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既に自身のHPで完結した作品ですが、若干手直しし、改めてここで連載させて頂きます。どうぞ宜しくお願い致します。
第1章:大学の魔術士(1)
 デ・ラ・ペーニャと言う国がある。
 その雄大な国土には、世界最長の大河【エマム川】が北から南まで貫流しており、川沿いの渓谷と河口のデルタ地帯には、多数の都市と農村がある。
 東西の約半分は砂漠地帯。
 年間数日しか降雨はなく、季節によっては砂嵐を伴った熱波が襲来する。
 北部全般および河岸一帯の一部は、一年中温和で過ごしやすく、冬は降雨量も多い。
 耕地面積は決して多くなく、食糧の三分の一は外国からの輸入に頼っている。
 尤も、その生産性の低さは、同時に隣国エチェベリア等との外交における『意義ある弱点』でもあり、それが特徴の一つでもある。
 そして何より、このデ・ラ・ペーニャ最大の特色は――――魔術発祥の地であると言う事。
 魔術士の質、量共に世界最大を誇るこの国は、魔術国家と呼ばれている。
 かつて魔術を生み出した『アランテス』という人物を神と崇め、その言行を信じ従う使徒達は、魔術を世に広めんと【アランテス教会】を設立し、世界最大数の信徒を擁するまでに膨張させた。

 その本拠地として存在する、魔術士の魔術士による魔術士の為の国家――――それがデ・ラ・ペーニャである。

 しかし、一言で魔術士と言っても、その性質や担う役割は多種に渡る。
 一般に知られているような、戦場を駆け回るようなアグレッシブな者は、魔術士は一部に過ぎず、戦う魔術士と戦わない魔術士では、後者の方が圧倒的に多い。
 ちなみに、戦わない魔術士とは――――宮勤めに励み執務に従事したり、都落ちして農夫の人生を歩んだりしている者の事を指す。
 そして、その中にあって最も重要な役割を担う者――――
「それが、魔術の研究に人生を捧げた我々研究者なのだよ。わかるかね?」
 魔術研究の総本山の一角、【ヴィオロー魔術大学】教授室。
 その部屋の主は厳かに、そして背中越しに弁を振るう。
「魔術の発展は、魔術士のアイデンティティに大きく関わる。その重責は天命に等しく、必然的に人材は厳選されてしまう。才能のある者でなければ出来る事ではないし、誰もが納得しない。仕方のない事だ」
 不自然なまでに抑揚が誇張された教授の言葉に、少年は心中で嘆息した。
 これから通告される事項はわかっている。
 この滑稽な演技が、それを少しでも悲観している事の誇示であると言う原理もわかっている。
 既に満腹なのに、濃い味付けの料理を無理矢理食べさせられているような――――そんな気分だった。
「……まこと遺憾ながら、君はその役割を担える才能に縁がなかった。それが先程の審議委員会が下した決断だ」
 演出は続き、大げさな所作で振り向く。
 タイミングを見計らった回転は、一見優雅に見えるが、やはり滑稽でしかない。
「本日付をもって、君の魔術士としての身分を剥奪する。無論、研究員としての身分もだ」 
 魔術士の資格とは、魔術を教育する機関――――魔術アカデミーを卒業する事で得られる魔術使用許可の条件。
 これを持たなければ、魔術を使用出来ても、実際に使えば法律違反となる。
 当然、魔術の研究もできなくなる。

 つまり――――クビ。

 今日中に荷物まとめて出て行けと言う事だ。
 しかし、既に予測していた少年は眉一つ動かさずに、その宣告を静かに聞いていた。
「残念だよ。君のような情熱溢れる若者を守れない自分自身にね。しかし、規則は規則だ。遵守せねばならん。悪く思わんでくれ。私とて君のような優秀な人材、そして優れた論文を手放す事を思うと断腸の……ん? き、君! 待ちたまえ、ええと……君!」
 そして、演説の最中だが構う事なく、颯爽と背を向ける。
 教授室の重くも軽くもない扉を開け、視線だけ振り向いて見せた。
「お世話になりました。失礼します」
 部下の名前すら覚えていない上司に対し、滅多に見せる事のない飛び切りの笑顔で挨拶して――――少年は大学を後にした。
(……ふう)
 勤務期間一年にも満たなかった職場を、外から眺める。
 石造りの立派な建築物。
 ここには、沢山の夢や野望が詰まっている。
 しかし、少年の未来はここにはなかった。
 アウロス=エルガーデン――――そう名乗っているこの少年の生い立ちは、余り恵まれているとは言えない。
 色々あった16年をどうにか乗り切って、魔術大学の研究員と言う地位を得たものの、この日を持ってその地位は剥奪され、もう何度目か数える事もできない人生の岐路に再び立った。
 17年の歳月を費やして形成された少年の顔は、そう言う苦労もあってか、実年齢より若干大人びている。
 それでも、切れ長とは縁遠い円らな瞳のお陰か、年相応と見られる事も少なくない。
 最も特徴的な部分は、その頭。
 殆どの魔術士が、長髪、若しくはそれに準ずる髪の長さをステータスとしている中、彼の髪は眉にかかる程度。
 一応はポリシーを持ってそうしているのだが、余り深い意味はない。
 魔術士の標準装備であるローブをまとっていないのも、同様の理由だった。
 だが、体型に関しては、魔術士の殆どがそうであるように、華奢でやや頼りない印象を与える。
 その所為で、人通りの少ない道などを歩けば、よく盗賊に襲われる。
 それも、不憫な人生を形成する理由の一つだった。
「ん? そこに見えるはアウロス=エルガーデンさんではないですか」
 ねっとりとした笑みを含んだ声が、少年――――アウロス=エルガーデンに掛けられる。
 声の主は盗賊ではなかったが、アウロスにとってはそれ以上に鬱陶しい相手だった。
 元同僚。
 二重の意味で口の歪んだ男だ。
「聞いたよ。クビになったんだって? 大変だなあ。心から同情申し上げるよ」
 アウロスに懲戒解雇処分が言い渡されてから、まだ一分と経過していない。
 にも拘らず、その事実を知っている――――それをアピールする為の発言だ。
 現時点でその事実を知っているのは、審議委員会出席者と本人、そして――――密告者。
「これからどうするんだい? 職がない上に魔術士の資格すら失ったんだから大変だろう。次の仕事のアテはあるのかい?」
 アウロスを陥れ失業に追い込んだその男は、下品な笑みを浮かべつつ、アウロスの言葉を待った。
 その顔は優越感で満ち満ちている。
「アテはない。多少の蓄えはあるから、じっくり探す予定だ」
 その返事は男の期待にはそぐわないものだったらしく、小さな舌打ちが鳴った。
 そして、気を取り直すかのように言葉が重ねられる。
「そうか。でも残念だった。折角夢を持ってここに来たと言うのに。その全てが、終わってしまったんだから」
「終わってしまった……?」
 今度は期待通りの返答だったらしく、男が心底嬉しそうに歪んだ口を吊り上げる。
「だってそうだろう? 君の夢は、自分の論文を完成させ学会で発表する事。大学を辞め、魔術士の資格を失ったんだから、もう終わりじゃないか」
 顎より下が今にも浮きそうな程の破顔。
 男としては、アウロスを中傷する最高の流れを作れた――――と言う充足感でいっぱいだったのだろう。
 実際、その言葉の通り、アウロスには夢がある。
 自身の論文を完成させ、魔術史に名を残すと言う夢だ。
 そして、魔術士の資格がなければその達成が困難であると言う事もまた、事実だ。
 だが、その辛い筈の指摘に対し、アウロスは失笑を浮かべた。
 自分自身に対する嘲笑ではなく、相手に対しての。
「おい、今笑ったか? 俺を笑ったのか?」
「ああ。面白かったから、つい」
「何だと!?」
 挑発行為を好む人間は往々にして、自分がそれに弱かったりする。
 彼も例に漏れず、その一人だった。
「フッフッフ……どうやら何もわかっていないみたいだな。お前は終わったんだよ! 終わらせたのはこの俺さ! 俺がそう仕向けたんだ! 才能のない癖して傲慢で捻くれもののトラブルメーカーを排除する為にな! お前は負け犬なんだよ! 負け犬なんだから負け犬らしく泣きそうな顔で吼えてみろよ! 助けを請えよ! 跪け!」
 アウロスは、この一年弱におけるやり取りを凝縮させたかのような男の発言に、ただただ嘆息した。
 初対面時から今日に至るまで、常にこう言った口調。
 慣れはしても、それが不快感を全て消す事はない。
 大学と言う閉鎖的な空間は、病んだ性格を造り易い傾向にある。
 その被害者になるのは、大抵弱い人間だ。
 魔術の世界で弱い人間とは――――つまり、才能のない人間を指す。
 アウロスは、そのカテゴリーに属する人間だった。
「大体だな、魔術士の最低基準ギリギリの魔力量しかないような落ちこぼれがな、大学で研究するなんて事自体が異常なんだよ! 才能のない人間は虐げられるべき存在なんだからな! お前の存在は秩序を乱してるんだよ!」
 人間の体内には、『魔力』と呼ばれる潜在的エネルギーが流れている。
 それに人的加工を施し、属性を付加した物理的エネルギーに変換する作業を、総じて『魔術』と言う。
 魔力は魔術を発動させる為の精力。
 生まれた時からその絶対量は決まっている。
 それが年月によって、或いは鍛錬によって変動する事はない。
 それ故、魔力量は魔術士としての才能を如実に表した数値として認識されている。
 その数値が128Sスピル以下の人間は、魔術士として認められていない。
 アウロスの魔力量は130Sで、ギリギリではあるがクリアしている。
 しかし、それはあくまで最低基準の話。
 魔術士の資格を得て、更に大学で学び、そして大学に残って研究を続けるような人間となると、そのほぼ全員が基準値の遥か上の魔術量を誇るエリートで形成されている。
 アウロスのような存在は、極めて異例だ。
「……で、結局の所何が言いたいんだ?」
 憤る選民意識旺盛な男を半眼で眺めつつ、アウロスは話の進行を促した。
「流石にもうわかってるだろ? 俺はお前が気に入らなかったんだよ。ずっと前からな」
 男は言葉を吐き棄てながら、指輪を嵌めた右手人差し指を前に突き出した。
 それは――――魔術士の戦闘態勢に他ならない。
「お前をここから追い出せば気が済むと思ってたが、どうもそれだけじゃ納得できないみたいだ」
「……おい」
 ずっとポーカーフェイスを保っていたアウロスだったが、さすがに表情を曇らせる。
「魔術を使用した私闘は禁止事項だろう。しかも大学の前でそんな事したら、唯じゃ済まないぞ」
「正当防衛を主張するさ。俺に逆恨みした元研究員が、事もあろうに魔術で攻撃してきたのだからな」
 自分の願望通りの展開にならなかった事が、男の理性を狂わせたらしい。
 脳に蛆が湧いたような顔になっている。
「なあに、問題はない。クビになった奴の言葉なんて誰も信じないし、それ以前にお前は口も利けない身体になるんだからなあ……はあはあ」
 不自然に息が荒い。
 目もイっている。
 そろそろ言葉も通じなくなるだろう。
 つまり、戦闘は避けられない状況だ。
(ったく、せめて立つ鳥跡を濁さずで行きたかったのに……)
 然程良い思い出がある場所でもないが、それでも敬意を表するべき人物はいた。
 その人達への礼儀として、全てを封殺していたアウロスにとって、このいざこざは本意ではない。
(が、回避できないのなら……せめて)

 せめて一瞬で――――

「待ちなさい」
 刹那――――低音だが鋭い声が抑止力を携え、鼓膜を揺らす。
 2人の視線を同時に受けたのは、厳つさと鋭さを備えた風貌の男だった。
 どうやら魔術士らしく、黒のローブを身にまとっている。
 後ろ髪も長い。
「事情は良く知らないが……こんな場所で魔術士が私闘など、見過ごす訳にはいかないな」
「何だテメエ! 部外者が口を挟むんじゃねえ!」
 明らかに遥か年上の仲介人に対し、男は出来上がり過ぎたのか、理不尽な怒りをぶつけた。
 確実に知能が失調している。
 そう言う状態の人間は、暴発する事になんら躊躇がない。
 周囲の人間にとっては、危険極まりない状態だ。
「ふむ……確かに部外者ではあるが、口を挟んでも問題はないだけの立場にはいると自負しているのだがな」
「なら、何者?」
 アウロスが自己紹介を促すと、仲介人の男は静かに笑みを浮かべ、諭すように答えた。
「私はミスト=シュロスベル。第二聖地【ウェンブリー魔術学院大学】前衛術科の助教授だ」
 デ・ラ・ペーニャにはアランテス教の拠点となった六つの聖地が存在する。
 第一聖地はマラカナンと呼ばれ、第二聖地はウェンブリー、以降サンシーロ、カンプ・ノウ、アンフィールド、サンチアゴ・ベルナベウと続く。
 いずれの聖地にも、最高権力者の総大司教が存在し、特にマラカナンの総大司教は『教皇』と呼ばれ、幹部位階一位――――最高の権力を有している。
 彼らの権力は、その地域、或いはデ・ラ・ペーニャ国内に留まる事なく、世界各地に散見される数多の教会及び使徒、そしてそれらの影響下にある国、施設、人物、その全てに発揮される。
 そして教会だけでなく、聖地に建設されたアカデミーもまた、他の地域のそれと比べ格が高く、教会と共に権威の象徴としてそびえ立っている。
 つまり――――聖地の大学の助教授はかなり偉い、と言う事だ。
 少なくとも、三人の前にそびえている【ヴィオロー魔術大学】に、その地位と同じ高さの椅子はない。
「だっ……? うぇっ……?」
 憤怒に支配されていた男の顔が、一瞬で青ざめる。
 そのまま卒倒しそうな勢いだ。
「ここは、私の顔に免じて平和的解決とは行かないか? そうすれば、この場で見た事は全て、私の胸の内に仕舞っておけるのだがな」
「は、は、はひっ! しゅいませんでしたーーーっ!」
 男は足をもつれさせ転倒し、四足歩行の動物のような格好で逃走した。
「やれやれ……」
 その姿を目で追いつつ、ミストと名乗った男は小さく息を落とす。
「全く、困ったもんだ」
「呆れているのは君にだ。私が止めなければ、彼をどうするつもりだったんだ?」
 アウロスに向けられる視線は、形ほどは鋭くない。
 その言葉とは違い、呆れている訳ではないようだ。
 寧ろ、興味深々と言った光が混じっている。
「一応、大学勤めの前に戦場にいた事があってね。実戦で鍛えられた魔術士の空気と言うものには、割と精通しているんだよ。君には相当な実戦経験があると断言できる。まるで……そうだな、敗残兵の背中を全力で切り倒す将軍のような構図だった」
「随分と大袈裟な例えだな」
 明らかな年長者に対し、アウロスもまた一切敬語を使わない。
 しかし、ミストに気にする様子はなく、大人の余裕を滲ませた笑みを浮かべていた。
「ま、いいだろう。ところで君はこの大学の関係者か?」
「今は違う」
「今は……?」
「今しがたクビになったばかりなんで」
 さらっと表明されたその事実に、ミストは一瞬目を見開く。
 だが、特に謝罪の意思は見せずに表情を戻した。
 それはある意味、最大限の配慮だった。
「ほう。では道案内を頼むのは酷だな」
「出来れば。玄関から右に行って一番奥に事務室があるんで、案内ならそこで」
「有り難う。では失礼」
 アウロスの助言通り、ミストは玄関から右へと消えた。
 邪魔された感慨が一人になった所で蘇り、現実も同時に押し寄せて来る。
 これからの事。
 それは、非常に由々しき問題だった。
(さて……これからどうするか)
 アウロスには夢がある。
 この夢は、人生とほぼ同義であり、死以外に潰える事はない。
 よって、これからの生き方としてはは、その夢が達成可能な環境に身を置く事が必要となる。
 生活の指標を失った代価は、かなり大きい。
(取り敢えず、帰ってから考えよう。金銭的にはまだ何とかなるし。にしても……)
 今しがたその場にいた、ウェンブリーの助教授の姿を回想する。
 外見から、歳はかなり離れているように見えた。
 一方で、年配者の持つ悪い意味での威厳はなかった。
 大学の上位に棲む人間では珍しい事だ。
(ま、二度と会う事もない人間の事なんてどうでもいいか)
 そうタカを括り、既に過去のものとなった職場に背を向け、帰宅の途にいた。

 しかし――――その予想はあっさりと崩れる事になる。


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