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旅男! 作者:吉岡果音

第四章 光溢れる道を歩む者、闇をさまよう者

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雨上がりの歌

 森の木の葉や草の葉は、雨上がりの水玉を乗せ、きらきら輝いている。

「あれ?」

 洞窟を出ると、キースは気が付いた。

「歌が、聞こえる」

「え……! ほんとだわ!」

 風に乗り、かすかな歌声が聞こえてくる。

「この森、誰か人がいるんだ」

「……人じゃないかもよ?」

 いたずらっぽく妖精のユリエが笑う。

「森には、いろんな命があるから!」

「ユリエみたいな妖精さんかな?」

「そうかもしれないし、そうじゃないかも」

 歌は、不思議な抑揚が付いていた。女性の美しい声のようだった。

「綺麗な歌ね」

「ちょっと、行ってみようか」

「でも、危ないかもしれないよう!」

 ユリエが小さな手でキースの袖を引っ張る。

「危ない?」

「うん。旅人を歌声で魅了して食べちゃう怖い精霊さんとか、魔物さんとかいるから」

「じゃあ、ますます行ってみなくちゃ」

 キースの青い瞳に真剣な光が宿る。

「えっ。どうして!? 危ないかもしれないのに?」

 アーデルハイトが驚きの声を上げた。

「だって、通りがかった旅人が殺されるかもしれないんだろう? それなら退治しなくては」

「でも……」

「放ってはおけない」

 キースは、心配そうなアーデルハイトに笑顔を見せた。

「アーデルハイト。ユリエやゲオルク、ルークと一緒にここで待っててくれ」

 キースは声の聞こえるほうに歩きだした。カイもすぐ後ろを付いていく。

「キース」

 カイがキースの真横に並び、声を掛けた。

「ん?」

「俺の力を信頼してください。どんな怪物も、一刀両断です」

 キースは、ふっ、と笑った。

「大丈夫だ。知ってる――!」



 明るい歌だった。心が弾むような明るい曲調。力強い歌声。

「……悪いやつには思えんな」

 キースは思わず呟く。

「それにしても、森のど真ん中で熱唱してるのは、どんなやつなんだろう?」

 美しい声から、若く美しい女性を想像していた。でも、森の中、一人で……? やはり人間ではないのかもしれない、とキースは思った。
 木々の間から、声の主を覗いてみた。

「!」

 キースは思わず息をのんだ。
 想像と、違っていた。
 長く美しい真っ赤な髪の――、たくましいオッサンだった。

「誰!?」

 気配を感じ、声の主がキースとカイのほうを見る。

「あ……。あの……。ええと、ごめん。つい……。綺麗な歌だったから、気になって……」

 さすがにキースも戸惑う。どう考えても先ほどの美しい声が、目の前の男性のものとは思えない。

「あらあ! ありがとおお!!」

 とたんにオッサンの目がきらきらと輝いた。「綺麗な歌」という感想がとても嬉しかったようだ。

「私、お歌が大好きなの!」

 オッサンの唇には、真っ赤なルージュ、頬にはピンクのチークが彩られている。そして、服はひらひらのフリルがたくさん、おまけにふんわりと風に揺れるスカートまではいていた。スカートからのぞく足が、ごつい。

 ――えーと……。

「……じゃ、じゃあ。これにて俺は失礼」

 キースはさりげなくその場を退散することにした。さりげないつもりが、右手と右足が同時に出ている。ふと気づくと、カイはいつの間にか剣の姿に戻っていて、ちゃっかりキースの腰の辺りに納まっていた。気配もすっかり消している。

 ――カイ! 逃げたな!

「おにいさん、待ってえ!」

 オッサンは、俊敏な動きでキースに追いついた。スカート姿だし、森の中、濡れた長い草や転がっている石などがあるが、それらがあるとは思えない素早さだった。

「うわ! な、なんでしょーか!」

「もっと、私のお歌、聞いてってえ!」

 ――顔が、近い!

「あ、あの! もう、大丈夫! 充分聴かせていただきましたあ!」

「私、ずっとこの森でひとりなの! 聴いてくださる方を待ってたの!」

「そ、そうですか! また誰かを待っててください! それじゃあ!」

「もっと聴いてってえ!」

「俺、急ぎますんで! それじゃあ!」

「えー……」

 オッサンの瞳には、涙がたたえられていた。とてつもなく力がありそうだが、力なくその場に座り込む。そして、しくしく泣き始めた。

「あ、あの……?」

「わがまま言って、ごめんなさい……。私のお歌を聴いてくださって、ほめてくださってありがとう。私、とっても嬉しかった……」

 オッサンは、ぺこりと頭を下げた。

「それじゃあ、おにいさん。さようなら。よい旅を……」

 ――えーと……。

 なんだか気の毒になってきた。旅人を襲う恐ろしいやつではなく、ただ単に、純粋に歌が大好きなやつだったんだ――。

「……じゃ、じゃあ、あんたの歌、聴かせてくれ」

「えっ!?」

 オッサンの顔が明るく輝いた。

「俺、今日誕生日なんだ。なんか、元気が出る歌を歌ってくれるか?」

「うん!」

 オッサンは、大きく頷いた。
 気が付けば、カイが人の姿に戻っていた。

「……聴衆は、多いほうがいいですよね?」

 カイは少々戸惑いながら、オッサンに微笑んだ。

「わあ! あなたも聴いてくださるの!?」

 オッサンは本当に嬉しそうだ。
 オッサンは、元気を取り戻し、歌い出した。誕生日を祝う歌。自作の歌のようだ。明るく、楽しく、素晴らしいメロディ。

「……すごいなあ」

「とてもいい曲ですね」

 近くで聴くと、迫力がある。体が震えるような感動を覚えた。
 いつの間にか、アーデルハイト、ユリエ、ゲオルクとルークも傍に来ていた。

「素晴らしい歌声ね」

「このひと、上手ねえ!」

 オッサンの熱唱が終わる。皆で盛大に拍手をした。

「まあ! こんなにたくさん、私のお歌を聴いてくださるなんて!」

 オッサンはまた泣いた。今度は嬉し涙だった。

「ありがとう。おかげで心に残る素敵な誕生日になったよ」

 キースが握手を求めた。オッサンは、握手は無視し、キースに熱い抱擁をした。

 ――えーと……。

「雨上がりで、お外に出てきたの。それでひとりで大好きなお歌を歌っていたの。それが、こんなに大勢の方々に聴いていただけるなんて……!」

「素敵な歌を、本当にありがとう」

「皆さん、どうかよい旅を!」

 キースは手を振って、オッサンと別れた。オッサンはいつまでも深々とお辞儀をしていた。

「……色々気になる点はありましたが、とてもよい時間を過ごせましたね」

 カイが微笑む。

「ああ。それにしても、森の中でひとりで……。もったいないな。もっと大勢の人に歌を聴かせられたらいいのに――」

 キースが、オッサンのいたほうを振り返った。

「!!」

 そこには、お辞儀をするとても巨大なミミズが一匹いた。

『雨上がりで、お外に出てきたの』

「アーデルハイト! ユリエ! 絶対に振り向かないほうがいいぞ!」

「え?」

「行くぞ! ノースカンザーランドへ……!」

 カイも、見てしまった。

「……ミミズって、雌雄同体だって学校で習ったっけ……」

 キースが呟く。

「キース、握手ではなく抱擁してましたね。彼、というか、彼女というか……、手はないですもんね」

 ――えーと……。

「……森を守り大地を耕す、精霊さんということにしておこう」

「ミミズ……。抱き合っちゃったんですね」

「……言うな!」

 忘れたくないような忘れたいような誕生日になった。
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