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旅男! 作者:吉岡果音

第四章 光溢れる道を歩む者、闇をさまよう者

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国境付近の禁止事項

 ネクスター国国境周辺は、魔法による飛行や、ドラゴンなどの飛行生物に乗り空を飛行することが禁止されていた。
 空を警備する警護団の混乱や負担を避けるためである。
 国境付近は森となっていた。キースたち一行は徒歩で森の中を進む。
 木々がまばらな開けた場所に出た。そこは、さんさんと日の光が差していた。
 白い野の花がたくさん咲いていた。

「この花――」

 アーデルハイトが思わず呟く。
 あの、幼い頃アーデルハイトがクラウスとよく遊んでいた小さな丘の、一面に咲いていた花と同じ花だった。



 アーデルハイトは、旅立つ前日の夕方、なぜか久しぶりにあの小さな丘を訪れていた。
 クラウスと別れて半年ほどが経っていた。なぜ急に、あの日あのときあの思い出の場所に行ったのか、アーデルハイトもわからない。ただ、なぜかあの丘の上から一人で夕日を眺めていたい、ふとそう思ったのだ。
 丘の頂上――、そこにはクラウスがいた。

「クラウス――!」

 夕日を浴び、柔らかな色彩の金の髪をなびかせ、クラウスが振り返る。最後にあった日と、変わらない姿――。
 その手には、「青い杯」が抱えられていた。
 その美しい「青い杯」は、とても大きな魔力を秘めている、アーデルハイトにもそれが感じられた。

「アーデルハイト――!」

 お互い、なぜここに、と思った。しかし、アーデルハイトもクラウスも、声を発するのを忘れてしまったかのようにただ佇んでいた。
 白い野の花が風にそよぐ。

「アーデルハイト……」

 先に口を開いたのはクラウスだった。
 いつもの笑顔、アーデルハイトはそう思いたかった。
 クラウスの美しい彫刻のような顔は、歪んだ笑みを浮かべた。

「クラウス……!?」

「アーデルハイト。僕が、世界一の魔法使いになるのだ。ノースカンザーランドにある魔法の杖を、僕が手に入れてやる――!」

 アーデルハイトが今ままで聞いたこともない、低く恐ろしい声だった。

「……なにを言ってるの!?」

「ふふふ。さらばだ。アーデルハイト――」

「クラウス! いったいあなた、なにを――!?」

 突然、クラウスは崖のほうへ駆け出した。崖の下から漆黒のドラゴンが現れた。クラウスは素早くドラゴンの背に乗る。
 強い風が吹いた。

「さらばだ! わが故郷――!」

「クラウス!」

 クラウスの名を叫ぶアーデルハイトの声は、風にかき消される――。
 あっという間にドラゴンに乗ったクラウスは、夕空へ飛び去って行った。



 アーデルハイトが街中に戻ると、街はちょっとした騒ぎになっていた。

「あのドラゴンに乗った人たち、魔法学校のフレデリク先生やその親せきの人たちらしいよ」

 上空を、ドラゴンに乗った一団が飛んで行ったらしい。

「すごい勢いで飛んで行ったね。どうしたんだろう」

「あの、慌てぶり。なんだかただごとじゃないような感じだったね」

「なんでも、聞いた話では、大切な家宝が盗まれたとか――」

 アーデルハイトは、不吉な胸騒ぎを覚えた。

 もしかして……。クラウス――!?

 アーデルハイトが旅に出たのはその翌朝である。



 アーデルハイトは思う。なぜクラウスはあの丘に立ち寄ったのだろう。そして、なぜ私にあのようなことを話したのだろう。黙って飛び去ってしまえばよかったのではないか。

 もしかして――。
 クラウスも、止めて欲しかったのだろうか……?
 自分の欲望のまま突き進むことを、私に、もしくは誰かに止めて欲しかった――?

 アーデルハイトにはわからない。
 冷たいアイスブルーの瞳。幼い頃にアーデルハイトが見つめていた、あの優しい光はもう宿っていなかった。



「アーデルハイト。この白い花、ほんと綺麗だよな」

 突然、キースに話しかけられ、アーデルハイトはハッとした。

「え、ええ、ほんとね」

 キースは、アーデルハイトのエメラルドグリーンの瞳をじっと見つめた。

「なんか……。哀しいこと、思い出してた?」

「えっ!?」

 自分では気付かないうちに、そんな顔をしていたのだろうか、アーデルハイトは少し動揺した。
 キースは、一輪白い花を摘んだ。そしてその花を、アーデルハイトの髪にそっとさしてあげた。

 え……!

 どきん。

 アーデルハイトは、自分の鼓動が大きく聞こえた気がした。

 キースったら、い、いきなりなにを――。

 アーデルハイトの頬が赤く染まる。

「……綺麗だな」

「……えっ?」

 き、綺麗……?

 そ、そうよね、花が綺麗って話よね、と思いつつ、アーデルハイトの胸の鼓動は早くなる。

「アーデルハイトは、野の花がよく似合うな!」

 そう言って、キースは笑った。

 クラウスは、美しく研磨された高価な緑の宝石を、君に似合う、と言ってくれた。
 キースは、野の花が、よく似合う、と言って笑ってくれた。

「あ、ありがとう……。キース――」

 アーデルハイトは、なんだか胸がいっぱいになっていた。

 キースは、哀しい顔をしていた私をただ励まそうとしてくれているだけ。きっとそれだけなんだ。

 でも、とアーデルハイトは思う。

 それだけでも――、嬉しい……!

「うん! アーデルハイトはやっぱり笑顔のほうがいいな。なっ! ユリエ!」

 キースが妖精のユリエに同意を求めた。

「うん! 私もそう思うー! アーデルハイトのほうが、本物のお花の妖精さんみたいー!」

「本物の妖精がなにを言う!」

思わずキースが吹き出した。

「……そういえば、ユリエってなんの妖精なんだ? やっぱり花の妖精か?」

「違うよ」

 にこにことユリエが笑う。

「違うんだ! じゃあ、木の妖精とか?」

「違うよ」

 ユリエは笑いながらキースの周りを飛び回る。

「じゃあ、きのこの妖精?」

「違うよ」

「なんだろう?」

「シダ植物だよ!」

「シダ植物の妖精! ずいぶん渋いとこきたなあ!」

 ユリエはシダ植物の妖精だった。

「なあ。ところで、アーデルハイト。入国審査のとき、歌を歌わせられたって言ってたけど、どんな歌歌ったんだ?」

 キースが笑顔で尋ねる。

「えっ!」

「あー! 私、アーデルハイトの歌、聴きたいーっ!」

 ユリエがはしゃぎながら、歌をせがんだ。

「俺も聴きたいな」

「俺も聴きたいです」

 キースとカイもリクエストする。

「う、歌うの……?」

「お願いしまーす!」

 キースとカイとユリエが声を揃えた。

「私の……、故郷の民謡なんだけど……」

 そう言ってから、アーデルハイトはゆっくりと歌い出した。
 どこかもの悲しいような、郷愁を誘うような、美しい旋律だった。

「へえ。綺麗な曲だなあ!」

 キースがアーデルハイトに笑顔を向ける。

「美しい情景が浮かぶようですね」

 カイが柔和な微笑みを浮かべた。

「素敵―!」

 ユリエは空中でくるくると踊り出した。
 アーデルハイトは歌いながら、思う。

 さようなら。私の過去――。

 アーデルハイトは、古い本のページを閉じるように、過去の扉をそっと閉じた。
 たまに振り返ることはあったとしても、立ち止まることはもうないだろう。



「俺も歌おうかな!」

 キースが突然言い放った。

「えっ!」

 カイが絶句した。そして慌ててキースを止めるようなしぐさをした。

「やめたほうがいいです! やめてください!」

「えっ? どうして?」

 アーデルハイトもユリエも、なぜカイが慌てているのかわからない。

「俺は、キースの歌唱力を知ってます……!」

「なんだあ!? カイ! それってどういう意味だ?」

 キースがカイに詰め寄る。
 アーデルハイトの胸に、ほんの少し不吉な予感があった。

 わっ!

 キースが突然熱唱した。

 ばさばさばさっ!

 森の鳥たちが一斉に飛び立つ。

「なにごとですかっ!? どうしましたっ!?」

 上空にいた、ドラゴンに乗ったネクスター国の警護団の一人が降りてきた。

「今、たくさん鳥が飛んできましたが、あなたがたはいったいなにを――」

「……歌いました」

「……ふつつかな主人が、誠に申し訳ありませんでした」

 キースとカイは揃って頭を下げた。



 ネクスター国国境付近の熱唱も、禁止になった。


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