第4章:偉大なる詐術者(13)
礼拝堂から外へと出た二人は、そのまま周辺の森の中へ向かった。
教会内の構造には多少明るいルインも、その周囲の地理にまではその光は届かない。
身を隠す為には、隠れる場所が多い森が最も適していたのだ。
そして――――
「……ゼーっ……ゼーっ」
その雄大な自然に囲まれる中で、アウロスは虫の息となっていた。
無論、外敵と遭遇した訳ではない。
「本当に体力がないのね、貴方」
「うう……死ぬ……呼吸器が破裂して死んでしまう……」
意味不明な呻き声と共に、ゆらゆらと森を這う。
足元では、僅かに湿った落ち葉と土が地味な嫌がらせを敢行しており、非常に走り辛い。
アウロスは進めど進めど変化のない視界にウンザリしつつ、飄々と前を行くルインを必死で追った。
「それにしても、ここは一体どの辺りなのかしら」
「知るか……死ぬ……」
二人は森の中で完全に迷っていた。
何故そのような事態に陥ったかと言うと――――地理に疎い場所で闇雲に走り回ったからである。
尤も、そうせざるを得ない理由があるにはあった。
追尾してくる殺気が、一向に消えてくれない。
「……思いの外しつこいな……どれだけ恨み買ってるんだお前……」
「私の責任のように言っているけれど、悪いのは私じゃなくて逆恨みも甚だしい不細工な面の追っ手よ」
「不細工……?」
「粘着質の男は大抵そうよ。知らなかったの?」
さも社会通念であるかのように。
「そんな得体の知れない諸説は置いといて……ダメだ、もう走れねー」
体力が底を付いたアウロスが止まる。
同時に言葉使いも荒くなった。
ルイン情報によると、今のところは追っ手との距離はかなりあるらしく、取り敢えず走行を停止しても直ぐに襲われる心配はない。
「それだけ死神キラーのお前を警戒してるって事か……」
「妙な略称は止めて」
尚、アウロスの疲労困憊に伴い、ルインも足を止めていた。
「って言うか、何故俺は定期的に危機感を抱きながら走り回らなきゃなきゃならねーんだ? 俺の仕事は机の上であーだこーだ考える事であって、トラブルに巻き込まれて奔走する事じゃねー筈だぞクソったれ」
息を切らしつつ、吐き棄てる。
結果、更に呼吸が苦しくなった。
合理性を重視するアウロスらしからぬ行為。
ただ、精神的負荷を言葉にする事でストレスを緩和する効果もあるので、愚行とまでは言い切れない。
「そう言う星の元に生まれたのね。つまり現状は貴方の招いた禍に他ならないと」
ストレス増大。
結果は愚行となった。
「妙な言いがかりで責任転嫁するな。ところで、気配はどうなってる? 追っ手以外も含めて」
アウロスが問うと、ルインは視線を下げて押し黙る。
意識を集中させているらしく、その姿は水晶玉を前にした高名な占い師のように見えた。
それも胡散臭さは抜きで。
「取り敢えず、近辺に殺気や敵意はないみたいね。そもそも人の気配もないけれど」
「そりゃ、こんな場所じゃな……ん?」
歩行を再開したアウロスの視界に、そこらじゅうに生えている木よりも薄い茶色の物質が入って来る。
暫く進むと、それは家の形をしている事が判明した。
「何でこんな所に小屋があるんだ……って、ズカズカ進入するなバカ!」
「今しがた言った通り人の気配はないのだから、別に問題はないでしょう?」
不法侵入は住人の外出時には適用されないと言う新説でも唱えているのか、ルインは何の躊躇もなく扉を開けて中に進入して行く。
著しく常識を欠いた行動ではあるが、雪山や森の中にある小屋と言うのは得てして、居住権も秩序も保護する必要のない山小屋のような施設であるケースが多いのも事実。
結局、アウロスも室内で休めると言う誘惑を回避できず、お邪魔する事にした。
「唯の古びた森小屋のようね」
木小屋の中は割と広く、アウロスの寝泊りしている部屋の四倍はある。
生活感は殆ど見られず、机や椅子、暖炉と言った物は見当たらない。
床や窓には埃が溜まっており、天井には蜘蛛の巣が幾重にも張られている。
長い間人の出入りがなかったようだ。
「お。これは……」
そんな中、多少疲労が回復したアウロスは、この場所を分析する一つの手掛かりを発見した。
空っぽの棚と壁の隙間に立て掛けてあったそれは、杖の形をしている。
「魔具?」
「ああ。それも大分古いタイプのな。ま、昔魔具の研究でもしていた人が――――」
隣にある物体に、アウロスは思わず息を呑んだ。
杖よりも短く、そして細い。
何より、色が違う。
かなり黒ずんではいるが、元の色は明らかに白。
どこか生理的に受け付けがたい雰囲気のそれを、アウロスはまじまじと見つめた。
その先端部には――――奇妙な窪みがある。
「これは……骨?」
記憶の中で最もそれに近い形状の物を口に出す。
「人骨かどうかはわからないが……大分古い。誰かがここで白骨化したって訳じゃなさそうだが」
どうしても悪い方向に想像を膨らませてしまう『それ』から目を離し、別の物に視線を移す。
今度は杖と同じくらいの長さだが、それより幅が広い。
なにより、先端が尖っている。
そして、下部には柄が確認出来た。
アウロスはそれを手に取り、鞘と思しき筒を抜いてみる、
すると、腐食した金属の刃が顔を出した。
「剣……いや、これは……」
剣の先端部の近くに魔石があった。
よって、形状はどうあれ、これは――――
「剣型の魔具……? 聞いた事もないけれど」
「俺は槌の魔具を持っている人間を知ってるから然程驚きはしないが、それでも奇妙な代物だ。それも、大分古い」
手に取った珍品を食い入るように見つめてみる。
全く手入れされていない上に元々の金属が酸化し易いのか、腐食はかなり進んでいた。
仮に、ここで大きく振りかぶって壁を叩こうものなら、原形を留める事なく粉々になるだろう。
(にしても、剣と魔具か。まるで魔崩剣だな)
そんな回想がアウロスの脳裏に浮かび、一つの仮説を紡ぎ出す。
それが、アウロスの疲労をほぼ全て取り除いた。
「ルイン、ちょっと良いか」
「……」
剣を睨んだまま呼んだところ、ルインは返事をしなかった。
しかし軽い興奮状態のアウロスは構わずに続ける。
「この小屋とその周辺に、書物とかそんな類の物が落ちてないか調べたい。手伝ってくれ」
依然、反応はない。
流石に不審に思ったアウロスは、ルインの方に視線を送った。
すると――――
「……何で顔が赤いんだ?」
「赤くなんてなっていない!」
ルインは彼女にしてはかなり珍しい大声で否定し、くるりと後ろを向いた。
しかし耳は明らかに真っ赤だ。
「……外を探せば良いのね?」
「は、はあ」
逃げるようにルインは小屋を出た。
(もしかしてあいつ……名前を呼ばれ慣れてないのか?)
アウロスは自然と浮かんだ大胆な仮説に苦笑しつつ、小屋内の探索に着手した。
――――三十分後。
「見つかったのはこんなところ」
「ありがとう」
戻って来たルインは普段の肌の色で、ぶっきらぼうに二冊の本を手渡して来る。
アウロスが小屋の中で見つけた書物と合わせて、計五冊。
アウロスはそれを全て流し読みした。
しかし、そこには予想していた内容の記載はなかった。
(読みが外れたか……?)
やや落胆の色を滲ませつつ、もう一度捲る。
今度は細部まで――――
「!」
「何かあったの?」
アウロスの表情の変化に、ルインが興味を示す。
その問い掛けを受け、アウロスはゆっくりと本から後ろへと視線を移した。
「どうやらここは、魔崩剣の研究所だったみたいだ」
開いているページの隅に、ト書きで『バイラスの粘性試験参照』と言う文字が記されている。
バイラスと言う言葉は、先日仕入れた知識が確かなら、魔崩剣の肝の部分に他ならない。
「もしかしたら、地下とか隠し部屋とかあって、そこに何か重要な手掛かりとかがあるかも。もう一回探してみる」
脳が研究モードに完全移行したアウロスは、追われている立場を忘れ、暫し小屋を荒らして回った。
――――二時間経過。
「……なかった」
「でしょうね。そんな都合の良い話が二度も三度も続く筈ないもの」
「それもそうか。んで、これからどうする?」
窓の外から見える空が色を薄めている。
日暮れは近い。
「暗闇の中で逃げ回るのは得策なようで、その実危険極まりない行為。今日はここに身を潜めましょう」
「そうするか。それじゃ、見張りは俺がやるからお前はとっとと寝ろ」
「……」
ルインは猫のような目を若干見開いて、アウロスの顔を眺める。
「何だよ」
「……別に。それじゃ御休み」
ルインが小屋の隅で寝転がったのを確認し、アウロスは出入り口の扉に背中を預けた。
流石に寝る時は帽子を取るらしく、先の折れた三角帽子が主人の傍で所在なさ気に置かれている。
その様子に何となく癒されつつ、アウロスは目を閉じた。
視界が閉ざされると、自然と他の部位の感覚が研ぎ澄まされる。
アウロスの場合、それに該当するのは懐古を司る何処かの器官だった。
(見張りか……懐かしいと言えば懐かしいな。余り良い思い出でもない辺りが微妙だけど)
目を瞑れば蘇る、森の中で火を焚いている光景。
それは特定の思い出ではなく、日常の一欠片。
心を壊しながら耐え忍ぶ、漆黒との睨み合い。
戦力的に劣る者が戦闘以外での負担を多くし、消費する――――それは合理。
つまりは必然。
それだけの事。
「……ん?」
それだけの事なのに、アウロスの姿を捉えて離さない瞳が二つ、どこか責めるように、何故か労わるように、柔らかく尖っている。
「寝れないのか」
「他人の居る場所で、寝た経験がないから」
ルインの何気ない告白に、アウロスは内心驚きを覚えていた。
それは様々な意味で彼女のプライベートな部分を表しているからだ。
しかしそれを表に出す事はなく、しれっとした顔で提案する。
「なら外で見張る。それで寝れるだろ」
「……何故?」
何故そこまで、と言うニュアンスでルインが問う。
その顔は、この数時間で彼女が時折見せた、人間味の見える色をしていた。
「さっき手伝って貰ったからな。恩には恩で返すのが正しい人間関係の在り方だ」
そう言いつつ、回れ右。
顔を隠す意図が少しだけあった。
「それに、見張りも支援の一環だからな。役割は果たさないと」
だから、それを聞いたルインの反応はわからない。
わからなくて良い――――
「じゃ、お休み」
そんな思いを乗せた挨拶で、その日の会話は終わった。
合理性を説く言葉は、最後までなかった。
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