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 サイラスと別れ、再び閉ざされた自分の別邸へと入って行きながらも、エクリースの中にはサイラスに対する申し訳なさと後悔、そして言い知れぬ腹立たしさのこの二つの心が、せめぎあっていた。
 そして一度は諦めたと思っていたベアトリスへの思いは、実は今でも存在し、いやもっと生々しくエクリースの胸に迫って来るのだ。
 事の真相を幾らか知ったところで、それはエクリースを慰めるばかりか、もっと苦悩させるものだった……。
「ビクター」
「はっ」
「ベアトリスは……今は幸福なのだろうか?」
 突然聞かれて、ビクターはハタと立ち止まった。後ろに護衛していた、というよりも見張っていた衛兵が不審そうな目つきになる。
「立ち止まるな、ビクター」
「あ、はいはい、そのようですね。ベアトリス様ですか~? う~ん、それはなんとも……」
「あのサミュエルは油断ならない奴! あんな者にベアトリスは嫁いでしまうのか!?」
 その言葉は、まるで吐き捨てるようだ。
「まぁ、あの方は評判は宜しいようですな。イデット妃の義弟でもありますし、冨と権力は思いのままになりましょう。恐らくベアトリス様は、一生喰うには困らず、栄耀栄華の内にお暮らしなさることでしょう」
「だが、あいつはイデットの手先でもあるだろう」
「義弟ですから、仕方ありますまい」とビクターは無難に答えた。

 エクリースが別邸に入ると、背後で思い扉がバタンと閉まり、蝶番ちょうつがいのガチャリという音が不快に響く。
「ベアトリス様が嫁ぐ前に、一度お会いになりますか?」
「それだけはできぬ!」とエクリースはきっぱりと言った。「もう二度と会わぬという約束だ」
「ではあちらがお会いしたいと、言ってきましたら?」
「それでも、僕は会わぬ。というより……会えないんだ」

― だけど、会いたい! 会ってみたい、もう一度だけ……。けれどもそれは許されない行為、そしてベアトリスの為にもならないとは!

「実は、ベアトリス様の誕生日の宴の招待状が来ておりました」
「なに!?」とエクリースは振り向いた。
「けれども、王様はもちろんここから出るのをお許しにはなりませんでした。実はこの事は言わないつもりでしたが」と、ビクターの声はうろたえ気味だ。
「いいのだ」
 そう疲れたように言うと、エクリースはソファに寝転がった。夕闇が迫ってきて、辺りはほの暗い。

「例の手紙等は見つけられましたか?」とビクターが小声で囁くと、
「まさか! 見つかるはずはあるまい」とエクリースは力なく答えた。
「そうですか……確かに、そんな大切な物を、簡単な場所に置いているはずは無いでしょうからね」
「だが、思わぬものを見つけたぞ」
 そう言うと、エクリースはサミュエルの筆跡の手紙の話をした。ビクターはただただ驚いているばかり。
「あのサミュエル様が!」
「いや、義姉のイデット妃にそそのかされたのかも知れぬ」
「王様に、お告げになっては如何で?」
「証拠は何も無いということを忘れるな!」
とエクリースは手厳しく言った。「僕がいい加減なことを言っているとしか、父上は思わないだろう。悔しいが、今は何もできぬ」

                 ☆ ― ☆ ― ☆

「おや?」と、イデットは例の部屋に入った瞬間、奇妙な意識に捕われた。全てが以前と同じだが、何かが違うような気がしたのだ。
「これ、マルゴット。この部屋には誰も入れておらぬだろうな」
「もちろんでございます」
「誰かが入ったような形跡が……」
「お気のせいでは?」とマルゴット。
「サイラス! 今日ここに誰か入ったのか?」
「いいえ、母上」とサイラスは、エクリースに言われた通りの嘘をついた。
「乳母と僕だけ」
「考え過ぎなのかも知れぬ」とイデットは呟いた。
「さあさ、サイラス。もう寝るのじゃ、可愛い我が子、キスをしましょう!」
「うん」
 そう言うとサイラスはイデットに飛び掛った。瞬間、今日はエクリースが来た日だと、イデットは悟った。
「今日は楽しかったかえ、サイラス?」
「はい、母上様。ステキな冒険をしたんです」
「冒険か……なるほど」
 一瞬イデットの瞳がギラリと光ったものの、すぐに優しい母の目になってサイラスを抱き締め、そしてキスをした。

 サイラスが乳母と共に寝室に消えると、イデットはマルゴットを近くに呼んだ。
「あのエクリース王子、案外曲者かも知れぬ。毒は早く手に入れた方がよいな」
「はい、確かに」
「それも、直ぐに効く毒は怪しまれてしまう。徐々に効いてくる毒はないものかの? 少しずつ衰弱していくという奴がいい」
「分かりました。兄、リカルドと相談致します。しかる後に、手に入れて参ります」
 薄暗い室内に明かりも灯さず、二人はひそひそと密談を重ねたのだった!






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