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 リカルドと山賊のお頭を見つめていたエクリースは、深い息をつくと自分の身体を前に押し出した。ただ身に纏っているといっただけのエクリースの服がみすぼらしいが、燐とした有様はリカルドを不安にさせる。殺せと命じられたものの、なぜか振り上げた腕が自然と下がっていく……。まるで重力に従っているかのように。

「お前は誰に命じられたのだ!? わたしを殺せだと!」
「それは言えぬ」とだけリカルドは言った。「王子よ。確かにお前を殺すのは忍びない。けれどもこれもわたしの仕事なのだ。お前に恨みは無いが、命じられるままに施行しなければならないのだ。許せ!」
 その時エクリースは微かに含み笑いをした。
「お前には人は殺せない」
「なにぃ!?」
「お前の目は澄んでいる。とても人殺しの目には見えぬ」
「わたしはこれでも百戦錬磨の兵士だ! 敵も何人も殺してきた。よってお前のような青二才を殺すのは訳は無いぞ!」
「そうかな……」とエクリースは言うと、一歩前に進んだ。するとリカルドは一歩退く。

「エクリース様! どうか危ない事はやめて下さい!」
とビクターが震えながら取りすがったが、エクリースはドンと片腕でビクターを突いた。
「どくのだ、ビクター!」とエクリースは顔を動かさずに怒鳴った。ビクターは黙り込んでしまう。
「お前はわたしの時計を持っているだろう? それを返すのだ。それは兄上から貰ったもの。お前のではないぞ」
 図星なので、リカルドは大いに焦った。するとポケットの中の時計の針が急に動き出したではないか!
「やっぱり」とエクリースは言った。
「わたしはこれ以上、自らの暗黒な部分を使いたくは無いのだ。お前を傷つけるのも嫌だ。誰かは知らぬが、お前に命じた者にも危害は加えたくない。
だからどうか考えてくれ。わたしは、自分の意志とは関係なく、人をあやめてしまうのだから。透き通った瞳のお前を危ない目には合わせたくないのだ」
「何を世迷いごとを言っておる!」とリカルドは叫んだ。けれども持っている剣はまるで石の様に重くなり、段々腕は下りていく。そしてそれを止める事は出来なかった。

 そしてもっと恐るべき事が起こった。リカルドのポケットの中の時計が勝手に飛び出し、床に転がったのだった。そして床に打ち付けた鈍い音がした。
「ぅわわわわわ~!」とまずお頭が叫んだ。「リカルド様! と、時計が勝手に……」
「なるほど。お前はリカルドという兵士なのか」
とエクリースは静かに言うと、転がってきた時計を素早く拾い上げた。その途端、動いていた針がピタリと止まる。
「ほら、これはわたしの物だ」とエクリースは言った。「さあ、リカルドと言う者よ! 去るがいい! そしてお前に命じた者に向って、今の事の顛末を言うのだな!」
 リカルドの心臓は恐怖で激しく打ち、手は鉛のように重くなってビクとも動かない。

「王子! お前は……魔法使いなのか? それとも、デスティの化身……?」
「わたしはデスティではない!」とエクリースはキッパリと言った。
「だが、自分でも制御できぬものを持っている。悲しいことに……」
「リ、リカルド様! こいつは化け物ですぜ! さっさとずらかりやしょう!!」
とお頭が悲鳴に近い声を上げた。リカルドはなおも得体の知れない力に抗っていたが、やがてそれにも限度が来た。
「分かった。今のところは去ることにしよう」
とリカルドが言ったとたん、今度はリカルドの剣が床に落ちた。暗闇が少しずつ辺りを包み、不気味さが増していく中、二人はジリジリと後退りをすると開け放たれた扉から弾かれたように飛び出していった。
 やがて馬のいななきが聞こえ、蹄の音が少しずつ遠ざかっていった。あとは漆黒の闇夜に、星がちらほらと瞬くだけの夜になっていた。

「彼らは去りました、エクリース様……」とビクターが呆然と言った。「わたし達もここから出ましょう。わたし達の馬二頭がまだあるはず。そして早くこの忌まわしい場所から去るのです! そしてベアトリス様がお待ちの森へと急がねば」
「そうだな」とエクリースは破れた服を掻き抱きながらぼんやりと言った。そして横のビクターが自分のことを怖れているのを、暗闇の中でも察すると少し悲しくなる。
「一体どなたがこのような恐ろしい企みを命じたのでしょう!? 王子を亡き者にしようとするとは、神をも恐れぬ輩ですね」
「わたしには分かっている」とエクリースは短く言った。
「え!?」
「その者は……近しい。残念だが」
 そう一言だけ言うと、エクリースはふらふらと外に出た。そして二頭の馬の方に近寄って行った。その手には、動きを止めた時計が握り締められているのを、ビクターは微かな光によって気付いた。それはまるで生き物のように、ビクターには見えた。



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