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ブライト王子はお供にシスリーと数人の屈強な兵士を連れて、エクリースに会いに森に出かけた。本当はブライトはこのような仰々しいお供を嫌がったのだが、大人しく優しい彼には拒否できなかったのだ。
その上、王やシスリー達が、エクリースに会うのに奇妙な恐怖心を持っているのを、賢いブライトは気付いていた。
一行がやっと森の奥にある厩番トロイのあばら家に着くと、物音で中から二人の少年が出て来て、物珍しそうに一行を見つめていた。ちょっと見るとどちらが王子で、どちらが厩番の息子か分からないほど、二人とも継ぎはぎの当たった泥だらけの服を着、髪はボサボサなのだ。
辛うじて、右側に立つやや背の高い片方の少年が際立って美しいので、やっとそちらがエクリースだと判ったほどだ。
けれどもエクリースとグライスは目を見交わして、クスクス笑っている。
「何がおかしい? 我々は王子ブライト様の一行だ。エクリース様はこちらへ」
とブライト付きの騎士ウーリッヒが重々しく口上を述べると、中から慌てふためいた様子の一人の中年女が飛び出してきた。
そしてその女、乳母ジュリアは、一行の前にひれ伏さんばかりにお辞儀をする。
「これはこれは! 何のお知らせも無く、急にこちらにお越しとは! その馬上のお方が、若様で?」
「そう、ブライトだ。そなたはジュリアか?」とブライトは馬上から言いかけた。
「わたしは弟エクリースに会いに来た。ここ一年ほど、エクリースが姿を見せなかったのでね」
「誠に恐悦至極に存じます」とジュリアはへりくだって言うと、ボーっとしているエクリースの背中を押した。
「ちょうど明日、エクリース様は10歳のお誕生日をお迎え致しますが」
「それは良かった! エクリースに土産を持って来たぞ」
と心優しいブライトがそう言うが、エクリースは黙ったまま突っ立っているばかり。
こちらの一行は、エクリースの礼儀のなさと無愛想な態度を見て憮然としたが、ブライトだけはただ微笑んでいた。
「会いたかったぞ、エクリース」とブライトが声を掛けたが、
「あ……はい……」とエクリースはそう短く曖昧に答えただけだった。
「まるで、ただの庶民の子供だな」と一人の兵士がそっと隣の兵士に耳打ちした。
「礼儀作法なども全く嗜んでおらぬようだ」
「まるで、野生児ですな」
「無礼で礼儀知らずの野蛮人のようです。唯一つ、それでも際立ったお美しさをのぞけば」
「だが、この王子は先の妃には似ておらぬ」
「さようで」
二人の兵士はひそひそと囁き合っていた。
「さ、どうぞこちらへお入り下さいませ」と精一杯ジュリアが言ったが、シスリーがそれを制した。
「我々はただエクリース様とお会いしたかったまでのことじゃ」
「さあ、エクリース! こっちへ来て、わたしと語らおう。そして何かの遊びをしようか」
「お、おれ……いや、わたしは木登りとか、鳥を探したりとか、小川で魚を獲ったりするほうがいい」
「そうか」とブライトは少しも怒らず、この愛想の無い弟をニコニコしながら見下ろしていたが、やがて馬から下りた。
「それじゃエクリースの好きなことをしよう」
「あ、兄上……」とエクリースはしどろもどろになった。ブライトが近寄ると、エクリースが退くといった具合に。
「エクリース」とブライトは言いながら、瀟洒な上着のポケットから銀色に輝くものを見せた。「これは時計と言うものだ。時を刻み、わたし達に教えてくれる。これを誕生祝いにそなたにあげよう」
「あ! ブライト様! そのような高価な物を」
とシスリーがたしなめたが、ブライトは構わずその時計をエクリースの泥だらけの掌に握らせた。
「さあ、取っておくのだ。我が弟よ」
「は、はい」
そうくぐもった声で言うと、エクリースはニコリともせずその小さな銀鎖の付いた銀の時計を受け取った。
エクリースとブライトは、呆気に取られているチビのグライスを置き去りにしたまま、小川のほとりの草原に出かけた。もちろん、直ぐ背後には騎士ウーリッヒがピタリと付いて、何か起こらないようにと見張っている。
ブライトは兄らしく色々話し掛けていたが、エクリースは仏頂面のままむっつり答えているだけだった。
「エクリース、字は覚えた? 計算は?」
「字は少しだけ。計算も足し算だけかな」
ブライトは思わず嘆息してしまう。
「お前の年齢ではもっともっと学ぶものがある。是非、王宮に来てちゃんと色々学ばなければいけないよ、エクリース」
「けれど、兄上」とエクリースは顔を歪めた。「おれ、いやわたしが王宮に行くことを、父上はお許しにはならないでは?」
その声音は悲しげだったので、ブライトは我知らず弟の肩を親しく抱いて引き寄せた。
「大丈夫だよ。必ずわたしがお前を引き取るように、父上に言うから」
「けど、わたしは“不吉な子供”なんだろ!?」
と叫ぶエクリースの声には、明証しがたい怒りと悔しさが滲み出ていたのだった。
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