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旅男! 作者:吉岡果音

第六章 未来へと続く過去

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遠いあの日、初めての出会い

 昼下がり、外は小雨が降り出していた。

「僕は、少し町を散策しようと思います」

 窓の外を見ていたミハイルが、振り返りながらそう言った。

「本屋さんとか、ちょっと見たいです」

「……俺も、雨だが少し外の空気を吸ってこようと思う」

 宗徳も、外出することにした。

「キースとカイさんは、どうします?」

 ミハイルが尋ねる。

「俺はやめておくよ」

 キースが答えた。

「……アーデルハイトさんのことが心配なんですね」

 カイがキースのほうを見て微笑んだ。アーデルハイトは、風邪で熱があるため、薬を飲んで休んでいる。キースは、アーデルハイトの様子が気がかりで、まだ宿屋を離れたくなかったのだ。

「じゃあ、僕たちは、ちょっと出かけてきます」

 ミハイルと宗徳は部屋を出て、部屋の中はキースとカイだけとなった。



 静かな雨音。しんとした部屋だから聞こえるけれど、話し声で他愛なく隠れてしまうような、屋根を打つかすかな音。

「……ずいぶん、遠くまで来たよな」

 キースが呟く。

「そうですね。旅に出てしばらくは徒歩でしたけど、ゲオルクやルークのおかげで、とてもすごい距離を移動できましたね」

 カイが微笑みながら、うなづく。ドラゴンのゲオルクや、ペガサスのルークの背に乗ってからは、とても長い距離を移動してきた。

 しとしとしと。

 雨の音。

「……カイ。俺がお前を初めて見つけた日のこと、覚えてるか?」

 キースが尋ねる。

「はい。もちろんです」

「あれから、ずいぶん経つなあ――」

 ――まさか、あの日納屋の中で偶然見つけた剣と一緒に旅に出るなんて、そして、まさかその剣と、こうして話ができるなんて、絶対に誰にも想像出来ないことだろう――。

「改めて、不思議だよなあ」

 しとしとしと。

 優しい雨音の中、まだ幼い子どもだったあの日のことを、キースは思い出していた。



 あの日、キースの生まれ故郷であるアメリア国のテューダ村は、穏やかな春の日差しに満たされていた。
 辺り一面、柔らかな色彩の様々な花々が咲き誇り、輝くような美しさだった。

「どこに隠れよーかなー!」

 まだ幼い子どもだったキースは、兄たちとかくれんぼをしていた。

「納屋にしよー!」

 隠れ場所としては、あまりにわかりやすい場所ではあるが、キースは家の裏手の納屋に決めた。

 ごそごそごそ。

 キースは納屋の奥の荷物の山を潜るようにして進む。

「すぐ見つかっちゃったら、つまんないもんね!」

 きょろきょろと隠れ場所を探す。

「……でも、兄さんたちならすぐ見つけちゃいそうだなあ。もっと、変わった隠れ場所はないかなあ」

 キースは一生懸命辺りを見回す。

「ん?」

 ふと、天井を見上げた。天井板に一か所、取っ手がついていて扉になっていた。屋根裏に通じる扉だった。壁には、はしごも取り付けられており、簡単に天井裏に行けるようになっていた。

「よいしょ」

 キースは、小さな手ではしごを登る。キースは、幼い頃から運動神経だけはずば抜けて高く、腕力も同じ年頃の子どもの中で群を抜いて強かった。

「ここに隠れよう!」

 天井裏にも窓があり、案外明るかった。キースは梁の上を器用に歩く。

「あ……!」

 天井裏にもいくつか荷物があった。キースは、その中に隠れるようにある一つの長方形の木箱に目を留めた。
 どうして複数ある荷物の中で、その木箱を見たかはキース自身もわからない。ただ、惹きつけられるように木箱に向かって進む。

 ぱかっ。

 木箱の蓋を開ける。すると、中にもう一つ、細長い箱があった。

「箱の中に、箱……?」

 その箱は、美しい装飾が施されていた。

「綺麗な箱だなあ。宝物でも入っているのかな?」

 キースは、そっと美しい箱に手を触れてみた。

 カッ!

 美しい箱の、蓋のわずかな隙間から、青い光が走った。

「えっ! 光った……!」

 キースは驚きで目を丸くした。

 ――光る箱なんて、見たことない……!

『はじめまして。俺の名は、カイです』

 箱の中で、カイは挨拶をした。しかし、カイは、剣の姿のままなので言葉を発することが出来ない。実際は心の中で挨拶をしただけとなった。しかも、まだカイの疲労は激しく、魔力は弱いままだった。どうしても挨拶がしたくて、どうしても自分のことをわかってほしくて、なんとか頑張って青い光を放っていた。

『ようやく、会えました! 俺は……、嬉しいです!』

 カイは、箱の中でその刀身を懸命に光らせる。

『俺を見つけてくださったこの瞬間から、俺はあなたの物です――!』

 カイの放つ淡い光が、驚くキースの顔を優しく照らす。

 ――青い光……! この中には、いったい、なにが入っているんだろう……?

 キースは息をのんだ。そして……。

「こんなに光っちゃ、見つかっちゃうよう!」

 ばたん。

 キースは、木箱の蓋を閉めた。
 そして、その場を離れ、他の荷物の陰に身を隠すことにした。

『あのう……』

 キースはしゃがんで隠れ続けていた。青い光はもう見えない。

『…………』

 それが、初めての出会いだった。



 二度目の出会いは、その日の夕方近くだった。

「あの光る箱、なんだったんだろう?」

 キースは改めて納屋の屋根裏に向かった。

『こんばんは! 俺は、カイです』

 再びカイは心の中で自己紹介し、青い光を頑張って放った。

「いったい、なにが入ってるのかなあ?」

 ぱかっ。

 幼いキースは、なんのためらいもなくあっさりと美しい箱を開けた。あまりにも躊躇なく開けたので、逆にカイのほうが面食らった。

『ためらいとか感慨とかないんですね……』

「あっ! 剣だ! すごいなあ!」

 キースは再び目を丸くした。そしてため息をつきながら、じっくりと見つめた。穴が開くほど見つめた。当たり前だが、穴は開かない。シャイな性格であるカイは、相手が子どもであってもなんとなく恥ずかしくなり、穴があったら入りたい気分になる。
 キースは、優しく撫でるようにそっと手を触れる。

「綺麗だなあ。かっこいいなあ……」

『それほどでも……』

 カイは、思わず幼い子どもに謙遜する。人間の姿だったら頬を染めているところだった。

「だめだめ! これは大人の持つものだ!」

 ばんっ!

 いきなりキースは勢いよく箱の蓋を閉めた。

「お腹すいちったー。晩ごはん、なんだろー?」

 一人呟きながらキースははしごを降り、家へと戻っていった。

『あのう……』

 一人残されるカイ。

『…………』

 それが二度目の出会いだった。



 それからは、毎日のようにキースはカイを見るために屋根裏に通った。

「やっぱりかっこいいなあ……」

『持ってみてもいいんですよ』

 カイは青く光ることはやめていた。出会いのとき、まばゆく光ることで魔力を使ってしまっていたので、頑張っても弱々しい光しか出ないのである。ただ、キースが話しかけてくれるのを嬉しく思っていた。

「今日は、母さんにすげー怒られちった」

『でもそれは、あなたがいけないと思いますよ』

「でもさあ、こんな面白いこともあったんだ!」

『そうですか!』

 カイの心の声は、キースには届かない。それでも、二人は見えない心の交流を楽しんだ。



 数年が経つ。キースは、兄たちと剣術の真似事をして遊んでいた。

「キースは、すじがいいなあ!」

 キースと年齢の近い二番目の兄が、キースをほめてあげた。

「そう? 俺って天才?」

「もしかしたらね。ひいおじい様がとてもすごい剣士だったらしいけど、キースはひいおじい様に似たのかもね」

 一番上の兄が、微笑む。

「えっ? ひいおじい様って?」

 思わずキースは尋ねる。

「エースおじい様っていうんだけど、すごい剣の腕前の人で、剣の修行のために世界中を旅していたそうだよ」

「へえー! すごいねえ!」

 そこで、キースはハッとした。

「もしかして! あの剣! ひいおじい様の剣なのかな!?」

 思わず叫んでいた。

「えっ!? 『あの剣』って?」

 二人の兄は顔を見合わせた。

「屋根裏にあったんだ! 俺が見つけたんだ! 持ってくるね!」

 家族の皆に見せた。誰も詳しいことはわからなかった。でも、その剣は確かにキースたちの曽祖父であるエースが、旅の途中で入手した剣だろうということはわかった。

「危ないから、絶対にその剣で遊んじゃだめよ!」

 母にきつく言われた。母は、穏やかで言うことをよく聞く二人の兄については心配しなかったが、キースのことは心配だった。

「はーい!」

 母は、やはりキースのことが心配でならず、こっそり剣を隠した。しかし、キースはこっそりと剣を見つけた。
 母の言いつけ通り、キースは、その剣で遊ばなかった。でも、その剣とは遊んだ。

「俺たち、友だちなんだもんねー!」



 さらに数年後、キースは大人の雑誌の袋とじを、その剣を使って開けていた。

「大人って、いいね!」

『…………』

 カイの受難の日々だった。



 しとしとしと。

 宿屋の屋根を打つ雨音。ミハイルと宗徳はまだ戻らない。

「……懐かしいなあ」

「キース。初めて出会った日のこと、あなたはまだ幼い子どもでしたが、本当に覚えているんですか?」

 なんとなくカイは訊いてみる。

「もちろんだとも! とても劇的で感動的な出会いだったよな!」

「……わかりました」

「えっ? わかったって、なにが?」

 カイはわかった。キースが初めての出会いを全然覚えていないことを。

「まあ、そんなもんだろうと思いましたけどね」

 キースらしいな、カイは思わず笑ってしまった。

「お前と遊んでいた日々は、ちゃんと覚えているよ」

 草原の中を一緒に駆け回った日々。草いきれ。冷たい川の水。虫やカエルの声。あたたかい日差し。
 全部、思い出はカイと一緒だった。

「俺も、覚えていますよ」

 二人は顔を見合わせて、少年のような笑顔を交わした。
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