第6話 男女 性同一性障害って何?
オレは女になるための勉強とは別に、性同一性障害についても勉強しなければいけなかった。
そもそもオレは勉強をしなかったからこんなめに遇っているというのに、今さらこんな分厚い資料を憶えなければならないとは主客転倒も良いところだ。こんなに勉強熱心なら他の高校にだって行けたかも知れないと思う。
性同一性障害の勉強をしなきゃいけないのは、もしオレが入学してから男だとバレた時に、性同一性障害だという逃げ道を作っておくことになったから、オレは性同一性障害について詳しく知っていなければならなかったのだ。
しかも面倒なことに先生たちはすでに、オレが体は男の性同一性障害者だと知っている。だから先生の前ではオレは女の子になりたがっている女装男ということになる。
とはいえ、オレは家で毎日、高校から渡された性同一性障害の資料を読んでいると、それまで漠然と思っていた性同一性障害のイメージとはだいぶ違うらしいことが解ってきた。
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性同一性障害とは簡単にいえば、体の性別と、本人が心で感じている性別が違ものを言うらしい。体は男なのに心は女の場合と、体は女なのに心は男の場合がある。オレが演じるのは前者のほうだ。
性同一性障害は一応病名だが、別に障害を持った人が健康に問題があるわけではない。身体的にはきわめて健康なのだ。そういう意味では病気扱いするのは問題がありそうなものだが、性同一性障害者の中には、自分は病気なのだと思うことで精神的に落ちつく人も多いという。そのうえ、家族や回りの人たちも、病気なのだからと言われると納得しやすいものらしい。本当は違うのだが、精神病のように考えた方がわかりやすいようだ。
性同一性障害とおかまやニューハーフは別だという人もいるが、おかまやニューハーフあるいはホモの片方(時には両方)も性同一性障害という人もいる。中には自分自身でただの女装趣味だと思っている人でも本当は性同一性障害かもしれないらしい。
それどころか普通に男らしく育ち、普通に女が好きで、ちゃんと女の人と結婚して子供までいても、潜在的に性同一性障害のひとまでいるという研究者もいる。
なんだか良く解らない話だが、こういうことらしい。性同一性障害というのは多くの場合産まれた時からのものなのだが、男として生まれれば、親も男らしく育てるし、自分も本当は女っぽい心を持っていても、男らしくしなければいけないと思う。そのうち男としての性格を身に付けて、そのまま男として生活していくのだそうだ。
実際に女でも男の中で育てば男っぽくなったりするから、心が女でも男らしく育てられれば男らしくなってしまうし、体が男なのだから男らしくても何も問題ない。
よく格闘技とか男らしいスポーツをする人でおかまやホモの人がいると聞くが、それも子供のころ男なのにナヨナヨしていたから、親に男らしいスポーツをやらされたことが原因かも知れない。
オレは不思議に思っていたのだが、おかまの人の本名が、今どき珍しいほど男らしい場合が多いが、これも男らしい名前をつけたという事は、親が男らしく育ってほしいという思いの現れだから、それに反発する形で性同一性障害が発現するのかもしれない。もし男か女か判らないような名前をつける親の元で育ったら、案外そこまで確固として自分のことを女だとは思わなかったかもしれない。
女の体で男の心を持った性同一性障害の人はほとんどの場合男っぽく、愛する相手も女にほぼ決まっているらしい。自分の心は男だが、男のことが好きな“ホモ”のような人はまずいないらしい。
しかし男の体で女の心を持った人の場合は、普通の女性にあることは全てありうるという。どういうことかといえば、性格がすごく男っぽい人もいるし、自分は女だと思っていても女にしか興味がない“レズ”みたいな人もいるし、中性的な人もいるし、どっちもOKな人もいる。
そういえばテレビで見るおかまやニューハーフの人には、けっこう男前な人がいるが、それは水商売の性同一性障害者だからかもしれない。だって水商売で女を売りにしている人は、本当の女でも性格は男っぽい。つまり良く見るおかまやニューハーフの人は水商売という環境に向いた性同一性障害者なのだ。だから、すごく女っぽい性同一性障害者にはそういう世界にも踏み込めず悩んでいる人もいるのだそうだ。
そう聞くと男で女の心を持った性同一性障害者は、なんだか適当に思えるかもしれない。しかし良く考えてみれば、見るからに男らしいのに、自分は女だとしか認識できないということは、それだけ純粋だし、深刻なのだと言える。ただ見た目が納得しにくいので損をしているのだ。女性にも綺麗な子もブスな子もいるように性同一性障害者だって見た目で判断するのは差別なのだ。女にしか見えないから認める。女に見えないから認めないというような種類のものではない。しかし、そういう意味では世間での認識はまだまだのようだ。
読んでいると、オレは少し性同一性障害というものに興味が出てきた。それは理科とか生物とかは比較的好きだったからかも知れない。性というものは興味深い。
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性同一性障害になる原因はまだはっきり解っていないらしい。
一説ではもともと生物はメスの体が基本で、オスは有性生殖のためにオス化したものだという。ほとんど同じ体をお腹の中にいる間にホルモンの作用で脳や、内性器や、外性器をそれぞれの性にしていくらしい。ただし、それぞれの変化させる時期は決まっていて、その時期にちゃんとホルモンが出なかったり、量が少なかったりすると上手く変化せず、そのまま次の段階へ進むのだそうだ。
ドイツの研究では母親の体内にいる時に、母親が強い緊張状態にあったりすると、ホルモンが上手く出ずにそういう子供が多く産まれるという。戦争の後に産まれた子供にそういう子が多かったという研究結果もあるらしい。
また、アメリカの調査では潜在的な性同一性障害者は100人に2人いるという話だ。ということは50人クラスなら、2クラスに1人いる計算になる。そうはいってもオレの回りには性同一性障害の人なんて一人もいなかった。とはいえ、潜在的なのだからいたとしても判らないわけだし、自分でも性同一性障害なんて気付かないのだから、もしかしたら、オレが性同一性障害の可能性だって無い訳ではないということになる・・・のだろうか?
オレは性同一性障害の人が自分が女だと気付くのは思春期を向かえてからかと思っていたが、ほとんどの人が物心ついたころかららしい。小さいころは単に女の子の服などを着るのが好きだと思っていたら、思春期になって男の子を好きになると、自分が普通と違うと気付くのだという。ただ、女の人でも恋愛に対する執着度は人それぞれだから、性同一性障害の人でも男が好きにならない人は、たんなる女装マニアと自他共に認識している場合もありえる。
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しかし、物心ついた頃から自分は女だと思っているというのは、どんな感じなのだろうか?
小さい頃は親も寛大だろう。男の子なのに多少女の子っぽくても小さいうちは可愛いだけだ。しかし大きくなってくると親も男なら男らしくしなさいとか言うに違いない。そんなふうに言われれば、自分が女の子の服を着たいと思っても、それを我慢しなければいけないのだと考えるようになる。
我慢するうちにそれに慣れてしまえば良いのかもしれないが、慣れなければずっと隠すことになるのだろう。学校でもそんなことがバレれば虐められるかもしれない。本当の気持ちを隠したまま、違和感のある体で生きていくのはさぞかし辛いだろう。
そう考えるとオレはなんだか性同一性障害の人が可哀相に思えてきた。そんな人たちがもし今のオレの立場ならすごく喜ぶのではないだろうか?
だがオレもまた、彼等とは逆に男であることを隠して生きていかなければいけないという可哀相な立場だ。替われるものなら替わってやりたいくらいだ。男なのにセーラー服を着て、女のふりをしたり、性同一性障害者のふりをしなければならない。
やりたくもないのに裁縫やら、編み物やら、お茶やら、お花やら、書道やら教え込まれて、お箸や、テーブルマナーや、はては御中元、御歳暮、お祝、香典まで・・・これではまるで花嫁修行のようだ。
こんなことをされたらオレは白鴻女学園に入学する頃には、さぞかし良家のお嬢様のようになっていることだろう。
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注意:ここで書いている性同一性障害に関する記述は、大筋では医学的認識にそっていますが、私独自の見解も多く含まれています。間違っていることは書いていないつもりですが、正確な医学的認識を知りたい方はWikipediaでも参考にしてください。
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