5
その5
王妃ドロテアから内密に呼ばれた王は、絹のカーテンで仕切られた薄暗い寝室に入った。そこには、昔の美貌を微かに留めた王妃のやつれ衰えた姿が在った。ドロテアを見る度に胸が痛む王は、目を背けたくなる心を抑えて、そっと愛する妻の側に座った。
「何かわたしに話があるとか」
「ええ、そうですわ」とドロテアは苦しげに答えた。ふっくらとした薔薇色の頬を持った王妃ドロテアの昔日の面影は、今はもう無い。
けれともドロテアは僅かに手を差し伸べたので、王はその手を苦悩と共に取った。
「何だ? 何でもそなたの願いをかなえようぞ」
「では、あなた……率直に申し上げて宜しいでしょうか?」
「ああ、なんなりと」
「では」とそこまで言うと、ドロテアはしばし躊躇っていたが、やがて口を開いた。
「では、側室をお迎え下さいませ」
王は驚いて身を硬直させた。
「何を申すのだ! ドロテア!」
「是非、側室を、王よ」
「そんなことが出来るはずが無いではないか!」
「なぜなのです?」とドロテアは苦しげに尋ねた。
「それは……」
「あなた様は、王なのです。この国に責任がありますわ。どうかわたしのことはお気になさらず、新しい方をお迎え下さい。もうわたしは何も出来ませぬ。あなたの為に差し上げることは、何も無いのです!」
「何を言うのだ!? わたしには、ブライトとエクリースという二人の王子が居るではないか! もうそれで充分なのだ、我が妻よ」
ドロテアは手を引っ込めた。そして奇妙な微笑を浮かべて言う。
「例え二人の王子が居たとしても、それで充分ではない事ぐらいあなたもご存知のはず。ブライトはともかく、エクリースには何かと不穏な噂が絶えませぬ。是非、お若い方を迎えて、ブライトとエクリースの兄弟をお作り下さいませ。そして寝屋でのお勤めも、あなたのような壮年には必要なのですわ。
わたしはもう駄目です。ただあなたとの睦み合いを思い浮かべるだけで、それだけでいいのです。わたしは側室を切に求めているのですから。あなたの為、この国の為に」
「出来ぬ! わたしはそなたを愛しておる!」
「それとこれとは違います。あなたには責任がお在りの筈です。二人の王子を愛するように、これから生まれ出てくる兄弟をも愛するべきなのです」
そこまで言うと、王妃ドロテアは激しく咳き込んだ。王は慌ててドロテアの背中をさすった。
「これはそなたの本心なのか?」
「ええ、もちろん……」
余りにも激しい咳で言葉が中断したので、王は人を呼びつけた。ハイラを先頭に侍女達が慌てて駆けつけて来、話はこれまでになった。
「王様、今日はこの辺でお引取りを」とハイラが頭を下げるのを見て、王は渋々ドロテア
の寝室を後にしたのだった。
その後数日間、王は煩悶していたが、やはりどうしても側室を迎える決心はつきかねていた。ブライト王子を見ていると、次の世継ぎの王としてこれほど相応しい王子は居なかったせいもある。けれども一方では、エクリースのことだけは、王の気がかりな点だった。
そのくせ、王がエクリースと逢う回数は、以前よりも減っていった。何か忌まわしいものが押しとどめている如く、王の心に蓋をしたのかも知れない。
「わたしは側室は持たぬ。王妃はこう言ったが、わたしにはそのようなことは出来ないのだ」と王は控えている者達にそう言い続けていた。
けれどもそれから半年後、王妃ドロテアはこの世を去って行った。喪が明けた一年後、臣下達が再婚を勧めたが、哀しみの王はその気にならず、ひたすらドロテアの面影を追い求めて暮らしていたのだった。
王妃の死は、この国を益々暗黒の霧の中に置いたかのようだった。
エクリースが8歳、そしてブライトは11歳になっていた。
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