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旅男! 作者:吉岡果音

第八章 実りの季節

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黒ウサギとリス一家

 日が沈む。次の町はまだ遠いようだ。
 一行は、森の中で一夜を過ごすことにした。
 各自、テントを張る。

「オオカミや、危険な動物が近づかないよう、肉食動物向けの一時的な結界を張るわね」

 アーデルハイトが、森の中の石を拾い、所々に置き始めた。

「へえー。そんなものもあるんだ」

 キースが感心しながら、アーデルハイトの動作を見つめる。

「実は、前も野宿のとき、ちゃんとこれをやってたのよ。キースには説明しなかったけど」

「全然気付かなかった」

「ただ、この術にはちょっぴり欠点があるんだけど」

「欠点……?」

「ええ。草食動物が集まりやすくなるの」

 そう言ってアーデルハイトは笑った。

「なるほどー。ここは安全だって草食動物もわかるのかな?」

「そうみたいね」

 石を置き終わると、アーデルハイトは両手を挙げ、呪文を唱えた。

「お肉食べたいやつー、ここに入って来ちゃだめー!」

 えっ!? それが呪文?

 キース、カイ、ユリエ、ミハイル、宗徳は目を丸くした。

「魔法使いの呪文は、本当に幅広いですね」

 ミハイルが驚く。

「結構、生活に根差した魔法が多いのよ」

「それにしても、すげえ呪文の言葉だなあ……。お肉食べたい人間は、入って来れんの?」

 キースは思わず笑ってしまった。

「肉食獣向けだけど、人間でも、ものすごーい肉好きな人は、立ち入りづらいかもね」

「へーえ。面白いねえ! ちなみに、この結界が張ってあるとき、中にいる人はお肉食べられるの?」

「うん。大丈夫よ」

「じゃあ、ここに入って来た草食動物を食ってもいいの?」

「いいけど、それはかわいそうだから、ルール違反よ。大丈夫だけど、そういうことは普通やらないわ」

「だよねえ。せっかく安全なところだって思って来てくれたのに、それを食べちゃあだめだよねえ」

 いつの間にか、黒ウサギが入って来た。

「ウサギーッ! かわいいーっ!」

 妖精のユリエが瞳を輝かし、黒ウサギのツヤツヤした毛を撫でてあげる。

 黒ウサギ……!

 カイがびくっとした。黒ウサギにさせられた悪夢がよみがえる。かわいいけど見ないことにした。かわいいけど――。

「カイーッ! 見てみろよ! 黒ウサギだぜ! かわいーよなあ! まあ、お前もかわいかったけど……」

 キースが余計な一言を口走る。すべて言い終える前に、カイはキースに飛び蹴りをくらわした。

「ああっ! 見て! リスよ!」

 今度はリスが現れた。アーデルハイトもユリエも、顔を見合わせ笑顔になる。小さなリスは、ちょこまかと動き愛嬌を振りまく。

「かわいいな」

 思わず、宗徳もリスに手を伸ばす。リスのほうから宗徳に近寄って来た。

「どんぐり食うか?」

「食う」

 キースがリスの声の吹き替えをした。宗徳は近くに落ちていたどんぐりをリスに手渡してあげた。

「ありがとう。お前は優しい男だ」

 リスの声担当になったキースは、リスに代わって返事をした。リスはどんぐりをあっという間に頬袋に入れた。

「貯蓄は大事だぞ」

 勝手にリスのセリフをアドリブで言うキース。
 後ろから、別のリスが来た。

「お前にもどんぐりをあげよう」

 笑ってどんぐりを拾う宗徳。別のリスも宗徳の手からどんぐりをもらう。

「ありがとう。お兄ちゃん、優しいねえ!」

 キースが別のリスの声も担当することにした。裏声で言う。このリスはキースの中で女の子設定らしい。
 もう一匹、リスが来た。

「はい。お前にもどんぐり」

 宗徳は新たにやって来たリスにもどんぐりをあげた。

「ありがとう。優しい若人よ」

 またアフレコ担当キース。今度は老人設定。

「……なにやってんのかなあ。キースと宗徳は」

 アーデルハイトは、微笑ましい様子に思わず笑みがこぼれる。

「本当にありがとう。お礼にあなたがたを、おうちに招待します」

 ん……!?

 キースの声ではなかった。

「今、誰がしゃべったんですか?」

 ミハイルが尋ねる。この中の、誰の声でもなかった。

「おもてなししますよ」

 また違う声。

「こっちへどうぞ」

 三匹のリスが並んでいた。

「ま、まさか……!?」

 一同、顔を見合わせた。

「あなたたちがしゃべったの?」

 妖精のユリエがリスに尋ねる。

「そうです!」

 リスがうなづいた。

「ええーっ! リスが、しゃべったーっ!」

 皆驚いた。まさか、リスが人の言葉を話すとは……!

「さあ、こっちです。どうぞどうぞ」

 リスたちは飛び跳ね、時々振り返りながら案内しようとする。

「せっかくだから、行ってみる……?」

 キースが提案する。

「うん!」

 黒ウサギが、代表して返事をした。

「黒ウサギ! なに代表して返事をしてるんだよ!?」

 黒ウサギまでしゃべられるのか――! 一同、おおいに驚いた。

「それに、黒ウサギ、お前も行く気か!」

 黒ウサギもちゃっかり混ざって同行しようとする、そこも驚きポイントだった。

「オレグたちがいるから、僕はここで留守番します」

 ミハイルは、ドラゴンのオレグたちの傍にいることにした。キース、アーデルハイト、カイ、宗徳、ユリエ、黒ウサギは、リスに付いていくことにした。

「僕たち、家族なんです。僕の名は、リス衛門っていいます。あと、お父さんとお母さん」

 リス衛門……!

 渋い名前だった。

「ここが我が家です」

 リスのお父さんが、一本の巨木を指差した。とてもとても――、大きな木だった。人間の大人が五人くらい手を繋いてやっと囲めるくらい、幹が太かった。

「リス衛門の家は、ずいぶんと豪邸だなあ!」

 キースが木を見上げ、驚嘆の声を上げる。

「お帰りなさいませ。ご主人様」

 とても大きな扉から、リスが新たに三匹出てきた。木に付けられたその扉は、人間がかがんで入れるくらい、リスにしては大変立派な物だった。

「使用人までいるのか!」

 リスの親子はにっこりと笑ってうなづく。元々、笑っているような顔をしているので、微妙な変化だったけれど。

「俺も、そんな立派な暮らしがしたいなあ。頑張って働こう」

 これは、黒ウサギの言葉である。黒ウサギ、お前働くってどうするつもりなんだ、どうやって身を立てるんだ、ウサギの立身出世とはいったい……と、キースは思ったが、そこは黙っておいた。

「わあ……! 中も素敵ねえ!」

 アーデルハイトが瞳を輝かせた。扉を入ると、大広間になっていた。木で作られた、リスサイズの調度品が綺麗に並べられている。

「さあ、お茶をどうぞ」

 リスたちは、リスサイズのカップにお茶を注ぎ、皆に振舞った。

「美味しい……!」

 人間からすれば、ほんの一口のお茶だが、とっても爽やかな風味でほのかに甘味もあって、美味しく感じられた。リスたちの精一杯のおもてなし――、それでより美味しく感じられたのかもしれない。

「本当に美味い茶だった。ありがとう」

 宗徳が笑顔で礼を述べ、リス衛門の頭をそっと撫でてあげた。
 カイがお茶を飲めないと知ると、リスのお父さんがキャビネットからなにかを持ってきた。

「とっておきの、リス酒です」

「い、いえいえ! そんな貴重な品、いただけません……!」

「いえどうぞどうぞ。遠慮なさらずに! 果実酒です、年代物の逸品ですよ」

 リス界にも、年代物の酒があるのか、と驚きつつ、カイはリス酒を頂戴することにした。

「……とても素晴らしいですね!」

 本当に一口の酒。それでも、体中に広がるような華やいだ香りと深い味わいが感じられた。

「本当に美味い!」

 黒ウサギも飲んでいた。

 黒ウサギ、お前もか!

 一同、同じツッコミを心の中で入れていた。
 皆で、リスのお母さんの美味しい手料理もいただいた。リスサイズのとっても小さなご馳走。でも、真心は特大サイズだ、とキースは思う。
 ミハイルの分のお土産までもらってしまった。

「なんだか、どんぐり一粒ずつだったのに、こんなによくしていただいて――、申し訳なかった」

 宗徳がすまなそうに礼を言う。

「いえいえ! 敵の襲撃を気にせず安心してご馳走をいただけたこと、優しく声を掛けてくださったこと、それがとても嬉しかったのです。こちらこそ、ちゃんとおもてなし出来たかどうか――」

「全部とっても美味かったよ! ほんと、心尽くしのおもてなし、ありがとうございました!」

 キースがリスたちに深々と礼をした。皆もリスたちに深く一礼する。

「ありがとうございました! リスさん、今度は俺がウサギ酒をご馳走するよ!」

 リスと黒ウサギのご縁も出来た。これから、親交が深まっていくのだろう。

「リスさんたち、ありがとう……! 私たちは明日の朝までいるから、それまではあの辺りは安全よ!」

 アーデルハイトが、リス一家とリス使用人、いや使用リス? に手を振る。
 一同、笑顔でリス豪邸をあとにした。

「じゃあ、俺は明日の朝までみんなと一緒に過ごそうかな」

 これは黒ウサギのセリフ。

 黒ウサギ、どこまでもちゃっかりしてるな……!

 ミハイルも、リスのお土産をとっても喜んだ。
 ちゃっかり黒ウサギは、ちゃっかりアーデルハイトとユリエのテントで一晩を過ごすことにしたようだ。

「あいつ、オスだから、アーデルハイトたちのテントはおかしくねえ?」

 キースがカイに率直な疑問をぶつける。

「ヤキモチですか?」

 カイが笑いながら言う。

「くそー! いいなあー! かわいいは正義、なんだろーなあ! なあ、かわいい黒ウサギちゃん!」

 カイはキースにエルボーをお見舞いする。

 実際、アーデルハイトさんたちのテントに入ったら、照れて困惑するのはキースでしょ!

 カイはキースにそう言ってやろうと思ったが、黙っておいた。

「やったなー! カイ! お返しに、この技はどうだーっ!」

 キースが格闘技の新技をカイにかけようとする。

「そうはいきませんよ!」

 どたん、ばたん!

 なんだかキースとカイのテントが騒がしいなあ、そう思いながら、ミハイルと宗徳はそれぞれのテントで休む。

 テント、別でよかったよ……。

 ミハイルと宗徳は、各自ちゃんとテントを持っていたことを、天に感謝していた。
 テント、天に感謝。さもなければ、ミハイルと宗徳も巻き込まれることは確実である。
 森の夜は静かに更けていく――、ごく一部を除き、静かに更けていく――。
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