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「あの馬には、戦死したアラブの戦士の呪いがあったように見えた」
と小屋に戻るなり、エクリースは言った。「僕には分かる……けど、誰も信じてくれないけど……」
「で、どうなった?」とグライスが聞くと、
「兄上が落馬しちゃったよ」とエクリースは事も無げに答えた。「でも、それがまるで僕のせいのように、みんなは騒いでた」
「そんなの、ありかよ~」とグライスは不満顔だ。「ずっと一緒に居るけど、君は王子様と言うよりも、もう身内も同然だ。なのに俺達には、何の厄介ごとも起きてはいないじゃないか! みんな、馬鹿だな~」
 グライスは真顔で憤慨している。小柄だが、どこかひょうきんで憎めない少年だ。

「さ、あしたはエクリース様の10歳のお誕生日! 何を召し上がりたいですか?」
と相変わらずエクリースを愛するジュリアは、優しく言いかけた。
「何でもお好きな物を仰って下さいな」
「ジュリアは料理が上手いからね」とエクリースは楽しげに言った。
「でもいいんだ。僕はさ、兄上から良い物を頂いたから」
 そう言うと、エクリースは自慢げに兄ブライト王子から貰った銀鎖の付いた時計を取り出した。
「でも時計の針の読み方は知らないけど」
「時計という物は、物騒な物ですわ」とジュリアがたしなめた。
「どうして?」
「時とは恐ろしいものだからです」
「何でだよ?」
「いずれ分かります、その時が来れば」
「何だよ。せっかくもらったのに! 一緒に喜んでくれないの!?」
 プンプン怒り出したエクリースは、サッと外に出て行った。慌てて、グライスが跡を追う。

「エクリース様。物は愛には勝てませんわ……」
とそうジュリアは淋しく呟くばかり。そして物陰からは、ジュリアの夫のトロイがじっと今の様子を伺っていたのだった。

          ☆ ― ☆ ― ☆

 その頃、王宮では大変な騒ぎになっていた。
 世継ぎの王子ブライトが負傷したというので、王の動揺と怒りは凄まじかった。エクリースを信用してブライトを出した結果がこの有様になり、シスリー達はその王の様子を冷ややかに眺めていたのだ。

「ですから、お止めになれば良かったのです」とシスリーは慇懃に言った。
「お前の言う通りだったな。ブライトは以後エクリースには近付けないつもりだ」
「けれども、ブライト様のお怪我は大したことはありませんでしたが」
 珍しく騎士ウーリッヒが反論した。

「何を申す! お前も見ていたのであろう、ウーリッヒ!」
「けれども、エクリース様はブライト様を庇おうとなされていたように、わたしには見受けられましたが」
「そうかな、ウーリッヒ殿。わたしにはそのようには見えなかったぞ。あの馬がエクリース様を見てから、突如いななき始めたのじゃ!」
 シスリー長老の言葉に、騎士は黙り込んだ。長老からは見えなかったはずなのを、ウーリッヒは知っていたのだが、思い込みとは恐ろしい。
「分かりました。それではこれにて」
 黙ったままウーリッヒは一礼して下がって行った。

「如何でしょう、王様。エクリース様を、遠い異国へと追放なさったらどうでしょうか? この国に及ぼす災いを防ぐ為、又これはエクリース様の御ためでございます。
 このままでは、エクリース様も又、将来は自らお苦しみになるかもしれませぬゆえ」
「どこへ追放するというのだ、シスリー。エクリースを引き受ける場所など有ると申すのか?」
「さぁ、それは」とシスリーも言葉を濁した。
 
 けれどもややあって、シスリーは名案が浮かんだのか、パッと顔を輝かした。
「これはどうでしょうか、王様。
 数年前、あなた様の言いつけに背いて、捕虜達を大勢逃してしまった咎により、ドリアン伯爵は辺境の地へと追放されましたな。本当は処刑されてもいいものを、お情け深い王様の恩赦により命を救われ、けれども北の寂れた山岳地帯へと追放された……」
「ああ、あのドリアンか! なるほど、それはいいかも知れぬ」
「エクリース様を引き受けないと、ご家族の身が危ないと仰られませ」
「そうだな」
 そう言うと、王はどっかと椅子に深く腰掛けた。

「家族は何人だったかな」
「奥方様、それから9歳のベアトリス姫、それから弟君のクリフ坊ちゃま、以上の四人でございます」
「では、エクリースの身を引き受けないと、代わりに嫡男のクリフを人質にすると言いつけよう」
「それが宜しゅうございますよ!」
とシスリーは、ずる賢そうな笑いをその老いた顔に微かに浮かべたのだった。






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