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旅男! 作者:吉岡果音

第五章 新しい絆の始まり

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「チーム昼飯」集結!

 それは、突然だった。
 青空から、巨大な手が現れた。
「うわっ! なんだあれは!」
 魔法など、特殊な能力を持たないキースでもそれは見えた。
「きゃああああっ!」
 通りを歩く人々にも同様に見えた。恐怖のあまり、叫び逃げ惑う人々。
 爪の長い、女の手だった。手は無作為に宙をかき回すように蠢く。
 カイが、剣の姿に戻る。キースは「滅悪の剣」をその手に構える。宗徳も、同時に刀を抜く。
「あれは……! きっと、あの『目』の持ち主……!」
 アーデルハイトにはわかった。この「手」は、空に唐突に現れた巨大な「目」と同一のものだ、と――!
 キースと宗徳が「手」に向かい駆け出したそのとき――。
「闇の者よ、地の底へ帰れ!」
 大きな声がした。はっきりとした、若い男性の声。
「ミハイル!」
 キースが思わず叫んだ。「手」に向かって大声を発したのは、小柄な青年、ミハイルだった。ミハイルは、女性のようにかわいらしい外見をしているが、「手」に向かうその姿はとても凛々しく堂々と迫力に満ちていた。
「大気の精霊、風の精霊、まがまがしき者を清い風にて吹き払え!」
 ダンッ!
 ミハイルは呪文を唱え、手に持った大きな魔法の杖の先で強く大地を打ち鳴らした。
 瞬間、魔法の杖から同心円状にまばゆい光があふれ出す。
 ゴウッ!
 強い風が巻き上がった。
 強い風が「手」に向かって吹き荒れる。しかし、「手」はミハイルに向かってまっすぐ降りてきた。
「くっ……」
 ミハイルの顔に苦悶の色が現れていた。
「はあっ!」
 キースが宙高く飛び上がりながら、滅悪の剣で巨大な「手」に斬りかかった。滅悪の剣は強い青の光を輝かせ、空に大きな弧を描く。
「……! 手応えがねえっ!」
 着地すると同時にキースが呟く。
 しかし、「手」は強い風に巻かれながら、その輪郭はしだいに薄くなっていた。風は吹き続ける。
 そして――、謎の「手」は、消えてなくなった。
 まるで今までの現象は悪い夢か幻だったかのように、広がる青空。
「キース……!」
 ミハイルがキースのほうを驚いた顔で見つめる。ミハイルの息は、術を使ったため少し乱れていた。
「ありがとうございます……! あなたのその強い魔力の剣がなければ、僕は負けていたかもしれません」
「手応えが……、なかった……」
 キースが呟く。確かに剣で切り裂いたはずだった。しかし、手応えがまったく感じられない。
「あれは、実体ではありません。どこか別のところに本体があるのでしょう。あなたの感覚で手応えがない感じがするのはそのためです。しかし、あなたのあの一撃のおかげで助かりました」
 ミハイルの呼吸はもう整っていた。ミハイルは改めてキースに礼を言った。
「そうか……」
 キースは、ミハイルのハシバミ色をした大きな瞳を見つめる。
「そんなことより……! ミハイル! ミハイルじゃないかーっ!」
 キースが嬉しそうにミハイルの背中をばんばん叩く。
「『そんなことより』!? あんな強力な魔の者が現れたのに、『そんなことより』!?」
 ミハイルは驚く。あんな恐ろしいものと戦ったのに、そのことより僕と再び出会ったことのほうがすごいとでもいうのだろうか――!?
「すごいな! ミハイル! かっこいいじゃん!」
 キースは満面の笑みだった。
「か、かっこいいって……」
 ミハイルは呆然とした。こんな非常事態、まずお互い色々訊くことや話すことがあるだろうに、優先されて出た言葉が「かっこいい」って――。
「キース! カイ! ミハイル! 大丈夫……!?」
 アーデルハイトがとても心配そうにキースと滅悪の剣、そしてミハイルを見る。
「大丈夫だ。カイも平気だよな?」
 キースはアーデルハイトに笑顔を向ける。カイは少し迷っているようだったが、ミハイルの前で人の姿に変身した。
「大丈夫です。アーデルハイトさん」
「ええっ!? あなたは……!」
 ミハイルは、ただでさえ大きな目をさらに大きくして、思わず叫んでいた。
「はい。カイです。俺は人ではありません。俺は、剣なんです」
「どうりで……! カイさんは、不思議な気配を持っているなと思っていました」
 ミハイルも宗徳同様、カイについて人ではない気配を感じていた。カイの変身を目の当たりにしたことには驚いたが、逆に剣だと知って腑に落ちた、そんな様子だった。
「宗徳といいミハイルといい、それからアーデルハイトもだが……、すげえな! なんかわかるんだな! 俺だったら、ぜんっぜんわかんねー! 俺は、カイのこと普通のチビ助にしか見えねーぜ!」
 キースが笑いながら感心する。
「チビ助って!」
 カイがキースを睨み付ける。
「まあ普通のチビ助ってわけじゃねーか。綺麗な顔してるけど、構うとすんげえ面白れーチビ助か」
「まったくフォローにもなんにもなってないですよ!」
 顔を真っ赤にしてカイが叫んだ。
「俺は褒めてるんだよ」
「ぜんっぜん褒めてません!」
 カイがふくれた顔をする。
「ところで、カイ。お前さっき酒飲んでたから、戦闘のとき、反応とかどーなんだろーと思ったけど、お前ふだんと変わんねーな」
「……むしろ力が湧く感じで冴えてます」
 カイは食事をとらないが、酒はエネルギー源になるらしかった。
「じゃあ、じゃんじゃん飲ませねーとな!」
 キースが愉快そうに笑った。
「まあ、ありがたいですけど……」
 頬を赤くし、少しきまり悪そうにカイも笑う。
「キースさん、カイさん、アーデルハイトさん、ユリエさん、それから――」
 ミハイルが一同の顔を見渡す。宗徳を見て、どこかで会ったような、というような感じで小首をかしげた。
「俺の名は、宗徳という。あのとき、俺もあの食堂でキースに昼飯をおごってもらった」
「ああ! やっぱり! 見覚えがあると思いました!」
 ミハイルの顔が輝いた。
「俺も、キースたちと一緒に旅をすることにしたんだ」
 そう言って宗徳は、はにかみながら嬉しそうに笑った。
「ミハイル」
 アーデルハイトがミハイルに話しかけた。
「あの『手』は、おそらく私たちを狙っていたの。前には『目』が現れたの――。でも、まだ向こうも明確に私たちのことをわかってはいないみたい。この辺りだろうと目星をつけ、手あたり次第に人を襲おうとした、そんな感じに見えたわ――」
「なるほど――。手あたり次第襲う、そんな感じはしましたね。でも、あなた方を狙っていたんですか……? なにか心当たりでもおありなんですか――?」
「あるよ! 大ありよ!」
 キースが大声で答えた。
「間違いない! あいつの狙いは、俺だ!」
 キースが大声で叫ぶ。
「え……。キースさんが……? どうして――」
「俺が、かっこいいからさ!」
 すぱーん!
 思わずカイが、キースの頭を履いていたブーツで叩いた。
「なんでっ!? なんでわざわざブーツを脱いで叩く!? その手間暇、そしてその素早さ、無駄すぎないか!?」
 キースが納得いかない、という感じで叫ぶ。叩かれたこと自体より、その方法が納得いかないようだ。
「スリッパがあればよかったんですけど……」
 カイが残念そうに呟く。
「スリッパで叩くのがこの瞬間のベストチョイスだったのか!?」
「そうね。スリッパのツッコミ対応が正解ね」
 アーデルハイトが、うんうんとうなづく。
「アーデルハイトまで!」
「キース。冗談を言ってる場合ですか」
 カイがブーツを履き直しながらキースをたしなめる。「ブーツツッコミ」は、やはり手間だなあと思う。
「魔物に狙われているんですか――」
 ミハイルが呟く。キースとカイの一連の無益なやり取りは、受け流すことにした。
「……ノースカンザーランドまで行く、とおっしゃってましたよね?」
 ミハイルが全員の顔を見た。
「僕も、同行させてください――! もともと、僕は魔物を退治することで修行しているのですし、僕もノースカンザーランドを目指していましたし!」
「えっ!? ミハイル! いいのか――?」
 思わずキースが訊き返した。
「はい! 僕は、退魔士です。必ず皆様のお役に立てると思います!」
「まさか、昼飯をおごった恩返しに、なんて言うんじゃないだろうなあ……?」
 キースの質問に、ミハイルがにっこりと笑った。
「はい! その、まさかです!」
 元気な声でミハイルは答えた。
「宗徳といい、ミハイルといい、みんな律儀だなあ!」
 また一人、かけがえのない仲間が加わった。
「よろしくな! ミハイル!」
「よろしくお願いいたします!」
 一同、笑顔になった。
 ――ミハイルまで……! 一人故郷の村で暮らしていたら、おそらく出会うことのなかった仲間たち――! 旅って本当にすごいな――! 
 爽やかな風が吹いた。心地よい風に包まれ、皆、新しい力が湧いてくるように感じていた。
 ミハイルには、大気の精霊や風の精霊の、新しい旅立ちを祝う楽しげな笑い声が聞こえていた。
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