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 サイラスと遊んだ後、暫くあてがわれた部屋で休んでいたエクリースは、おもむろに手紙を書き始めた。宛名はもちろんベアトリスだ。
 ここに着いて以来、あっという間に二週間が過ぎ去った。その間エクリースは息つく暇もなく、王宮中を巡り様々な人々と会い、色々な会合や会食やパーティに出席し、お芝居を見たりサイラスやクリフ・ドリアンと会ったり喋ったり遊んだりしている内に、いつの間にか時間が経っていったのだ。
 時間とは恐ろしいものだ、と思ったのはふと兄ブライトからの銀時計を触った時だった。侘しいドリアン邸では、時は静かにゆっくりと流れていた。そして時間はたっぷりあるような気がした。
けれどもここ王宮では、時はあっという間に飛び去っていく。夜自室に戻るともうへとへとで、まださすがの若いエクリースでも疲れは容赦なく彼を眠りにいざなうのだった。

『愛するベアトリス
 僕はここに来る前は、酷い所かも知れないと覚悟していた。けれども来てみると、義弟サイラスはとても無邪気で可愛らしい子供だし、僕達は直ぐに仲良くなって行った。
 そして君の弟クリフにも会った。彼はもうすっかりしっかりした10歳の少年に成長していた。勉学も良く出来、マナーも申し訳ない素晴らしい少年だよ。さすが君の弟だね……』
 そこでエクリースはしばし筆を止めた。

『美味しい料理、広大で煌びやかな王宮に別邸……けれども僕にはやはり君の住む北の森が恋しいのはなぜだろう? ここに君が一緒に居たならとそう度々思う。だから……』
 そこまで書いた時、ビクターがやって来た。麗々しく薄紫色のビロードの上下と白い絹のチュニックを捧げ持っている。エクリースは慌てて筆を置き、その手紙を裏返した。
「今晩は盛大な晩餐会ですよ、エクリース様。さあさっさとお着替えして、身支度を整えなくてはなりませぬ。これから忙しくなりますね」
「又か……一体いつになったらゆっくり出来るのだろう?」
とエクリースは呟いた。
「郷に入れば郷に従え、ですかね? けどわたしもそろそろここでの生活が落ち着かなくてね。あ、そうそう。エクリース様は、あと一週間で北の森にお帰りしなければということです」
「そうか! それは良かった!」とエクリースは思わず両手を打ち鳴らした。

「それは良かった。若様はここがお気に入られたのかと」
「まさか! まあ楽しい場所ではあるけれど、田舎育ちの僕には相応しくない場所だからね」
「それはようございました」とビクターもホッとして呟いた。
「ですが、又こちらに本格的に戻って来られるときには、いよいよ北の森ともさらばですね」
「え!?」とエクリースは顔を挙げた。「何だって!?」
「知らなかったのですか? 王様は、エクリース様へのお怒りが解け、ここへずっと置いて置きたいのだそうですよ。もっばらの噂ですが」
「そんな……」
 喜びは一瞬にして、悲哀に変わった。

「大丈夫ですよ。その内にベアトリス様もこちらに参られるようですし」
「本当か?」と再び歓喜が押し寄せたが……。
「はい。いずれ、どなたかの貴公子に嫁がれるご予定のようですが」
「貴公子に嫁ぐ!? ……まだ早いのでは! ベアトリスはまだ14歳じゃないか!」
「早過ぎはしません。特にご令嬢方はね。それに一年はあっという間です」
「そんな馬鹿な……」
 エクリースは側の椅子に力なく腰を下ろした。

「高貴な方々は、自分の意のままにはならないものなのですよ、エクリース様。残念ではございますが」とビクターは慰めた。
「とにかくこの衣装に早くお着替えを」
 急かすビクターの手でエクリースはその衣装に着替えさせられたが、その間エクリースは黙り込んだままだった。今の今まで、エクリースはいつまでもベアトリスが自分の側に居るものだと信じていたからだ。けれども、状況は少しずつ暗転して行っているらしい……。

「さあ、できました! 鏡を御覧なさい! エクリース様ほどの御方は、今晩の晩餐会にも誰も居りません。それにこれは……ベアトリス様からの贈り物でございますよ! よくお似合いです」
 そうビクターに言われて見た虚ろな瞳に写る鏡の中の自分は、鮮やかな衣装に包まれた一際目立つ少年の姿だった。





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