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 王妃の死は、やはりエクリース王子のせいだという噂が、王宮ならず国中に広がっていき、王は遂にエクリースには会わなくなった。そして王宮に定期的に招く事もなくなった。
 エクリースは8歳になったにもかかわらず、相変わらず森の奥のジュリアのボロ家に住み、ろくな教育も受けてはいなかった。
 そして又母ドロテアの葬儀にも参列できなかったが、けれどもエクリース自身は余り病気らしい病気もせず、すくすくと育っていた。母を失った悲しみも、やがて義兄弟のグライスとの生活で次第に忘れていく自分が居た。貧しかったが、エクリースにとっては毎日が楽しい日々だった。

 一方王宮では、実の兄のブライト王子がエクリースを懐かしんでいた。やはり愛する母ドロテアを失ったという悲しみと寂しさで、ブライトはいつにも増して弟のエクリースに逢いたがっていた。
「ねえ、お父様。この頃はエクリースをお召しにならないんですね」
と益々凛々しくなったブライトは、ある日王に向ってそうポツンと言った。ちょうどチェスの最中で、王はハッと顔をあげた。その目の前には、もう立派な少年となったブライトが金色の巻き毛に包まれて、訝しそうに佇んでいる。
 その姿が余りにも亡き妻ドロテアに似ているので、王はそのことに対してもハッとしてしまったのだ。

「いや、それは……」と王が言葉に詰ると、ブライトはさっと自分の駒を置いて勝ち誇ったように叫んだ。
「僕の勝ち!」
 王がチェス板を見ると、確かにブライトの勝ちだった。
「さすがじゃな!」
 負けても王は悔しくは無く、むしろここまで成長したブライト王子が益々頼もしく感じるのだ。

「僕が勝ったから、僕の願いを聞いてくれますか」
とブライトは真剣な面持ちで、王に迫った。
「何だ?」
「弟のエクリースに会いたいんです」
「エクリースか……」
 王は絶句する。
「弟に対してのいわれの無い中傷や噂などは耳にしています。けれども僕は弟に会いたい。もしも王宮にお召しが無いのなら、僕が弟に会いに行きますがいいですね?」

 しっかりした口調の真剣なブライトの訴えは、王の心を幾分溶かしていく。
「そうだな、まあいいだろう。けれども長老のシスリーと部下達を連れて行くように。お前を一人にはしたくないのじゃ」
「ああ、そうなの」とブライトは少しガッカリしたものの、直ぐ顔を輝かして、
「ありがとうございます、父上! それじゃあ、彼らを連れて行きますから」と言い、王の首に抱きついた。
「じゃあ、明日行って来ます。時は春。ウグイスが鳴き、花々は咲き誇り、小川の水は冷たいけれど澄んでいる。嬉しいなぁ! 弟と思い切り遊びたいし話したい」
 そう朗らかに喋るブライトは、本当に品が良く美しかった。

 けれども翌朝、シスリー長老がこっそりと王の部屋にやって来て跪いたのだった。
「王よ! ブライト様をエクリース様に近付けてはなりませぬ」
「何と申す、シスリーよ」
と王は振り返った。今見下ろしていた窓からは、今しもブライトの馬が中庭の広場に引き出されたところだったのだ。見事な栗毛の馬だったが。

「わたしは何やら胸騒ぎがするのです」
「それはまことか?」
「これを年寄りの単なる妄想だとはお考えめされるな。わたしは勘の鋭い者。嫌な予感がわたしの胸をかき乱しまする。なにとぞ、なにとぞ、もう一度お考え直してくだされませ」
「ならぬな。王子は弟に会うのを待ち望んでおった。確かにこの一年以上、わたしはブライトにエクリースを逢わせてはおらなかった。がブライトはその事で悩んでおったのだ」

「王様! エクリース様は周囲の者を不幸にするという星の元に産まれたお方なのです。そのことを軽んじてはなりませぬぞ!」とシスリーは詰め寄る。けれども王はその妄念を払い除けた。
「黙れ! エクリースと共に暮らしているあの者達一家は、今までなんとも無いではないか!? 近寄る全ての者達を不幸にするとなぜそう言えるのだ!」
「それはそうですが……けれどもあの者達は下賎な者達に過ぎませぬ。いや……。乳母のジュリアは、息子のグライスを産んで以来、もう妊娠出来なくなってしまったとか。それに、夫のトロイとの仲もはかばかしくありませぬが」
「その程度なら、だれでも多少の不幸は背負っておるわ!」
と王はシスリーの懸念を一笑にふした。

「とにかく、ブライトがあのように喜んでいるのじゃ。わたしはそれを止める事は出来ぬ」
 王は窓からブライトの姿を見下ろしながら、そう呟いた。けれどもその言葉とは裏腹に、心の奥に澱の様に溜まるどす黒い感情だけは、払拭することが出来なかったのだ……。



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