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旅男! 作者:吉岡果音

第六章 未来へと続く過去

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言わせとけ、言わせとけ

 
 一か月ほど前。ミハイルの故郷、リシアルド公国。
「あ……!」
 ミハイルは、思わず驚きの声を上げた。
「聖なる緑の宝玉が、割れている……!」
 神殿の中に安置されていた緑の宝玉が、まっぷたつに割れていた。
 ミハイルの隣には、白髪の老賢者といった風情の人物が立っている。その人物は、リシアルド公国の最高位の退魔士であり、ミハイルの師匠だった。
「これは……、この世界になにか恐ろしいことが起ころうとしている予兆――。強い『魔』の影が見える――」
 師は、険しい表情で不吉な言葉を告げた。
「お師匠様――」
 思わずミハイルは息をのんだ。聖なる宝玉が割れるなんて……! これからいったい、どんな恐ろしいことが起ころうとしているんだろう――。
「ミハイル……。そなた、旅に出よ」
 師匠はまっすぐミハイルの瞳を見つめ、そう言い放った。
「旅……、ですか?」
「遠い北の国、ノースカンザーランドの北の巫女様は、おそらくなにかお察しのはず……。北の巫女様の尊いご神託を賜るのじゃ」
「北の巫女様のご神託……」
「この旅はそなた自身にとっても、よい修行の場となる。道中で出くわす魔物を退治しながら、己の精神と退魔士としての技を磨くのじゃ!」
「はい……! お師匠様……!」
 ミハイルは改めて姿勢を正した。
「……それから、そなたは旅の中で、かけがえのない大切な出会いも果たすであろう」
 師匠は今までの厳しい表情を和らげ、優しい微笑みを浮かべた。
「苦しく険しいだけではない。わしにはそなたの笑顔が見える」
「僕の……笑顔、ですか……?」
 思わずミハイルは、ハシバミ色をしたその瞳を大きくし、師匠に尋ねた。
「ああ。そうとも。そなたはこの旅の中で、一生の宝となるような貴重な出会いを経験するであろう――」
「貴重な出会い……」
 ミハイルは呟いた。不吉な予兆を前にしているというのに、なぜか心は明るく弾んでいた。一生の宝となる貴重な出会いとは、どんなものなのだろう――?
「ミハイル。心を開き、輝く澄んだ瞳でたくさんのことを学ぶのじゃ……!」
「はい……! お師匠様! それでは行って参ります……!」
 ミハイルは、深々と師匠に一礼をした。
 そして、ミハイルはリシアルド公国を旅立った。
 青い空が、輝いていた。

「あ!」
 ミハイルと宗徳は宿屋の部屋で、思わず顔を見合わせた。
「そういえば、いつの間にかキースのことだけ呼び捨てにしてる……」
 ミハイルと宗徳はほぼ同時に同じことに気付く。宗徳にいたっては、初めから普通に呼び捨てだった。
「やっぱり自然とそうなりますよね」
 思わずカイが笑ってしまう。
「どーゆー意味だよ! それ!」
 キースが少し不服そうな顔をした。
「キースは親しみやすいんですよ。いいことです」
 カイが一応フォローしてあげた。
「んー。いいことかあ。じゃあ、いっかあ!」
 いいのか!? とミハイルと宗徳は思ったが、当のキースはとりたてて気にしていないようだし、カイも楽しげな笑顔である。キースの呼びかたはそれでよしとしよう、ミハイルと宗徳はなんとなくうなづき合った。
 キースがベッドの上で、うーんと伸びをした。
「キース」
 ミハイルが真剣な表情で問いかけた。
「教えてください。いったい、なにが起こっているんですか?」
「え? なにがって、なにが?」
「もしかして……。あなたがたの旅は、この世界に忍び寄る、不穏な空気と関係があるんですか……?」
「この世界に忍び寄る、不穏な空気……?」
 キースが体を起こした。
「はい。僕が旅に出た理由、それは、ひと月ほど前、僕の故郷で『魔』に関する不吉な予兆があったからです。きっと、これから遠くない未来、なにか世界に恐ろしい異変が起こる――。僕は、僕のお師匠様から、そのことに関して北の巫女様のご神託を賜るように託されたのです」
「そうか! それでミハイルは北の巫女様にお尋ねしたいことがあるって、前に言ってたのかあ!」
 以前会ったときにミハイルが話していたことを、キースは思い出していた。
「はい。北の巫女様なら、なにかご存知かと……」
 ミハイルの言葉に、キースとカイは顔を見合わせた。
「そうだな……。俺たちの旅は、おそらくその予兆とやらに関係ある――」
「やっぱり……!」
「どこから話そうかな……」
 やはり、アップルパイの話も必要かな、雑誌の袋とじはカイを使わないという俺の固い決意も話すべきか、キースがいらないことばかりを思い浮かべているのを、カイはなんとなく感じ取り、
「俺が話します」
 今までのことを説明する話し手にカイ自ら名乗りをあげた。正しい決断である。
 カイは、遠い昔の北の巫女の予言、そしてカイ自身とカイのきょうだいの話、それからキースが北の巫女の予言の救世主であるということ、クラウスという人物が北の巫女が予言した、世界を破滅へと導く魔法使いであるということ、あの「手」の魔物は、おそらくクラウスの配下のものであろうこと――、それらのことすべてをミハイルと宗徳に説明した。
 しかし、カイにはひとつ迷いがあった。クラウスが、アーデルハイトの恋人だったという事実、それを打ち明けるべきかどうか――。いずれはわかってしまうことかもしれない、ならば今説明しておくべきではないか、それとも、そこまでの事情は自分が話すことではないのか――。
「そうなんだよ! 俺たちは、クラウスが世界の破滅を招くのを防ぐために旅に出ているんだ! で、クラウスってやつは、アーデルハイトの幼なじみで恋人でもあった男なんだ! でも、そのことはアーデルハイトの気持ちを考えて、絶対に触れないでおいてくれ!」
 なんの迷いもなくキースがあっさり言ってしまったので、カイは床に突っ伏してしまった。
「あれ? カイ。どした?」
「い、いえ……。なんでも……。そうですね。そういった事情も今後のことを考えて、話しておくべきなのかもしれませんね」
 キースが言った「触れないでおいてくれ」、という部分は、強く真剣な思いが込められた声になっていた。キースは、知らないことから生じる不要な会話のやり取りで、アーデルハイトが傷つくのを避けたかったのだ。
「……アーデルハイトさんは、キースの奥方なのか?」
 思いがけない宗徳の発言に、カイとキースは床に突っ伏した。
「な、なんだそりゃ!?」
 キースが真っ赤な顔になる。
「ああ。そうですね……。そういえば、キースとアーデルハイトが旅の途中で出会った話はしていませんでしたね」
 笑いをこらえながらカイが言う。
「……僕は、お二人が恋人同士なのかと思っていました」
「ミハイルまで……!」
 キースは耳まで真っ赤になっていた。
「だって、お二人は仲がいいもんなあ」
「とてもお似合いですよね」
 宗徳とミハイルはうなづき合う。
「ま、ま、ま、まさかっ……!」
 キースが大きな声で叫んだ。なんといっていいかわからない、キースは慌てていた。だが、その様子で逆に宗徳とミハイルは、わかってしまった。
 そうか、二人はおそらく同じ想いを抱いていて、これからゆっくりと熟していくところなんだな――。
「お、俺が誰かのものになっちゃったら、そりゃあ世界中の美女が嘆くだろーなあ!」
 いたたまれずキースは、顔を赤くしたまま心にもない戯言をほざく。
 言わせとけ、言わせとけ。
 カイは黙って微笑んだ。

「はくしょんっ!」
 アーデルハイトが、くしゃみをした。
「アーデルハイト! 大丈夫!? かぜ!?」
 ユリエが心配そうな顔でアーデルハイトを見つめる。
「ううん……。誰か……。噂でもしてるのかな?」
 当たりである。
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