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夕暮れになったので、ビクターは乏しい枯れ木で焚き火を焚いた。急いで出て来たので、持って来たのは僅かばかりのワインのボトルと、硬いビスケットだったが、二人は文句も言わずに黙って具した。
「さぁ、エクリース様。わたしが番をしておりますゆえ、安心してお休み下さい」
とビクターが促したが、エクリースは膝を抱えたまま、その小さな焚き火の側にじっと座って居るばかりだった。
「ビクター」とやがてエクリースは小声で言いかけた。
「はい?」
「僕は、本当に“デスティ”の生まれ変わりなんだろうか?」
「何を仰います!?」とビクターは驚愕の余り、思わず大声を上げた。
「あなた様が、闇の王“デスティ”の生まれ変わりなど、誰が信じましょう! 少なくともわたしは絶対に信じません。今までお仕えもうしあげて参りましたが、エクリース様のような純なお方は、そんなにこの世に居らっしゃる者ではありませんぞ。
エクリース様、この世の中は醜いものです。人間はその中でも特に醜い。憎しみ、嫉妬、欲、その他のおぞましいものが満ち満ちておりまする。けれどもあなたは違う。何が起こっても、それを恨む事は無く、努力を怠る事はありませぬ。そのエクリース様が、何ゆえ?」
ビクターはまるで掻き口説くように、エクリースに迫った。炎に映えて、エクリースの横顔は美しいが、しかしこのうえなく悲しげだ。
「なぜなら……」とエクリースは口を開いた。
「僕の行く所、必ず不幸が誰かに襲ってくる。ベアトリスの従妹アナベラが倒れ、そして兄のジョーダンは今瀕死の有様だ。過失とは言え、彼を傷つけたのは、まごうかた無き僕なんだよ! ベアトリスには、何と言って弁解すればいいんだ!? それにもっと恐ろしいことが……」
「えっ!?」
「ビクター」とビクターに顔を向けて言いかけたその表情は、悲しみと言うよりも畏れに満ちている。「僕は怖いんだよ、怖いんだ! ベアトリスは僕と一緒に居てはいけないのではないか、と最近よく思う。彼女を不幸にしそうでしょうがないんだよ。僕と居ると、僕と居ると、ベアトリスは……」
エクリースは苦渋に満ちた表情で、俯いた。ビクターは暫く虚けたように黙り込んでいたが、やがて語り始めた。
「エクリース様。例えエクリース様ではなくとも、愛する人を本当に幸福に出来るのか、という思いは誰しもが持っているものです。将来は分からない。先に何が起こるのか……病、不幸な出来事、事故、失恋、飢え、裏切り、そして死……そんなことを考えていると、将来が恐ろしい。それは貴方だけではありませぬ」
エクリースは顔を上げると、ビクターをじっと見つめた。
「それは……アンネットのことなのかい?」
ビクターは黙ったまま、頷いた。
「お前も、アンネットについてそう考える時があったのか!?」
「人間とは、本来そういうものでございます。何が起こっても、いずれは誰しもが死を免れません。けれどもそれまで、幸福になろうと努力するものではないでしょうか? あなただけが、特別なのではない」
「そうだな」とエクリースはポツリと言った。「お前の言う通りだ。何だか僕は、最近弱気になってしまっていた」
「大切な事は、ベアトリス様を愛しているのならば、あのお方を幸せにするにはどうしたら良いか、前向きに思案することでは?」
「ありがとう、ビクター」とエクリースは素直に述べた。「お前はただの従者と言うより、わたしの義理の兄のような気がするよ」
「それはもったいないお言葉でございます」
「少し気持ちが軽くなった。僕はもう寝るよ、ビクター」
「はい、そうなさいませ」とビクターもやっと微笑みながら言うと、エクリースも出立して初めて、安心したような笑みを浮かべた。
「それじゃ」
そう言うと、エクリースは自分のマントに包まって横になった。シーンとした森から、時折ミミズクのような声がする。
ビクターは眠るまいと努力していたが、若い身体は自然と眠りを欲していたのだろうか? 彼もまた、座りながらコックリコックリ舟をこぎ始めた。
ハッとビクターが気付いた時は、もう遅かった。ビクターは何者かに口を塞がれ、横に眠っていたはずのエクリースは数人の人影に囲まれて、既に縄をうたれていたのだった。
「ビクター! ビク……」
そこまで叫ぶのがやっとで、エクリースは脇腹を殴られ気を失い、奈落の底に落ちていく……。
☆ ― ☆ ― ☆
「馬が! 馬がこちらに疾風のように駆けて来ましたよ、ベアトリス様!」
と叫びながら、アンネットが庭に佇んで居たベアトリスのもとに駆け込んで来た。
「え! エクリース様なの?」
ベアトリスの顔がパッと輝く。と見るや、ベアトリスはスカートを摘みながら、玄関に走りこんで行った。
ちょうど馬から下りようとしている一人の若者の姿が見えた。
「エクリース様!」とベアトリスが呼びかけると、その若者が振り返った。
「あ……」
ベアトリスは凍りつく。
「サミュエルでございます、ベアトリス嬢」
と若者は慇懃に答えて、軽く礼をしたのだった。
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