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旅男! 作者:吉岡果音

第七章 新しい目覚め

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新しい感覚

 翌日も、やはり小雨が降り続いていた。

「今日はゆっくり休んだり必要な物の買い出しに行ったり、自由に過ごそうぜ!」

 そう言うキースは、カイと共に外に出ることにした。

「俺、今日はゆっくり外で過ごすわ。夕ごはんの頃戻るから」

 小雨の中歩きながらキースは考える。

 ――新しい感覚。幻影をも斬る感覚――。

 キースは、幻影を斬ったとき、手応えが感じられなかったことを振り返る。

 ――どうすれば、そんな感覚がわかるようになるんだ……?

『自分が自然の中でひとつの命として純粋にただ在る、そんな感覚をつかむこと――』

 退魔士のミハイルの言葉を思い出す。

 ――修行、か。いったいどこで、どうすれば修行になるんだろう。

「キース。なにを考えてるんです?」

 隣を歩くカイが話しかける。

「……カイは、おれの考えは全部お見通しなのかと思った」

「そんなわけないでしょう。キースの低レベルなだじゃれの内容や、キースが妄想する『ほんのりエロい』ことについてなんて、俺にわかるわけないでしょう」

「……俺がそんなことばっかり考えてると思ってる?」

「えっ? 違いました?」

「違うわ!」

 頬を赤くし、ツッコむキース。カイが、くすりと笑う。

「嘘です。それは冗談です。キース、もしかして今は、剣士としての新しい感覚をつかむためにどうすればいいか考えていて、それで外出することにしたのでは?」

「えっ!? カイも嘘や冗談を言うんだあ! それに、当たってる!」

「えっ!? そこは考えを当てたとこ重視の驚きじゃないんですか?」

 カイの嘘や冗談のほうが上位驚きポイントだった。考えを当てたことはおまけ程度の驚きだった。

「……カイ。なんでわかってて聞く?」

「どこに向かう気なのかなあと思って」

「それが、まだわかんないんだよねえ。とりあえず、ミハイルが教えてくれたように、自然の中かなあと思って」

「そうですね。こうして、雨に打たれながら歩くだけでもなにか違うかもしれません」

「雨に打たれるだけで?」

「雨の感覚に、集中してみたらどうでしょう?」

 ――雨の、感覚?

 冷たい雨。ポツポツと、体に当たる。雨水の感覚。
 見上げると、灰色の雲。そこから落ちてくる、たくさんの雨。雨の軌跡。
 それから、感じる雨の匂い。

「ふう……ん」

 ――もしかしたら、世の中すべてのことに、改めて意識を向けてみると、常に新しい発見があるのかもしれないな。世の中に、変わらないものなどなにもない。そうすると、同じ雨の日でも、昨日と今日とでは違うということを、はっきりと認識できるものなのかもしれない。たとえば、匂いひとつとっても、昨日の雨の匂いと今日の雨の匂い、似ていてもまったく違うものなのかもしれない。

 キースはそっと呟く。

「……自分が、『ひとつの命として純粋にただ在る』ということ……、か……」

 雨に打たれる自分。隣を見ると、雨に打たれるカイ。さらに視線を先に移すと、雨に濡れる大きな木。草。花。皆、等しく雨に濡れている。

「ただ、在る――?」

 足元に、青い小さなカエル。

 ――俺も、カイも、大きな木も草も花も、そしてこの小さなカエルも、雨からすれば、きっと同じ。ただ地上で暮らす小さな「生き物」。雨雲からすれば、みんなみんな、地上に生きる小さなはかない「生き物」。広大な空にとって、俺たちは、ほんの小さな小さな、ちっぽけな「生き物」――。

「俺がなにをしようがどう考えようが、雨にとっては、ただの、小さな生き物――」

「…………」

 隣に佇むカイは、ただ黙って微笑む。

「なんとなく――。ミハイルの言わんとすることはわかるような――。でも、それが剣の感覚とどう関係あるんだろうか」

「無心。ということじゃないでしょうか」

「無心?」

「ええ。無心の境地に至ると、実際の普段の五感に頼っていて今まで見えなかったもの、わからなかったものまでわかるようになるのではないでしょうか」

 ――無心の境地――。

「カイ。ちょっと待て。『五感に頼っていて、見えないもの、わからないもの』? 五感は外界のことがわかるためにあるんじゃないのか?」

 キースは、首をかしげる。

「ええ。普通の、人間が定める常識的な現実世界の物事は。でも、人間が認識する以上の物事があるんです。世界は、人間が感じるよりはるかに広く深いのです」

「五感で感じる以上の物事があるというのか。確かに、幻影は、五感を越えたところからやってきた感じだったな」

 ――アーデルハイトやミハイルは魔法を使う。魔法も、普通の五感を越えた能力ということなんだろうな――。

「……俺に魔法使いや退魔士になれってか」

「そうではありません。まあ、感覚的には近いのかもしれませんね」

「うーん」

「キースはキースなりに、自分を高める努力をすること、それだけでいいんですよ。ミハイルさんもおっしゃってましたよね。そんなことを出来る剣士はおそらくいない、と。別に、今まで通りだっていいんです。あなたは充分優れた剣士です。ただ、様々な感覚を磨く、その意識はとても大事なことです」

「自然の中にただ在る感覚、いっけん、自分の感覚を手放して鈍らせてる気もするけど……」

「逆です。さっき、とても神経が研ぎ澄まされてましたよね?」

 足元の小さなカエル。そして雨。空。同時に感じていた。

「うん。そんな感じはした」

「大きな自然を感じること。そして、自然の中で、自分をとてもちっぽけなものに感じる。でもそう思うことで、自然と一体となり、逆に自分がとても大きな存在に思えませんでしたか?」

「ああ。確かに――」

 ――小さな自分を感じることで、逆に自分が大きな存在に思えた――。なぜだろう。自然……。自然の中の自分――。

 キースはもっと歩いてみたくなった。もっと自然を感じてみたくなっていた。

「ちっぽけな、生き物……」

 キースは噛みしめるように呟く。

 ――命……!

 突然、キースはひらめいた。まるで、雷に打たれたような感じがした。

 ――きっと、命なんだ……! 俺は、さっき、改めて「命」を感じたんだ――!

 自然の中の、ただ一つの命。カエルと同じ命。でも、ひとつひとつの命は違う。小さいけれど、それぞれが、唯一無二の存在。

 ――自然と繋がる命の大きさというものが、自分が大きな存在に感じた理由なんだ。俺は、自然を深く意識することで、同時に俺の命を感じたんだ――!

 自然の中で生きている自分。生かされている自分。

 ――自然を感じることで、自分の魂を感じたんだ――!

 キースは速足で歩く。気が付くと、目の前に森があった。キースは森へと足を運ぶ。ぬかるんだ道も、軽やかに歩く。まるでなにかが乗り移ったかのような、神がかったスピードでキースは歩く。カイも、まるで飛ぶような素早さでついていく。

 ――人間も、大きな自然の一部、自然の中の命なんだ――!

 深い緑。静かな雨音。

「……カイ。剣の姿になってもらってもいいか」

「はい……!」

 カイは満面の笑顔でうなづく。そして、素早く剣の姿になる。「滅悪の剣」だ。
 キースは、「滅悪の剣」を手にする。それから、静かに構え、大きく剣を振り上げてから、空を斬るように下ろす。

 ――なんだろう……! 今までと、違う……!

 伝わる剣の重み。空を斬る感覚。風。雨。静かにキースを見守るような、周りの木々――。

 ――なにか……、まるで……! 体中電流が走るようだ――!

 自分の中に、大きな力がみなぎるのをキースは感じていた。

 ――これだ……! きっと……! 新しい、感覚……!

 ふと、キースは呟く。

「でも……。命を深く感じ、命を斬る……。なんだか皮肉な話だな」

 カイは、人の姿に戻った。

「それでは、命を深く考えずに斬るほうがいいのですか?」

 カイの問いかけに、キースはハッとした。

「いや……、そんなことがいいわけがない!」

 キースは、手に握った剣の重みを思い出す。ずしりとした手応えを思い出す。

 ――人に害をなす魔物も怪物も、きっと同じ命――。

「キース。あなたには、剣士としての道は酷なのかもしれません。でも、俺は、そんなあなただからこそ、明るい光を見失わずに大きな力を使いこなしていけると思うのです」

「明るい光を見失わず……?」

「人は、大きな力を手にすると、どうしても道を間違いやすくなります。たとえば、クラウスのように――」

「俺は――」

「大丈夫。苦悩や迷いがあったとしても、あなたは正しい道をまっすぐ進んでいけます。そして、あなたのその優しさが、救いになるのです」

 カイがにっこりと微笑んだ。
 いつの間にか、雨は止んでいた。雲間からやっと顔を出した太陽も、傾き始めている。

「あれ……? そんなに長い時間、過ごしてたのか……?」

 キースは驚いた。まったく時間の感覚がなかった。

「いつの間にか、夕方になってしまいましたね」

「と、いうことは……!」

「と、いうことは……?」

「俺、お昼食べてねーじゃん!」

 ぐうう。

 今更お腹が鳴る。

「あああ! よし! そのぶん夕ごはんを、めっちゃ食うぞーっ!」

「はい。どうぞ召し上がってください」

 カイが、くすくすと笑う。

「食って食って食いまくってやるーっ!」

「はい。どうぞ」

「よし! カイ! 走るぞ! 宿屋まで競争だーっ!」

「競争!? なぜです!?」

「早く宿屋に着いた方が勝ちーっ! イエーッ!」

 キースはダッシュで森を抜ける。そのまま宿屋の方角へ全力疾走する。

「なんなんですか、もーっ!」

 そう言いながら、カイも全力で走る。
 街中を、競い合いながら全力で走る男二人。母親に手を引かれ、家路につく子どもが思わず振り返り、指を指して笑った。

「俺が勝つーっ!」

「いいえ! 勝つのは俺です!」

 頬を撫でる夕風。街並みも夕暮れ色に染まる。
 大きな夕日が、優しく笑っているような気がした。

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