始まりである。

 まあ、キースの、そーゆー子どもっぽいところも含めて好きになったんだから、しょうがないよね。

 アーデルハイトは苦笑する。

 自分だけ、急いで空回りしてもしょうがない。キースはキースだし、私は私。二人で一緒にいられる一瞬一瞬を、大切に出来たら、それでいいよね――。

 他の恋人たちみたいにいかなくてもいい、誰もが胸をときめかすような恋愛にならなくてもいい、二人なりの、二人だけの関係を大切に築き上げていこう、アーデルハイトはそう思った。

「ああっ!?」

 キースが変な声を上げた。前のほうを指差している。

「どうしたんです? キース」

 カイが尋ねる。カイもアーデルハイトも、キースの指差す先を見た。

「ああっ!」

 カイもアーデルハイトも思わず叫んだ。キースが指差す先にいたのは――。
 頭に葉っぱを載せた――、アーデルハイトだった。

「アーデルハイト!?」

 キースが叫ぶ。

「私!?」

 アーデルハイトも叫んだ。

「アーデルハイトさんが……、二人……!」

 カイも叫んだ。

「……私! ア、アーデルハイト!」

 頭に葉っぱを載せたアーデルハイトも、叫んだ。

 ちょろん。

 ん……!?

 葉っぱを載せたアーデルハイトのお尻から、太い黄金色の尻尾が現れた。

 キツネだ……!

 キツネの尻尾だった。
 ここは、アーデルハイトの張った結界からは外れているので、お肉大好きなキツネも入ってこられるようだ。
 キースは、くすっと笑った。

「……アーデルハイト」

 キースは、キツネのアーデルハイトに話しかける。

「はい!」

 キツネは、「アーデルハイト」と呼ばれ、嬉しそうに顔を輝かせた。変身がうまくいったのだと思い、嬉しかったようだ。

「……頭に、葉っぱがついてるよ」

 キースは、優しくそう言いながら、キツネの葉っぱを、そうっとはらった。

「こーん!」

 たちまち、キツネに戻った。子ギツネだった。

「ははは! うまいもんだねえ! まるで瓜二つだったよ!」

「こ……ん……?」

 子ギツネは、不思議そうな顔でキースを見つめる。正体がばれて、怒られる、と思ったのだ。しかし、目の前の人間は、優しそうな瞳で自分を見つめている。

「でも、人間相手に化けるのはやめておきなよ。人間をだますと、ひどい目に合うからね」

 キースは子ギツネの頭を撫でる。

「じゃあね。元気でな! 天才キツネさん! アーデルハイトは美人だから、化け甲斐があっただろー?」

 アーデルハイトは、赤面した。

 もう! キースったら……!

 はらり。

 一枚、黄金色の葉が枝から舞い降りる。黄金色の葉は、アーデルハイトの頭の上に落ちた。

「こっちのアーデルハイトは、なにに化けるのかな……?」

 笑いながら、キースはアーデルハイトの頭の上の葉を取ってあげた。

「……化けたりなんか……しないもん」

 アーデルハイトは、キースの腕に自分の腕をからめた。

 しいていえば、「かわいい恋人」に化ける……かな?

 キースはちょっとびっくりした顔になったが、急いで動揺してないふりをした。俺たちは、恋人同士だから当然なんです、これが自然なんです、という顔をした。どきどきして、頬がまっ赤のは隠せないが――。
 カイは二人の様子を見て、くすりと笑う。

「さっ! 戻ろっ!」

 朝日がきらきらしていた。

 やっぱり今日は、いちゃいちゃ推進デー!

「ふふふ!」

 アーデルハイトは、いたずらっぽく笑った。
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