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旅男! 作者:吉岡果音

第一章 旅男、キース。旅女、アーデルハイト

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愛してます食堂

 街に着いた。小さな街だった。

「アーデルハイト、ゲオルク、本当にありがとう」

 キースは深々と頭を下げた。

「改めてお礼を言わなくてもいいわよ」

「本当になにからなにまでお世話になりました。では、アーデルハイト、道中気をつけて。ゲオルク、ご主人様をしっかり守るんだぞ」

「え? ノースカンザーランドまで行くんじゃなかったの?」

「うん。でも俺はこの街で少し働いてから行こうかな」

「働く?」

「ああ。あまり所持金がないんだ。もともと金はあんまり持ってなかったし。途中通った小さな村ではドラゴン退治の大仕事をしたけど、とても貧しい村みたいだったから褒美の金は断ったんだ――。そしたらものすごく感謝されてご馳走や酒をたくさんもらったけどね。その次に滞在した村では日雇いで一応稼いだけど、次の街でもちょっと稼いでおこうと思ってたんだ」

 それに、とキースは思う。アーデルハイトには事情があるようだし、これ以上甘えるわけにもいかない、そう思った。

「そう……」

「あれ? もしかして残念に思った?」

「そ、そんなことはないわよ!」

「きゅーん……」

 ドラゴンのゲオルクが寂しげに鳴く。

「はは。ありがとな。ゲオルク」

 キースは、まだ子どものドラゴンであるゲオルクを撫でてあげた。

「ゲオルクは――、あなたのこと、すっかり気に入っちゃったみたいね」

 アーデルハイトの澄んだエメラルドグリーンの瞳も、少し寂しそうに見えた。

 ――少しでも寂しく思ってもらえたら嬉しいね。ほんの少しの縁でも、別れのときはいい形にしたいな――。

「じゃあ、ほんとにありがとう! 元気で! ノースカンザーランドでまた会えたらいいな!」

「ええ。じゃあ、キース、あなたもお元気で!」

「…………」

「…………」

 別れの挨拶をしてみたが、小さな街、大通りはまっすぐのほぼ一本道だった。二人と一匹は並んで歩いていた。

「…………」

「…………」

 初めての街でどこに行ったらいいかもわからない。とりあえず道なりに歩いていく。めぼしいような分かれ道も特にない。

「……別にまだ挨拶しなくてよかったんじゃないの?」

「……やっぱそう思う?」

「……あの店で朝ごはん食べる?」

「……やっぱそう思う? 奇遇だねえ! 一緒に食べようか!」

「……なにが奇遇なんだか」

 ――んー。早まったか!?

 小さな店だった。店名は「愛してます食堂」だった。

「……変な店名」

「近くで見ると、薄汚れているなあ。中も暗いし……」

 でも朝から営業しているようだった。ちょっと入るのをためらったが、せっかくだから入ってみることにした。ゲオルクは店の外で待つ。

「いらっしゃい……! ませ……」

 店の女主人は、一瞬だけ顔を輝かせ明るい声で挨拶したが、キースとアーデルハイトを見るとすぐに顔を曇らせ、声も暗いトーンになった。

 ――なんだ? その反応。まるで待ってた人と違う客が入ってきたみたいな――。

 メニューを見て、キースは思わず大声をあげてしまった。

「な、なんだこの料理名!?」

 ずらりと奇妙な料理名が並んでいた。

 ――『愛しいアダム』

 『ずっとあなたを待っていました』

 『右目が緑色、左目が青色の不思議な瞳のアダム』

 『旅の人、どうかアダムに会ったら伝えて』

 『まだ愛しています、と』――

「こ、これって……」

「この店主、お客さんに自分の想いを託してるんじゃないの!? もしアダムに会ったら愛しているって伝えてほしいって……」

「なーにーっ!? 回りくどいし、めんどくせー!!」

「しっ! こっち見てるわよ!」

 テーブルに、水を持って女主人がやってきた。

「……ご注文は、お決まりでしょうか?」

「えーと……。じゃ、じゃあ俺は『愛しいアダム』」

「わ、私は『まだ愛しています、と』で」

 ――めんどくせーっ!

 料理が出てきた。一口食べ、キースは脱力した。

「なんだこのふぬけた味はーっ!? ふ、ふざけるなぁぁ……」

 アーデルハイトの一皿も同じようなものだった。

「なんか……。味が……、ない……」

 残すのはもったいないので、とりあえず頑張って食べた。コツコツと、地道に食べた――。完食するには努力が必要だった。
 キースは黙って立ち上がり、女主人の前に立った。

「……アダムって、恋人だったのか?」

 女主人は驚いた顔をした。

「キース! よしなさいよ! そんな立ち入ったこと……」

 女主人はサッと頬が赤くなる。少しうつむいたが、ぽつりと返事をした。

「……いえ。私の片思いでした。彼は十年前旅に出たまま、この街に戻ってこないんです。彼は私のこの想いを知らぬまま、遠いどこかへ行ってしまったんです――」

「別れのとき、ちゃんと挨拶したのか? それともあんた、出発は知らなかったのか?」

「出発は、知っていました。でも、恥ずかしくて近くで見送りもできず、この店の窓からそっと見ていました……」

「あのなあーっ!」

「えっ!?」

「そんなことしてっから、ちゃんと向き合わなかったから、いつまでも想いが残っちまってんじゃねーかよ!?」

「で、でも……」

「せめて、挨拶くらいしてやれよ! それから、恋の思い出を大切にするのはいいけど、ちゃんと『今』というものも大切にしろよ!」

「い、今って……」

「店の外も中もちゃんと掃除してねーじゃねーか! 料理だってはっきり言って、とてももてなしの気持ちがこもってるとは思えねー味だったぞ! 思い出だけ抱きしめて、今を大切にしてねーっていう証拠じゃねーか!」

「そ、そんな……」

「あんた、思い出に縛られることを口実にして、自分の人生生きてねーんじゃねーのかっ!?」

 アーデルハイトの表情が固まった。

「自分の人生――。口実――」

 アーデルハイトがキースの言葉を繰り返し、呟く。ゆっくりと、噛みしめるように――。

「お店の汚れは心の汚れ! ちょっと掃除道具貸してみろーっ!」

 キースはいきなり店内を掃除し始めた。飯がまずかった腹いせとばかりに、すごい勢いで店の外も中もぴかぴかにした。外を掃除しているとき、思わずゲオルクがキースにじゃれつく。遊んでいると思ったようだ。

「厨房、貸してみろ!」

「は、はいっ!」

 キースのわけのわからない迫力に負け、思わず女主人は厨房を明け渡す。

「俺、食堂で働いたことあんだよね。結構いい腕って褒められたぜ」

「は、早い……」

 女主人もアーデルハイトも呆気にとられ、ただの見学者となっていた。

「料理はタイミングが大事! ちゃんと材料たちの今っていう瞬間を見ててあげねーとな! はい、完成! 食ってみな!」

 あっという間にキースは『愛しいアダム』を再現した。

「お、おいしい……!」

 一口食べ、女主人はそのおいしさに驚く。

「それから、メニューにこの土地の名物料理とか入ってんのか?」

「えっと……ないです……」

「それは絶対もったいない! 旅人はそーゆーの楽しみにしてんだから、ぜひメニューに入れなよ! 世の中には『グルメ旅』ってのもあるらしいんだから!」

「は、はい……。そうですね……」

「もっと明るい顔! またお客さんが来たくなるような笑顔をしなよ! 旅人が、またあのお店に行きたい、いつかまたこの街を訪れたいって思うような店を目指しなよ! 思い出を愛するのはいいけど、目の前にいる人にもちょっとは愛を注ぎなよ! 今日来たお客さんとはもしかしたら一生会えねーかもしんねーんだぞ!? 愛は減るもんじゃないんだし、過去だけじゃなく『今』もしっかり愛しなよ!」

「は……、はい……!」

「じゃな。ご馳走さん。お釣りはいらねーよ。もし万一、アダムっていう右目が緑色、左目が青色の男に会ったら伝えといてやるよ。あんたのこと深く想ってる女性がいるってこと――」

 二人分の食事代を少し上回る金を置き、「愛してます食堂」を出た。数歩歩きだし、キースは我に返る。

「あっ! つい勢いでおごってしまっていた! それも多めに出してた! そんなに金がねーのに! ん? でもこれで少し、アーデルハイトの恩返しになったかな!?」

「ふふ。そうね。ご馳走さま……。キース、あなたほんとに、この街で働いたわね」

「ああっ! ほんとだ! 気付けば働いてた! でも、タダ働きじゃねーか!」

「しょうがないじゃない。自分からやってたんだから」

「あーあ。なにやってんだ、俺……」

「……自分の人生を、生きる――、か……」

 アーデルハイトが小さな声で呟く。
 エメラルドグリーンの瞳は、まだ見ぬ遠い異国の地、ノースカンザーランドを見つめるように、遠い空を映していた。

 女主人は、三人分の空になった皿を見つめていた。

「……メニュー、少し増やしてみようかな……」

 一つは地元の名物の料理。そしてもう一つは全く新しい料理。新しい料理のことを考えると、なんだかわくわくしてきた。新メニュー名をメニューに書き足す。

 ――『キース、ありがとう』

 『あなたのこと、好きになっちゃったかも』

 相変わらずのネーミングセンスだった。
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