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時は巡り、壊れた時計の針は動かなくとも、時間は一刻一刻と過ぎ行く……。
サイラスという新しく王子が生まれたという出来事は聞いてはいたが、北の果てではエクリースとベアトリスは、ごく自然に仲良く日々を過ごしていた。
夏が過ぎ、そして冬が二回訪れ、そして去って行った。
エクリースは14歳の利発な少年になり、ベアトリスはもうすぐ14歳の可愛いレディへと成長していた。その間、不幸なことや厄介ごとは何一つ起らず、いつしか人々はエクリースを忘れ、新しい王子サイラスが二歳になったことだけを祝っていた。
王はサイラスを溺愛していた。歳を取ったときの子供は可愛いと言うが、王の溺愛ぶりは異常とも言えるほどで、そしてイデット妃への寵愛振りも凄まじかった。
王は常に、よちよち歩くサイラスを片時も離さず、何一つ疑わなかった。サイラスは確かにイデットに似た面立ちの可愛らしい幼児で、賞賛を浴びるに相応しい子供でもあった。けれども、無理も無いことだが、大層わがままに育ってもいたのだった。
サイラスを泣かせた侍女達は、容赦なく鞭打たれ、皆が腫れ物でも触るようにサイラスに接していた。
「王様のサイラス様へのご寵愛振りは、最近とみに激しいようだな。少々目に余るようじゃ」とある日シスリー長老がお付の者に言ったほどだ。
「これでは、近いうちにサイラス様を皇太子に即位させるかも知れぬ」
「けれども厄介なことが起りました」
と側近は告げた。
「何じゃ?」
「ドリアン伯爵から、エクリース様はもう充分ご成長し、勉学や剣術、そして諸々のマナー全てを習得されたので、もう王宮にお返ししたいと言う手紙が王宛に来たそうで」
「なるほど、エクリース様の存在を忘れて居ったわ」
とシスリーは顎鬚を撫でた。
「人づてに聞く話では、エクリース様のご成長振りは著しく、それは素晴らしい王子に相成ったというお話でございます」
「素晴らしい王子?」
「さようで」
「14歳と言えば、もう立派な若者の端くれ。で、王は何と?」
「一度、エクリース様を王宮に召したいと、それも渋々ながらですが」
「どのようなお方に成長なされたのだろうな?」
「大層聡明でお美しい少年とか」
「そうか。それは一度拝見せねばな。けれども王のご意向は変わるまいて」
「確かに。もう既に、ブライト様を忘れておいでのご様子ですからね」
「時とは酷いものじゃな。あの素晴らしかったご長男をお忘れとは! 去って行った者は、いずれ忘れ去られる。それが世のならい、なのであろうの」
「まことにその通りで」
二人は、遠く広大な庭で戯れている王と小さなサイラスの姿を見つめて頷いた。
☆ ― ☆ ― ☆
「エクリース! やっぱり行くの?」
「仕方ない。父上からのご命令なんだよ、ベアトリス」
朝食のあと、回廊ではベアトリスがエクリースに詰め寄っていた。ベアトリスはかなり背がスラリと伸びた美少女となり、振り向いたエクリースは、初対面の誰もがハッと息を飲む一際目立つ少年になっていた。とある詩人が、アポロンだと謡った如く。
「だけど、すぐ戻って来る。ただちょっと僕と会ってみたいだけらしい。僕も弟とは初めて会うしね」
「サイラス様ね……でも、腹違いの弟なんでしょ?」
とベアトリスは勝気そうに言った。春の雨の音が中庭を濡らしている陰気な朝だ。
「ああ……だけど、弟には違いないからね」
「あなたは、本物のお人よしね! あれだけ父王様から邪険にされているというのに」
「けれども、命令には逆らえないんだ」
「そうね。もしも逆らうと、何と思われるかそれが怖いわ」
ベアトリスはそっとエクリースに近寄った。
「わたし、何だか不安で」
「何も心配は要らないよ。まさか父上が僕を取って食うわけではないだろうに!」
「取って食いそう……」とベアトリスは呟いた。
「馬鹿な! ベアトリス、君は心配性だよ」
「特に、あなたの事ではね」
「君をここに残したままで、ずっとあっちに居るはずがないじゃないか」
とエクリースは優しく言いかけた。
「ならいいんだけど」
「僕は、世継ぎになどなる気は無いんだから。それは父上もご存知だし、世継ぎは弟だと決まったようなもの。そうなれば、僕は自由だ。そしたら君と……いや、それはあとでの話だけど」
「エクリース……あなたを愛してるわ。失いたくないの」
その言葉を聞くと、エクリースはビクッと身を硬くした。けれども直ぐにベアトリスの肩を抱くと、その頬にそっとキスをした。
「分かってるよ、ベアトリス。そして僕の気持ちも知っているはずだ。ね?」
「ええ」とベアトリスは、押し寄せる不安を隠して微笑んだ。雨の音が、どこか不吉に響く……。
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