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旅男! 作者:吉岡果音

第三章 足し算は、無限大

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爆発頭。

 アーデルハイトは、少し緊張していた。
 どうしよう、キースに会ったら、どんな顔をすればいいんだろう。どんな言葉を交わせばいいのだろう。今までのように自然に、普通に話せるだろうか――、アーデルハイトは、シャワーを浴びながら思いを巡らす。
 不安、そして――、期待。
 キースに一刻も早く会いたい、と思った。同時に、会いたくない、とも思った。矛盾する思い。心が乱れた。
 鏡の中の自分を見つめる。大丈夫だろうか、自分は、ひどい顔をしてはいないだろうか。
 鏡に映る姿――。瞳は潤み、頬は薔薇色に染まり、物憂げな、艶やかな唇。そして、まるで少女のような、ためらいがちの佇まい。
 これは、とアーデルハイトは思った――、アーデルハイトは、とても大切な、あることにようやく気が付いた。

 これは……、まぎれもない、恋をしている顔だ――!
 私は、キースに、恋をしている……!

 今更ながら、自分の心の動きに驚いてしまった。

 どうしよう……!

 ますます落ち着かなくなった。胸がどきどきしていた。鏡の前で、思わずアーデルハイトはかがみこんでしまった。鏡の前でかがみこむ、だじゃれみたいだなあ、と思いながら。



 宿屋の食堂の前で合流した。

「お、おはよ……!」

 キースとカイを見つけ、挨拶しようとしたアーデルハイトと、アーデルハイトの肩にちょこんと座っていた妖精のユリエが、一瞬固まった。

「どうしたの!? 二人とも!?」

 キースもカイも、異様にビシッと決めた髪型になっていた。髪の両サイドがしっかり後ろに撫でつけられていた。

「わあ、かっこいいねえ! イメージチェンジってやつぅ?」

 ユリエがはしゃぐ。

「な、なんか知らねーけど、どっちが素早く髪をセットできるか競争になってて……」

「なんかわかんないですけど、どっちがかっこいい髪型にできるかも競争になってて……」

 キースもカイもなんだか恥ずかしそうにしている。

「ば、ばかじゃないの!? あんたたち!」

 アーデルハイトは思わず大笑いする。

「うん……。なんか、ノッちゃったんだよねえ」

「なんか……、なんでしょうか。その……、妙に負けられない気がして……」

 キースとカイは居心地悪そうに顔を見合わせる。

「なにそれー! 変なのー! で、どっちが勝ったのー?」

 ユリエが明るく尋ねる。

「無論、俺の勝ちだーっ!」

「俺です! 絶対、俺のほうが早かったはずです!」

 どーでもいい低次元の争いで張り合う二人。

「くだらない!」

 アーデルハイトは笑いながら一蹴した。

「じゃあ、みんな、朝ご飯食べるわよ!」

 アーデルハイトは、なんだかほっとしていた――、なんだ、全然普通に話せるじゃん!
 ついでに、ばかばかしくなってきた。さっきまで、真剣に考えてたのはなんだったんだろう。そうだ、こんな感じだったんだ。キースはアホなんだし、今更緊張することなんてないんだ! アーデルハイトは一人うんうん、そうだった、と納得していた。
 でも――、心の中で呟く。

 結構、その髪型もかっこいいよ。
 だけど、絶対本人には言わない。言ってあげたりなんかしないんだ。絶対、言うもんかーっ!

「すぐ調子に乗っちゃうからね」

 つい、アーデルハイトはうなづきながら口に出していた。

「え? 誰が調子に乗るんだ?」

 いつの間にかアーデルハイトのすぐ傍にいたキースが尋ねる。顔が、近い。

「なっ……! なんでもないっ!」

 アーデルハイトは、また真っ赤になってしまった。

「あ! そうだ! アーデルハイト、一応言っとくぞ」

「え……?」

「実は俺、アーデルハイトに心配するなとか心配しろとか言われて、いったいお前にどう接すればいいか悩んでたんだ」

「え……!」

 悩んでたの……? アーデルハイトはどきっとした。私のために……?

「だけど、考えてみたら、俺の気持ちは俺だけのものだった」

「なにそれ!? あ、当たり前じゃない!」

 そう言いつつ、アーデルハイトはどきどきしていた。

「だから、俺は、決めた! 俺の心配したいときに、勝手に心配することにした!」

 きっぱりとキースは言い切る。

「俺が心配なときに、ちゃんと心配する!」

「な、なにを今更……」

「覚悟しとけよ!」

「覚悟って、なによ!?」

「そんなわけで、よろしく」

「そんなわけって、どんなわけよ!?」

 キースは、アーデルハイトの頭をぽんぽんと叩く。そして食堂に向かった。
 うーっ、とアーデルハイトは小さくうめく。なんだか、悔しい。自分のペースをすっかり乱されているようで。

「……ま、負けないわよ!」

 自分で言って、なにに負けないというんだ!? と自分で疑問に思った。

「アーデルハイトも、キースたちと勝負するの?」

 ユリエが無邪気に尋ねる。
 アーデルハイトは、自分で自分のことを、これじゃまるで子どもみたい、と思った。
 クラウスとの恋愛で、自分はもう恋愛について知っている、と思っていた。しかし、今アーデルハイトの心は揺らいでいる。これも、恋なのか。今までとはまったく違う。大人になったのに、まるで子どもに戻ってしまったみたいだ。

 恋する相手が違うと、こんなにも恋の世界も変わってしまうんだ――。

 アーデルハイトは新鮮な驚きに包まれていた。新しい自分に出会ったような気もしていた。
 そして――、わくわくしていた。

 これから、どんな景色が広がっていくのだろう――。

 自然と笑みがこぼれる。
 アーデルハイトは、まっすぐ前を見ていた。今までの自分とは違う。今までの世界とは違う。新しい、みずみずしくきらめく世界を見つめていた。

「負けないんだから……!」

 もう一度、呟いた。



「ルーク、ゲオルク、お待たせー!」

 宿屋の宿泊客が乗ってきた動物たちを預かる厩舎で、ペガサスのルークとドラゴンのゲオルクは、みんなを待っていた。

「!」

「!」

 ルークとゲオルクは、キースとカイの姿を見て、動きが固まる。

「なんだあ!? お前ら、俺とカイの髪型が違うって気付いちゃった?」

「すごいですね。わかるんですね」

 だっ、とルークとゲオルクが、キースとカイの傍に駆け寄る。

「いでででで!」

「痛いーっ! なにするんですかああ!?」

 ルークとゲオルクは、キースとカイの頭にかじりつき、髪をもしゃもしゃにした。

「こらあ! ルーク、ゲオルク、なにいたずらしてるのーっ!」

 ユリエがキースとカイの代わりに叱ってあげた。しかし、ルークもゲオルクも一向に手を緩めない。髪をかじったり舐めたりやりたい放題だ。

「……その髪型、彼らは気に入らないみたいね」

 アーデルハイトは笑いをこらえるのに必死だった。
 また、爆発頭になってしまった。ルークとゲオルクは、これでよし、と満足そうだ。

「……ルーク、ゲオルク、満足していただけましたでしょーか」

「……満足、したようですよ」

 キースとカイは、ため息をつく。

「じゃあ、出発するわよ!」

 一同笑いながら大空へ飛び立った。

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