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旅男! 作者:吉岡果音

第一章 旅男、キース。旅女、アーデルハイト

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銀の髪の乙女

 広い野原に出た。青空の下、可憐な野の花がたくさん咲いていた。蜜を探し回る熊蜂の羽音が聞こえる。

「そろそろ次の町へ行こうと思うんだけど」

 アーデルハイトの長い髪が、日の光を浴び黄金色に輝く。

「そうか……。アーデルハイト。本当にありがとう……。気を付けてな。よい旅を!」

 キースは笑顔で別れの挨拶をした。

 ――澄み渡る空――。お別れのときは、こんな青空のほうがいい――。

「……キースはまだこの町にいるの?」

「いや。申し訳ないことに謝礼をたくさんもらっちゃったし――。俺も出発しようと思う」

「そう……」

 アーデルハイトがうつむいた。
 徒歩で旅をしていたキース。ドラゴンに乗って旅をしていたアーデルハイト。二人ともノースカンザーランドに向かうところだった。

 ――アーデルハイトにはとても助けられた。短い間だったけれど、素晴らしく楽しい時間だったな――。

 ドラゴンのゲオルクに乗ってアーデルハイトが旅立つ姿を、キースは見えなくなるまで見送るつもりだった。

「…………」

「…………」

 アーデルハイトはその場でうつむいたままだった。

 ブーン。

 熊蜂の羽音。もふもふの襟巻をしているような、まあるい蜂。

「…………」

「…………」

 ――なんだろう。この「間」は……。

「――いい加減、俺も乗せてけって、言いなさいよっ!」

 急に顔を上げ、アーデルハイトが叫んだ。その頬は、赤く染まっていた。

「は!?」

 ――な、なんだ!?

「もう! 水臭いわねっ! ぼんやりしてたら日が暮れちゃうじゃない! さあ、一緒に行くわよっ!」

 ――一緒に、行く……!?

「えええっ!? 一緒って……! いいの!? 俺なりに遠慮してたんだけど!?」

「あなたって、変なとこに気を遣うのねえっ! ふだんは強引でガサツなのに!」

 ――なんで俺、キレられてんだ!?

「なに怒ってんの? あの、結婚の話……?」

 恋人同士と間違われたキースとアーデルハイト。キースはその場のノリで、その間違いを助長する発言をしていた――。病弱な少女を励ますために、だったのだけれど。

「違うわよっ!」

「ごめん」

「だから違うって言ってるでしょ! なんで謝るの!」

「さ、さあ……?」

「『さあ』って、なによ!」

「いや、なんかごめん……」

 ――よくわからねーけど……。ここは怒られてヘコむとこなのか? それとも喜ぶとこなのか?

「行くの!? 行かないの!? どっちなの!? 置いてくわよっ!」

 アーデルハイトは長い髪をなびかせ、素早くドラゴンのゲオルクの背にまたがる。

「……あ、ありがとう!」

 キースもゲオルクの背に乗る。ゲオルクは翼を大きく羽ばたかせ、大空に舞い上がる。

 ――よくわかんねー!

 さっきまで歩いていた花畑が小さく見える。もうとうに見えなくなってしまったけれど、熊蜂はせっせと蜜を集めているに違いない。

 ――よくわかんねー……。よくわかんねーけど――。嬉しい!

 キースはとびきりの笑顔になっていた。



 日が落ちる前に見つけた町に降り立った。

「この町は結構活気があるねえ!」

「あそこの店で夕ごはんにしましょうか」

 旅人らしき人々で賑わう店に入った。ゲオルクは店の裏で留守番である。ゲオルクの他にも、旅人の乗ってきたドラゴンや馬がつながれていた。

「ずっと、気になってたんだけど……」

 アーデルハイトが小声でキースに質問した。

「ん?」

「あなたのその剣、魔力が入ってる」

「えっ!?」

 ――俺の剣に、魔力が入ってるって!?

「知らなかったの?」

「ああ! そんなのまったくわかんなかった! へえー、なんかすげえな! どうりでよく切れると思った!」

 よく切れる、キースにとってその程度の認識だった。

「この剣はな、ひいじいさんがどこかの国で見つけてきたものらしいんだ。詳しいことは誰も知らないけど――。俺ん家の納屋に隠されてたのを、俺が見つけたんだ。ほんとは、三男坊の俺が持つべき物じゃないんだろうけど、兄貴たちが、長旅に出るなら持ってけって持たせてくれたんだ」

「そうなの……」

「俺たち三兄弟は、村でも評判のイケメン兄弟で――、女の子たちに結構きゃあきゃあ言われてたよ。ついでに、おばちゃんもばーちゃんもきゃあきゃあ言ってた。兄貴たちは特に綺麗なおねーちゃん達にモテてたけど、俺はばーちゃんにモテまくってたなあ……」

「なんか今、とってもいらない情報をもらってしまった気がする……」

「俺の過去の栄光だっ!」

 キースは意味不明に胸を張った。

「とにかく、その剣はとても素晴らしい剣よ。魔力が入ってるっていうより、もうすでに……」

「……もうすでに……?」

「……なんでもないわ。その立派な剣、大事にしてあげてね」

「…………」

「キース、どうしたの?」

「……よく切れるからって調子に乗って、なんでも切ってたんだけど……。大根とかジャガイモとか。あと、これで雑誌の袋とじも切ってたっけ……。だめだったかなあ?」

「……だめだと思う」

 アーデルハイトは頭を抱えていた。



 近くの宿屋に泊まることにした。

「俺は同じ部屋でいいと思うけど!」

「私は嫌だと思うけど!」

「……だよねえ」

「明日の朝、ごはんを済ませたら出発するわよ!」

「了解!」

 キースは一人、固いベッドに横たわる。

 ――アーデルハイトは親切心で俺を乗せてくれてるのかなあ――。

 それとも、用心棒代わりとして? キースは一人考える。それでもいいと思う。

 ――それとも、一人旅が寂しくなったのだろうか……?

 なんでもいいや、とキースは寝返りを打った。とりあえず、一緒にいられるのが嬉しいと思った。

「助けてください――」

 また彼女の夢だ、とキースは思った。

「お願いします。助けてください――」

 銀色の長い巻き毛の美少女。涙をたたえた瞳も美しい銀色――。キースの夢に繰り返し現れる謎の乙女――。

「どうか、ノースカンザーランドへ――」

 わかってるよ、とキースは呟く。

「あんたの望み通り、俺はノースカンザーランドへ向かってるよ」

 夢はいつもそこで途切れる。
 キースは夢に現れる乙女のために、旅に出ていた。その夢がなにを意味するのかわからない。意味などないただの夢なのかもしれない。それでもキースはノースカンザーランドを目指し旅に出た。

「だって、かわい子ちゃんにお願いされたら行くしかねーじゃねーか!」

 もし夢の彼女がばーちゃんだったら――。それでもやはり行くしかない、とキースは思う。

「だから俺、ばーちゃんにモテちゃうんだよねえ!」

 ベッドの脇で、密かにキースの剣が青く光っていた。キースはそれには気付かない――。

「きゃあああ! キースゥゥゥゥゥ!」

 次に見た夢は、大量のばーちゃん達に追いかけられる夢だった。

「銀の髪っつーか、すっかり白髪じゃねーかよ!?」

 女性はいくつになっても乙女である。キースは夢の中で、銀の髪の『一応乙女』軍団から必死に逃げていた。



「……朝方の夢って正夢とかっていうんだっけ?」

「そんなことはないわよ」

「よかったあー!」

 気持ちよく晴れた朝だった。空気も澄んで心地よい。

「それでは行きますか! ノースカンザーランドへ!」
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